カウントダウン | ナノ


例えば君と創る物語




彼女の紡ぐ言葉が好きだ。彼女の、俺の名を呼ぶ優しい声が好きだ。彼女の、照れると困ったように笑った顔が好きだ。守り抜きたいと、今の彼女を一つも曇らせたくないと、このまま大人になりたいと、そう思った。
朝7時、この時間には既に日が高い。冷たい冬にはまだ朝焼けだって見れたのにな、冬が終わると何故か俺は寂しくなる。春は少し、冬に思いを馳せてしまうから嫌いだった。けれど春も夏も秋も勿論冬も、今は心が躍る。昨晩、何度も確かめ合う様に愛おしい人の手を取った。指を絡めた。視線も絡めた。微笑み合った。月明かりが作る彼女の影は苦しくなるほど悲しくなるほど綺麗で、ずうっとこのまま触れ合っていたいとさえ思った。まあ言うなれば、ずっと片想いしてきた相手とやっとの思いで通じ合えたのだ。昨日から唯夏は俺の、か、彼女。悪くない響き。

にまぁ、と緩む頬もそのままにパジャマ姿でベッドに座っていると、突如部屋の扉が開けられた。そこに居たのは愛おしい子、ではなく、

「早よせな遅刻するで!」

母親だった。へいへい、と適当な返事をして綺麗にアイロンをかけられたカッターシャツを手に取り、ベッドに放り投げる。パジャマを脱ぐと、怠いなあと思いつつタンクトップの上からカッターシャツを羽織ってボタンを閉めていった。

何故かその朝は唯夏の声が聞こえる事は無く、メールをしても返信は無く、心配になった俺は何年かぶりに唯夏の家のインターホンを鳴らした。先に行っといてーといつもの唯夏の間抜けな声が聞こえるとホッと安心し、俺は通学路を一人で歩き出した。いつもは唯夏が隣に居たからどこか広く寂しく感じられた、だなんて贅沢すぎてとても言えないけれど、確かにそう感じられたのだ。唯夏は既にこんなにも、俺の生活に染み付いてしまっている。良くも悪くも。


「お前朝練サボって何しとってん」

聞いた事も無い様な低く攻撃的な声が俺の背筋を凍らせる。普段は優しい声色で謙也はアホやなあなどと愛のある弄りをしてくるアイツが、優しく微笑みかけるアイツが、能面の様な面で俺を出迎えた。時刻は予鈴数秒前。
朝練って今日からやったっけ…?と、か細く問うと、白石は俺から目線を逸らして頭を抱え、溜め息を吐いた。

「お前なあ……唯夏ちゃんに夢中なんは良いけど部活にも集中してくれや…」
「お、俺がいつ唯夏に夢中やなんて言うたんや!」
「顔に書いてる、あからさまに。唯夏と良い事ありましたーって」

白石は、今日だけは許したる、とぼやく様に言った。俺はワガママなので、話も聞いてほしいと言った。すると白石は、いつもの如く苦笑いをするようにええよと受け入れてくれた。

唯夏とやっと想いを通わせた事。ただそれだけを伝える為に何分かかった事か。何度も何度も躊躇っては拳をぎゅうっと握った。その間、白石は他の事をしつつも俺をチラチラと見ていた気がした。気がしただけだった。

「ん?唯夏ちゃん来てへんやん」
「せやねん、なんか、先行っといてーって」
「避けられてんちゃう?」
「照れてんのかな唯夏…」
「……嫌いちゃうで、その思考回路」

本鈴が鳴り、1時間目が始まり、終わり、2時間目が始まり、終わり。あいつはいつ来るのかとそわそわしていたが、授業の内容が右から左なだけで一向に、昨晩見たあの笑顔は俺の視界に入って来なかった。
帰って唯夏の様子見てくるわ、と言おうとしたが口を噤む。俺は今朝寝坊して、朝練をサボってる。夕練で挽回せなあかん。とてもそんな事を言える勇気は無い。

そわそわとモヤモヤは即座に白石に読み取られ、宥められた。大丈夫やで、と。

教室の隅っこで携帯を開くと、唯夏からのメールが1通。お昼から学校に行く、と。
結局その日、唯夏は宣言通り昼に学校に来たが、何を話したのかは覚えていない。何か、当たり障りの無い事を話したのだろう。頭の片隅にも無い。ただただ彼女の様子を伺っていた。



-8-




×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -