月影と道 | ナノ

月影と道

世界の終わりは白いまま



時間は絶え間なく流れ、残酷に、優しく、俺たちを変えていく。色も、形も、いつだって変えられていく、そんな気がする。秋はやがて冬になり、世界は白と黒、それから灰色。本当に灰を被ってしまった様に色は無い。申し訳程度に彩られた木々が、雑踏の傍らで寂しげに電飾を光らせている。それだけがまるで心の拠り所みたいに、ぽつりと咲いた花の様に、ひっそりと残る。
大阪の冬は雪があまり降らない。降っても積もらないため、冬の美しさに触れた事は無い。ただただ冷たく、痛い。心もどこかで冷えていく気がする。たまに降った雪が電車を遅らせるくらいで、時折アスファルトがところどころ白に覆われるくらいで、ただそれだけの事。乾燥した空気が心を乾かす。色を消す。だから、大切なものを探す。冬はそういう季節だと思う。春の様な温もりを求めて、息をし続ける。寂しくて、苦しくて、泣いてしまいたくなる。何かが恋しくなる。何なのかは分からないけれど、恋しくなる。

俺にとって冬ってそんなんやなあ、とぼんやり考えながら歩いてた時だった。ちょうどその時、教室のゴミ箱を焼却炉と言うべきか、まあゴミ置場と呼ばれている場所へ運んでいた。ジャンケンで負けた奴が行くことになっていたが、不定期に揺らぐ心がひとりになりたいとぼやき始めていたので、ジャンケンは俺の不戦敗となったのだった。
そんな時のこと。俺の目に、随分と見慣れた人物の姿が入った。俺の十数メートル前を横切っていった。男と腕を組んでどこかへ向かう女の姿だった。本当に見慣れた、何度も見てきた、俺の心に思い出と縺れた糸だけを残していった女の、少し前に決別した女の、横顔が見えた。別れてから季節がひとつ巡ったくらいで、俺ではない誰かと親しげに、笑って、歩いていた。

あの地毛なくせに色が明るめでふわふわした髪も、トーンの高めな笑い声も、歩き方も、無邪気に笑う横顔も、何度も何度も見てきた。触れてきた。聴いてきた。間違うはずがない。たった今男子生徒とどこかへ消えていった女子生徒は、あの人は、俺と付き合っていた。名前を呼ぶのが照れくさくて「先輩」と呼んでいたあの人。俺が本気で心の底から好きだったあの人。好きと何度も囁いた人。

もう歩き出せた気で居て、まあ確かに時間は容赦無く流れるけれど、やっときちんと歩き出せて心の底から笑えて他に幸せを見出せた気がしていたのに、ようやっと自分の力で、誰かの力を借りて、歩み始めたと思っていたのに、一目見ただけで簡単に心はあの日に帰って行く。たった今この瞬間にさようならを告げて、帰って行く。

どうやって歩いていたのかは分からない。覚えていない。けれども気が付くと俺はゴミ置場に着いていた。扉を閉めたところでハッと我に返り、ずっとぼんやりと魂を飛ばしたまま歩いていたのだなぁと思うと、痛いくらいに歪んだ笑いが込み上げた。

どうやって歩いていたのか分からないどこらか、どうやって息をしていたのかも分からない。さっきまで、昨日まで、普通に笑って誰かと言葉を交わして息をしていたのに、どんな風に流れる時間の中で俺で在ったのか、分からない。

先輩の心が俺の所に無いことくらいは何となく分かっていた。それでも囁かれる「好き」を、与えられる温もりを、共に過ごした時間を、信じていたかった。いや、今でも信じているのだと思う。だって、心の底から好きだったのだから。
さようならをしたからと言って消せるほど軽い想いだったわけでも、薄っぺらい時間を過ごしたわけでもない。それなりに心の幾らかを彼女に捧げていたとでも言うべきか、俺の心のある場所は、彼女だけの物だったと思う。それが平生であった。

先輩は一度、俺の中で息を止めた。そうしてたった今、また俺の中で息をし始めた。もう一度生き始めた。彼女の呼吸と鼓動が始まった途端、俺の息が苦しくなって、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられ、ただ頬が濡れただけだった。先輩、俺は、貴女のことが、好きでした。大好きでした。もう二度と戻らない時間に、色を失った時間に、たったひとり俺だけで、色を着けていく様だった。穏やかな春の色をどれだけ着けても、冬に滲まされては消えていく。

月の光よ、どうかこの道を照らして。俺が歩くべき道を照らして、こっちだよって導いて。

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