月影と道 | ナノ

月影と道

星に願いを



真っ白な世界で、彼はたったひとりで泣いていた。私はそれをどこから見ていたのかも分からない。声をかけようとも声が出ない。喉が痛むわけでも何でもないけれど、いつも通り声を出してもそれは私の耳には届かないし、彼が気付く様子も無い。きっと伝わらないのだと思う。音が、伝わらないのだろう。
それから、手を伸ばそうとしても彼の元へ行こうとしても叶わない。お願い、泣かないで。貴方が泣く世界なんて、もう要らない。貴方が泣く理由ごと消えてしまえば良い。

白石君。

脳内で再び彼の名を呼ぼうと口を動かした時、ハッと私の瞼が上がった。ひんやりと冷たい空気には相応しくない様な量の汗をかいていて、息は肩でしていた。それでも外気温は随分と寒く、だんだん鮮明になっていく意識が反射的に、布団の中で私の身を縮こまらせた。
部屋の、勉強机の近くに掛けている時計を見ると、午前3時を回ろうとしている頃だった。じいっと数秒、時計と睨めっこ。漸く現実に戻ってきた感覚を味わった気になってきて、大きな溜め息を吐いて再び目を閉じた。
とは言ってもまた眠るにはもう少し時間が必要そうだったので、目が覚めてしまう直前を振り返る事にした。

夢を、見た。夢を、見ていた。
真っ白な世界で、たったひとりで、貴方は泣いていた。

辺りを見渡すと、白は無い。真っ暗だ。やっぱり戻って来た。夢の世界から、私は戻って来た。

貴方は泣いていた。助けてとも言わないで、喚きもしないで、ただ静かに涙を流して。出来る限り、嗚咽を噛み殺して、泣いていた。それを私は何も出来ずに見ていた。
まるで、本当の私たちみたいではないか。ふっと乾いた笑みが落ちるとほぼ同時に、夢の中で彼が零していたそれが二つ三つほど、枕に落ちては沁みた。

彼のこころは泣いているのに、助けは呼ばない。助けてなんて言わない。何も無い様に優しく笑って、大丈夫って言うみたいに笑って、優しく拒む。優しく受け入れるくせに、優しく拒む。いつだってそう。本当はどこかで傷付いているのにそうで、絶対に消せない、或いは侵せない一線を引いている。

彼の前では私の気持ちなんて無くなってしまう。彼の気持ちだけが大切で、私の想いなんてまるでどこかへ押し殺したみたいに、表へは出ない。出す事を許されない。私と彼はそういうもので、きっとこれからもそれは変わらない。

私を纏う暖かいものを傍に置いて、私は窓辺で足を止めた。お気に入りの柄のカーテンを開けると、静寂の街が広がる。電飾で彩られた木々が、寂しかったはずなのに楽しそう。建物はビルにのみぽつりぽつりと電気が点いていて、あとは静かに街が眠っている。深く深くどこまでも続く闇は空まで続いている。真っ暗なキャンバスに穴がひとつ空いている様に、そこから光が漏れ出している様に、月が笑う。以前彼に月の話をした時は、優しい形をしていて、今すぐにでも欠けていってしまいそうだった。きっともういっぱいいっぱいだ。優しさがいっぱいいっぱいに溢れていた。それが今は、少しでも気を緩めると涙を流してしまいそうに目を閉じている。そんな姿に私が代わりに泣きたくなるのよりも先に、涙がまたひとつ頬を伝った。

こんな風に貴方も空を見上げるのだろうか。絶対にひとりにはしてくれない月を、嫌にはならないだろうか。ひとりになりたい夜も空を見れば居るものを、嫌になったら、きっと苦しい。息なんて出来るはずが無い。どうか貴方にとっては優しいものであると良い。ただの私のエゴだけれど、大切な貴方にとって、優しい貴方にとって、優しい世界になれば良い。曲がるものなんて無い、真っ直ぐで汚れがなくて優しい優しいものであると良いのに。

目を閉じると、もう一度涙が零れた。温かい涙が冷たい空気に冷やされてひんやりと頬を滑る。貴方を想って苦しいのは貴方が苦しまない為ならば、貴方を想って泣くのは貴方が泣かない為だと良いのに。月夜に、星に、きっと叶う事のないことを願った夜だった。

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