カウントダウン | ナノ


「月が綺麗ですね」




もうすっかり日も暮れてしまった様な頃だった。白石とたこ焼きを食べに行って、そのまま唯夏の事で話し込んでしまったので、昼下がりの満腹感もすっかり去っていた。

点いているのかも怪しい街灯がチカチカと瞬く中、自分の家がある通りを歩いていると、ふと愛おしい人の家が目に入る。勿論自分の家の隣にあるのだから毎日毎日目にしているのだけれど、会いたくて仕方が無かった。さすがにもう帰っている筈だろうと彼女の住む家から視線を逸らした瞬間、その会いたくて仕方が無い相手の声が耳を通った。謙也君、と、いつもと同じく俺を呼ぶ。
勢い良く振り返ると勿論そこには俺が想いを寄せる相手が居たのだけれど、何故かそいつは制服姿で突っ立っていたのだった。

「お前…制服でこんな時間まで何しとってん…!」
「謙也君のお父さんから羊羹貰ったんだけど食べる?食べられないぐらいいっぱい貰っちゃってー」
「せやからこんな時間まで何を、」
「よう噛んで食べや!だって!」

個包装された羊羹が大量に入ったビニール袋から唯夏はメモ用紙を1枚取り出し、ケラケラ笑った。そこには唯夏が言った寒い駄洒落が、よく知った字で書かれている。

俺は唯夏の笑顔に弱い。唯夏が笑ってくれるなら自分には何があっても良いし、細かい事だって聞く気にならない。不意に唯夏の背後に顔を見せていた月がやけに眩しく見えて、頭がくらりとした。

「唯夏、月が…綺麗やで」
「あ、本当だ」

俺の言葉の真意を、君はいつだって拾ってくれやしない。

謙也君はこんな時間まで何をしてたの?などと問われ白石と居た事を伝えると、仲良しだねぇとまた笑う。この気持ちが愛おしい、なのだと、だらしなく緩む頬も引き締められずに思った。


唯夏と他愛もない話をしてから別れ、いつも通り迎えた夜に、それは突然やってきた。
俺の部屋がある二階の窓が、何かに叩かれたのだ。唯夏が引っ越してきた時から物置としてずっと閉じられていた窓から、俺の部屋の窓がコンコンと叩かれている。何の用かと思って窓を開くと、大好きな笑顔が無防備にこちらに向けられていた。
思わずどないしたんやと早口で捲し立ててしまう俺は、どうしようもなく情け無い。

「お父さんに無理言って、ここを私の部屋にしてもらったの」
「そこ物置やったんちゃうんかいな」
「そうだよ。だから、一週間かけてお引越ししたの」
「なんで急に…」
「謙也君と少しでも一緒に居たいからだよ」

俺の好きな奴は、恐らく世界で一番狡い。もしかしたらこいつも俺と同じ気持ちで居てくれてるんちゃうかと思ってしまう様な言葉を、何の躊躇いも無く恥じらう事も無く吐く。俺が一番見ていたいと思う表情で、どれだけその言葉が俺にとって尊いかも知らずに。
一番欲しい言葉も一番言いたい言葉も俺と唯夏の間には無いのに、もしかしたら、と。

返す言葉も見つけられない俺は静かに息を呑んだ。溢れ出してしまう愛おしさをどうにか噛み締めようとすると視界が揺れ、困った様に眉がハの字に下がってしまう。

「謙也君、今日一組の子に告白されたんでしょ?断ったの?」
「あー…うん、まあ」
「どうして?」
「好きな奴が、おるから」

どきりと震えた心臓は、暴れる様に騒ぐ。唯夏の目は真っ直ぐ見れないし、もしかしたら唯夏は何かを言っているのかもしれないのに心臓がうるさすぎて聞こえやしない。だらしなく迷う視線は絶対に唯夏の方を向かなくなり、ああ好きな奴の前ではどうしてこうも格好良くないのだろうと落胆すると、本当に言葉を発した唯夏の声が、まるで世界中の何処でもそれだけしか音が無い瞬間だった様に、他の音など何処にも無く、たった四文字、聞こえた。

「すきだよ」

彼女の言葉の意味を汲んだ訳でもないのに、俺の右頬が静かに濡れた。嫌になるほど、月が綺麗だ。



-6-




×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -