カウントダウン | ナノ


きらめき眩く春はめくるめく




小学生の頃、桜の木の下に立って空を仰ぎ、「空がピンク色やー!」と言っていた。今は、窓越しに桜の花びらと隣り合う。


「えっ、唯夏ちゃんと謙也って付き合ってないん?」
「おい白石!声デカイぞ!」
「唯夏ちゃん今一組行っとるんやろ、大丈夫やって」

白石の言葉がざわめきに溶けていったかと思いきや、俺の胸の内でぐるぐると巡る。暖かいけれど決して暑くはない穏やかな気候なのに俺の顔にはすっかり熱が籠っている。白石にそれを指摘されお前の所為やぞと眉を顰めると、ケラケラと軽く笑いながらごめんごめんと謝られた。

「何年ぐらい好きなん?」
「さあ…唯夏が引っ越してきたんは小学生の頃やから、少なくとも三年は、」
「純情やな」
「うっさいわ!」

始業式の後は授業が無く、周りの空気は随分と穏やかで、この季節にとても相応しいと思う。焦って予習をする奴も居らず、いそいそと教科書を借りに行く奴も居らず。
そんな空気だからこそ白石はこんな話を始めたのか、俺は自分のそういう話をするのは専ら苦手なため、誤魔化したくて何度も溜め息を吐いた。

「今度の練習試合、見に来てもらったらええやん」
「いやあいつは俺の試合に絶対来やんのや」
「何かあるん?」
「高校野球が好きとか言うて」
「理由になってないし…唯夏ちゃんらしいけどな」

そう言って白石は困った様に笑った。何かを知る筈も無い白石が、気を遣った様に特に何にも言い及ぶ事無く。

唯夏は俺のテニスをしている姿を知らない。大切な試合の時に唯夏に応援してほしくて誘っても、いつも決まり文句で交わされる。高校野球が好きだから、と。
夏の甲子園が終わって秋の試合に来てくれへんかと言ったら、神宮大会があるから、と断られ。しかし唯夏の母親に聞いてみると彼女が神宮大会に行った事は無いと。そりゃそうや、中学生なのに行ける訳がない。
唯夏がそこまでして俺の試合に来ないのは観たくないからなのか、特に意味は無いのかは分からないけれど、嫌われているのかもしれないという可能性が一番有力で、怖くて最近はその話についてあまり触れないどころか全く話はしない。

「謙也、何かしたんちゃう」
「何かって何やねん」
「でも唯夏ちゃんも謙也のこと好き好き!って感じやしなあ」
「兄妹みたいなモンやろ」
「いやあ…」
「反抗期なんや多分」
「どうだか」

あいつが高校野球にお熱な所も正直見た試しが無いし、あいつが何を思って俺のテニスを見てくれないのかは分からないけれど、俺が知っている唯夏は唯夏のほんの一部でしかなくて。それを呟く様に白石に零すと、白石は至極心配そうな表情をした。
そんな顔すんなやと宥めても、白石の表情が変えられる事は無い。違う、俺はお前のそんな顔が見たい訳じゃない。


「この話はもうやめやな!暗なるわ!ちょっと便所行ってくるわ!」

泣きたかった。好きなのは俺だけだ、と。最近はあまり感じていなかった事実がまた露呈する、と思った。

別に両想いになりたい訳じゃない。付き合いたい訳じゃない。抱き合ったりキスしたりしたい訳じゃない。唯夏にも同じ気持ちで居てほしい訳じゃない。
それが最高の幸せなのは言うまでもないけれど、それだけを求めている訳ではない。今の唯夏との関係にモヤモヤが無いと言い切る事は出来ないけれど、今の関係が多分一番心地良い。俺は俺が唯夏を好きなだけで良い。側に居られなくなるのが一番怖くて、嫌で。

何度もそう言い聞かせた。両想いなら良いのに、本当は唯夏が俺の物になれば良いのに、俺以外の男に興味なんて持ってほしくないのに、そう思っていなければ白石の前でも泣いてしまいそうで。嫌われる事が一番怖い。なら何もせずに何も変えずに何も無いかの様に唯夏の一番近くに居よう、と。俺は狡い。分かっている。誰よりもその事は分かっている。知っている。

一度顔を出し始めた闇は止まる事を知らずにズルズルと出てくる。俺は、狡い男なのだ。

白石に告げた通り便所に行こうとガタッと騒がしく立ち上がって教室の出口へ向かおうとした瞬間、何処からか、落ち着いた声がした。

「忍足君、ちょっと話があるんだけど、良いかな」

一組の女だった。無言で頷くと、その女は「じゃあ中庭で話そう」と言って笑った。中庭は、空が桃色だ。



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