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渡せないラブレター




俺を呼び出した女生徒は、隣のクラスの女子だった。中庭の、一番立派な桜の木の下で、満を持してと言わんばかりに、好きですと告げられた。
四天宝寺の中では一番大きな桜の木だけあって、今の俺とその女生徒はちっぽけだ。空は桃色。その女の頬も、春の色に染め上げられていた。
可愛らしくはにかむ様に微笑みかけられ、正直きゅんと来た。穏やかな笑顔が、どこか唯夏に似ている。

「あ、の…良かったら私と付き合って、下さい」
「ごめん、好きな奴おるから俺」

告白されたのはありがたい事に初めてではないけれど、付き合って下さいと言われたのは初めてだ。それは無理だ。どう頑張ったって俺は唯夏以外を好きになれる訳がない。根拠の無い自信があった。

唯夏の顔を思い浮かべると、聞き慣れた声が脳内で再生される。春の様に優しく柔らかな声は、耳の奥で甘く響く。

女生徒の声は唯夏よりは高く可愛らしく、これまたきゅんと来る要素でもあったのだけれど。どれだけ唯夏より優しかったとしても、可愛かったとしても、好みドンピシャでも、唯夏以上に俺の心を掴んで離す奴は居やしない。唯夏以上に一緒に居てドキドキしながらも安心する奴など居ない。まだ十数年しか生きてなくて、恋を失った事もないガキの初恋のくせに、胸を張ってそう言えた。唯夏が俺をどう思っていようが、俺は唯夏が好きや。唯夏だけが好きや。

ごめん、と再び呟いて頭を下げると、女生徒は走り去っていってしまった。悪い事したと思って謝ったしな、と払拭出来ない罪悪感を拗らせ、俺は何かを誤魔化す様に頭をガシガシと掻いた。


「…っていう訳や」

いつもの帰り道、穏やかな春の日差しが、真っ昼間なだけあって少し暑い。

「ふうん…謙也みたいな今時珍しい一途な純情ボーイ好きになるなんて気の毒やな、どうせ即答やったんやろ」
「当たり前やろ、迷う必要あらへん」
「で、そのお前の大好きなお姫様は?どないしたん?」
「お姫様って…くっさ」
「どうしたんやって聞いとんねん」

お姫様、強ち間違いじゃない。しかし俺が王子様なんて笑えるし、唯夏もお姫様というキャラではない。クサいと罵ったのは俺で罵られたのは白石な筈なのに、何故か白石が冷たい目で俺を見ていた。

「知らん。ホームルーム終わったらさっさと教室出てったわ。用事でもあったんちゃうか」

明日から部活三昧やから今日ぐらい一緒に帰りたかったんやけど、と小さく付け足すと、白石は少し嫌味っぽく「一緒に帰るんが俺で悪かったな」と言った。そういうつもりで言った訳じゃないけど、そういう含みが無かった訳でもない。いくら友人とは言え好きな奴とは天秤にかける事すら出来ひん。
唇を尖らせていると、白石が一つ溜め息を吐いた後に再び口を開いた。

「やっぱお前何かしたんちゃう」
「せやから何かって何やねん…」

朝から白石の言う何かが分からず引っかかる。唯夏の事を考えるとずっと考えてしまうのと少し似ているけれど、そんな可愛らしいものでもないしプラスな話でもない。引っかかるから考えたくない。
唯夏はいつも通り笑ってくれる。謙也君謙也君って呼びかけてくれる。俺の所に来てくれる。それだけで良い。

「やらしい事か?俺がやらしい事なんて出来ると思うか?」
「無理やな」
「無理やで」

隣を歩く白石の横顔を一瞥すると、嫌になるほど綺麗な顔立ちで特に俺の方を見る事も無く前を見つめていた。友人の贔屓目でも何でもなくて、綺麗な顔立ちをしていると思う。
白石は、俺よりもずっと、王子様と呼ばれるのが似合う。優しくて甘い言葉が似合う。きっと嫌味無くサラリと発されるのだろう。優しい声でそんな言葉を囁けば、きっとどこか掴み所の無い唯夏もコロリや。俺がしたところで、きっと大丈夫かと心配されるぐらいだと言うのに。

「唯夏の奴…白石のこと好きなんやろうか」
「はあ?何でそうなるねん」
「勘や、勘」
「お前の勘がちゃんと当たった事あるんか」
「さほど無いけど、でも…白石によく構うし」
「それはお前もやろ」
「でも……、あーもうモヤモヤする!白石!たこ焼きでも食うて帰るぞ!」
「はいはい」

困った様に笑った白石は何かを知っている気がして、どきりとした。そしてやっぱり、綺麗な顔をしている。



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