月影と道 | ナノ

月影と道

どうかその慟哭の果てに



人生で初めての経験だった。自分が吐き捨てた言葉が、頭から離れてくれないなんて。
その翌日も普通に部活があると言うのに、何度も何度も自分の放った言葉を反芻しては真っ暗な部屋の中で同じ回数だけ寝返りをうつ。時刻は日付が変わって2時間を余裕で過ぎていた。真っ暗な部屋で、色も分からない恐らく天井であろう一点を見つめる事数十分。否、数時間か。明確な時間は分からない。気が付けばモヤモヤに呑まれていた。柔らかく温かい布団の中で、何度も何度も、寝返りをうつ。静かな部屋には時計が時間を刻む規則的な音と、衣擦れの音だけ。机の上に置いている写真の中の俺と幼馴染が、カーテン越しの月明かりに木漏れ日の様に照らされ、切なげに笑った気がした。

中途半端な想いで白石に近付くな。

俺が言えた事だったのだろうか。例え香山が白石にそういう想いを寄せているならばそれで良いし、白石は香山の存在を迷惑がっているわけではないし、そもそも関わったのが最近の事だし。俺が口出しをして良いものか否かで言えば、きっと否なはずだ。
俺にとって香山は大切な友達で信頼もしているから、これと言って白石に新たに関わる事に心配事なんて無いのに、どうも胸騒ぎが止まらない。彼女が白石に恋情を抱いていようがいまいが、何か変な事を仕出かすだなんて欠片も思ってはいないのに、何故か。何故俺はあんな風に、何も深く考えずにあんな言葉を発してしまったのか。

きっと香山は白石のことが好きで、白石も香山には心をそれなりには許してて。二人のことが大切だから見てれば分かる。大切だからこそ、嫌なんだ。きちんと強い想いが無ければ俺は、誰にも白石に近付いてほしくない。白石が悪意に塗れるのはもうごめんだ。見ていたくない。白石の人間関係で何かがあれば、当然の事ながらそれは当事者と白石の問題なわけで、俺が首を突っ込むなんて以ての外な事だ。それでも白石は利用もされてきた。人間関係は鏡なんて言うけれど、俺は運だと思う。あんなにも誠実に関わろうとしていた白石があんな仕打ち、あってよいものか。過保護だとは思うが、裏側を知っていた俺が何もしないなんてもう無理だった。
白石の傷が最小限になれば良い。過保護で身勝手でお節介だと自覚はあるが、これ以上白石が泣くのは嫌だ。口出しせずには居られない。大切な白石にとって、優しい場所が多くなれば良い。

「……浮気」

俺のひとりごとはぽつりと暗闇に消えた。開いていた目をぎゅうっと閉ざすと、じわりと瞼が熱くなる。

白石は、先輩に浮気されていた。当然白石はその事を知らないが、二人の関係によく関与していた俺や周りの人は、事後報告として聞かされたのだった。
浮気されていた事も知らない白石が知ってしまえばどうなるだろう。同じ様に傷付く事があればどうしよう。きっと俺は耐えられない。俺は俺の為にあの言葉で香山の心を引き裂いた。白石の為なんかじゃない。俺は俺が、もう白石には泣いてほしくないが為に。そう、エゴイスティックに。

夜中のマイナス思考は止まる事を知らずに、再び寝返りをうった俺の瞳からは冷たい涙が流れ、たった一粒、枕に雫を落とした。

なあ白石、お前は綺麗な言葉で固められて、あんなにも汚い事をされてたんや。どうかお前にとってあいつが、香山が、少しでも良いものになれば良い。苦しい存在になんてならなければ良い。

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