月影と道 | ナノ

月影と道

瞼の裏で永遠に眠る人



よく通る笑い声が響いた。その声の主は目に涙を溜めるまで数十秒も腹を抱えて笑っていた。あーおかしい!とやっと一区切りかと思うとまた少し噴き出した。

失恋をしてから笑い声という笑い声が耳障りでどこか耳が痛くなる気がして苦手だったのだけれど、聞き慣れているからか何なのかこの男の笑い声は大して不愉快でも何でも無い。不思議だ。尤も、そこまで笑う事かと呆れ果てているのも原因の一つかもしれないのだけれど。

「あー、よう笑ったわ」
「そこまで笑うか?」
「だって鼻血って!夏でもないのに香山の奴!」

昼休みな事も相俟って、謙也の大きな声はさほど目立ちはしなかった。俺にだけただ五月蝿い。
そこまで笑ったったら気の毒やろ、と呟く様に言い謙也を横目で見ると、謙也は一つ鼻で笑いを零し、こう言った。香山が気になるか?と。その言葉を謙也は特に何も考えていないに違いないのに、俺の心には重くのしかかり頭にはなかなか届かない。答えが見つからない。それこそ、謙也は特に何も考えてへん!とは思えるのに、謙也の言っている意味を上手く処理出来ず返答出来ないぐらいだ。
俺が目を泳がせ黙り込むのを数秒見ていたせいか、謙也は痺れを切らせた様に再び口を開いた。

「でもまあ香山の話が出来るぐらいには精神的余裕が出来たっちゅー話やろ。良かったわ」
「え?」
「何やねん」
「謙也に話したっけ」
「見とったら分かるわ」

そして、先輩と別れたんやろ、と付け足された。
確かに少し前の俺だったら心臓をバクバク言わせて何処を見ているかも分からない目で謙也と向き合って冷や汗かいて震える声で肯定していたのだろう。けれどこんなほんの少しの時間でさえ優しく、優しく、受け取り方を変えてしまえば、残酷に、俺を変えていく。
窓の外を一瞥すると、俺を好きだと言ってくれた彼女と同じ様に、やはり彼女と出会った頃に咲いていた桜はもう何処にも居やしない。けれど代わりとでも言う様に、深く染まり始めた紅葉が、悲しくなるほど色鮮やかで綺麗だ。綺麗すぎて、どうしたら良いのか分からなくなる。

濡れそうになった瞳をそっと細め、徐にその瞳を閉じると、ざわめきが少し遠のいた気がした。同じ教室内の話し声も、廊下から聞こえる誰かを呼ぶ声も、少しずつ遠ざかっていく。やがて一人になった様な、何処からも隔絶された様な、それが今の願望なのかもしれない、と思ってしまったところで、ふと我に返ると、謙也がじっと俺を見つめていた。

「ああ、ごめん…なんかどっか行ってたな俺…で、何て?」
「香山はええ奴やでって」
「ふうん…好きなん?」
「普通に好きやで、友達やし」
「そういう意味やなくて」
「…恋愛感情は無いで?ええ友達やわ」

わけの分からない友達も多い謙也がそう言うのだから、香山さんが良い子である事実に違いは無いのだろう。ふうん、と相槌を打って何回か頷きながら先日の香山さんを思い返していると、脳内で聞こえたのと同じ声が少し遠くから聞こえた。

謙也君、と俺の隣に居る奴を呼ぶ声は優しく、俺の心が少し晴れた気がする。緩む頬を引き締めきれずに、少し揶揄する様に俺もおるでと言うと、優しい声の主は小さく穏やかに微笑んだ。

「どうしたん香山」
「英語のノートをね、返してもらおうと思って。次なんだよね」
「マジか!ちょい待っとって!」

いやー香山のノート見やすいからなー!などと言って謙也はロッカーの方へ小走りで借り物のノートを取りに行った。
ああ、いきなり二人きりや、と何故か肩に力が入る俺を、また香山さんは優しい声で解す。白石君、と名前を呼ばれてどきりと心臓が跳ねる。

「あのな香山さん」
「ん?」
「楓ちゃんって呼んでも良い?」

うん、と頷く彼女は少しばかり頬を紅く染め上げて幸せそうに笑っていた。連日寒い日が続き始めているのに、昼下がりの穏やかな日差しがオアシスの様でありがたく暖かい。その二つが相互に作用して、俺の顔にも熱が集まった。

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