カウントダウン | ナノ


無傷でいられる恋がしたい




春の陽気が作り出した緩いメロディを鼻で歌い、ぴょんぴょんと跳ねてしまう足はいつの間にかスキップのリズムになっていた。ふんふんと陽気な鼻歌を歌いながら二組の扉を開けると、今ものすごく顔が見たかった相手は、その人の席を一瞥したところ居ないみたいだ。
スキップのリズムを止めて普通にその場所へ足を進めると、誰かが穏やかな声で私の名を呼んだ。

「唯夏ちゃん、随分ご機嫌やな。おかえり」
「白石君、ただいまー。謙也君は?」
「ああ、一組の子が用あるみたいでどっか連れてったで」
「へえ…女の子?」
「せやで」
「もしかして告白とかかなあ!」

先程まで居た一組の教室で、そんな話で女子達が盛り上がっていた気がする。何とかちゃんって誰々のこと好きなんやー!えーっ声デカイってー!そういう内容だという事は丸聞こえだったけれど、名前はよく聞こえなかった。誰の可能性もあり得る。
謙也君は少し頼りない所もあるけれど格好良いし、面白い事も言えるし、足も速いし、何より彼は優しい。このタイミングならきっとそうに違いない。

「何や嬉しそうやな自分…ショックじゃないん?」
「ショックって、私がショック受ける理由無くない?」
「…唯夏ちゃんは謙也のこと嫌いか?」
「うん?大好きだよ?」
「ならええんやけど」

白石君は小さく笑ったかと思うと、すぐにその緩んだ口元はキリッと引き締まり、真剣な表情に変わった。

謙也君はいつだって優しい。私にとって悲しい事があった時、一度だけ、泣けない私の代わりの様に彼は泣いてくれた。小学生の頃の話だけれど、忘れられる訳がない。この人は綺麗な心の持ち主なのだと幼いながらも強く思った。
私が忘れ物をした時には貸してくれたり、クラスが同じ時は「ええトレーニングや!」などと言って休み時間の間に家まで取りに帰ってくれた事もある。そんなエピソードは恐らく私だけだろうけれど、というか私だけであってほしいものだけれど、そんな彼を私が嫌いなどあり得ない話で、他の人がそんな謙也君を好きになるなんて、きっとどこにでもありふれた事で、今更な事でしかない。思春期に入った私達が誰かを好きになり誰かに好かれる事なんて普通で、その誰かが謙也君を好きになるのは何ら不思議ではない。

私は謙也君のことが好きで好きで大好きで、ずっと一緒に居たいとさえ思う。無理だとしても、ずっと一緒に、この先も。

「唯夏ちゃんは謙也に告白せえへんの?」
「したってフられるかもしれないし」
「そんな事無いよ」
「ありがとう、白石君は優しいね」
「謙也に彼女なんか出来たらショックじゃないん?」
「寧ろ嬉しいよ。謙也君の優しさに気付いてくれた人が居るんだって思うと、私は嬉しい」

だって謙也君、私以外の女の子とあんまり積極的に話そうとしないんだもの。少し苦い笑みを浮かべると、私の中では「そうやなあ」と笑ってくれる筈の白石君が、眉をハの字に下げて私を見下ろしていた。どきりと心臓が震える。

「ちゃんと伝えるだけでも伝えてみ?あいつはわざとそういうのを感じ取らん様にしてる。無意識のうちに」
「白石君は世話焼きだね」
「そうやな」

白石君が少しばかり困った様に笑ってそう言うと、予鈴が鳴った。あ、と二人で顔を見合わせる。何だか少し罪悪感に似た何かが込み上げてきて、じゃあまた後でねと早口で捲し立てて私は席についた。

謙也君はいつだって優しかった。私はいつだって大切な事は絶対に伝えてこなかった。自分は関係無い、そんな顔をして。白石君の言う謙也君は私にも当てはまる。私はいつも知らない顔をして大切な気持ちから逃げてきた。もう何年も一緒に居るからと理由をこじ付けて。


私は、謙也君が好きだよ。


心の中で一度だけ静かに唱えると、バタバタと物凄く速い足音が近付いてきた。ハッと我に返ると顔に身体中の熱が集まり、私はそっと目を閉じて再びその足音の主の顔を思い浮かべた。私は、謙也君のことが、ずっと前から、

「唯夏!おい唯夏!間に合ったか!?」
「えっ!けけ謙也君!うん!」
「良かったー」

好きだという気持ちは改めて言葉にすると少しだけくすぐった様な、こっぱずかしい様な気がする。何故か気まずくて謙也君から目を逸らすと、謙也君はじっと私を見つめた。

「遅いんだよバーカ!謙也君のバーカ!」
「お、おう…そんな罵らんでもええやろ、本鈴間に合ったし」


謙也君のことが、大好きだよ。



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