カウントダウン | ナノ


So in love




人の命は素晴らしい。精一杯生きた時、眩しい程に輝く。俺はそう思う。陳腐だと笑われようが何だろうが、俺は心の底からそう思うのだ。

俺は一度だけ、好きな奴の前で涙を流した事がある。好きな奴、というのは所謂幼なじみというもので、小学生の頃だっただろうか。彼女は俺の隣の家に引っ越してきた。二宮唯夏です!と元気良く名乗った彼女の姿は今でもよく覚えている。
いつの間にか好きになっていた。いつの間にか大切な女の子になっていた。
唯夏の事を彼女と言ったが、ここでの彼女は彼氏彼女の彼女ではない。代名詞だ。当たり前のように在る所為か何なのか、好きだと言ってしまう事はいつまで経っても出来やしない。

小学生の頃から俺達は兄妹のように一緒に居たが、中学生になってもその関係は続いていた。揶揄される事もしばしばあったが、これと言って必死に誤魔化したり否定したりする事は無かった。俺が唯夏を好きなのは事実だし、中1や中2の頃は阿呆みたいに否定していたけれど、馬鹿馬鹿しくもなってきていた。はいはい、と笑っておいたら何とかなる。そんな当たり前の事に気が付いたのはついこの間。もう中2も終わりだという時だ。これからクラスが新しくなる。俺達を夫婦だと何だと言う奴らも増えたり新しくなったりするのだろうけれど、新しい出会いがあったって俺が唯夏を好きな事には変わりないし、本当に何も変わらない。当たり前のように、春が来るのだ。

俺が初めて唯夏の前で泣いた時、それは小学校高学年の頃だった。あいつは俺よりも小さな身体で、頼り無いのに、こう言った。「謙也君、泣かないで、笑って」と。まだ幼かった俺はその意味や言葉の深さを知る由も無くて、だからこそあの時初めて唯夏が俺よりずっと大人に見えた。まるでそのまま居なくなってしまうのではないかという、そういう儚さと消えてしまいそうな危うさを孕んだ笑顔はどこか困っていたようで、けれど嬉しそうで、痛いほどに綺麗だった。泣かないでと言われてはい泣きませんと涙を止められる筈も無く、あの時の俺がどうやって涙を止めたのかは覚えていない。


「謙也くーん!起きてるー?」という唯夏の張った声でふっと我に返る。おお、今行くー!と同じく声を張って返事をすると、はあいと少し間抜けな返事が返ってきた。いつもの唯夏や、と何故か安堵した。それは恐らく初めて唯夏の前で泣いた日の回想をしたからであろう。あの時の唯夏の今にも無くなってしまいそうなのに綺麗な笑顔は今でもこうして鮮明に思い出す事が出来る。瞳を閉じると瞼が少しだけ温かくなって、映像として再生されるのだ。

バタバタと何やかんやと昨日の夜に準備していなかった物を鞄に詰め込み、学ランを乱暴にハンガーから取って部屋の扉を開ける。行ってきまーす!と両親に声をかけて、靴もきちんと履かずにだらしなく踵を踏み潰して玄関から飛び出すように勢い良く扉を開けた。
うわあ、ビックリした!と目を見開いた唯夏は一瞬だけ肩を跳ねさせると、ケラケラと軽く笑ってみせた。

「謙也君、寝癖付いてるよ。おはよう」
「直らんかったんや。おはよう」

挨拶の前に寝癖の指摘ってどないやねん。唯夏につられるようにケラケラと笑うと、春風もつられて笑ったように一つザアと音を立てた。

テニス部の朝練さえ無ければ唯夏とはこうして一緒に登校する。とは言っても朝練は無くても自主練でテニスコートは使わせてもらえる時は必ず行くので、滅多に無い。
春はまだ1年生の仮入部期間が過ぎるまでは必ず参加しなければならない朝練は無く今日は始業式なので自主練もさせてもらえないから一緒だけれど。唯夏が好きだとは言っても恋人関係ではないので、毎朝の部活をする機会を逃してまで一緒に登校する勇気も余裕も俺には無い。

「今日から3年生だね。クラスどうなるかなぁ」
「今年も一緒やったらええな」
「うん!白石君も!」

それより!と、唯夏はワントーン上げて仕切り直す。唯夏の柔らかい髪の毛がまた優しく風に撫でられた。

「侑士君、元気にしてる?」
「ああ、昨日も電話したけどめっちゃ元気やで。お前に会いたい言うてたわ」
「本当?」
「ほんまほんま」

唯夏の表情がコロコロと変わる。愛らしい。照れたかと思うと、今度はキョトンとした顔で、侑士君と謙也君ってどのぐらいの頻度で電話してるの?などと問うてきた。そうやなあ、と考えているうちに俺達の足は校門の見える所にまで来ていた。唯夏と登校する朝は、道程が少しだけ短く思える。

桜並木を抜けていつもの如く門をくぐり生徒用の玄関に行くと、俺達にはもう3度目になるクラス発表で生徒達が人混みを作っていた。唯夏と2人してキリンになって自分達の名が載せられているクラスを確認しようとするが全く見えず、視界には生徒達の後頭部と、全校生徒の名がズラリと並べられた紙が貼られている筈の掲示板の頭だけしか映らない。終いには唯夏は俺の隣でぴょんぴょんと跳ね始めた。見えるわけないやろと止めようとすると、聞き慣れた穏やかな声が唯夏の居る方向から聞こえた。

「謙也と唯夏ちゃん、おはよう」
「白石君おはよう!」
「おはよう白石」
「相変わらず仲ええんやな。俺ら3人また同じクラスやったで」
「本当!?やったね謙也君!」
「おい!クラス発表のワクワク感奪うなや!」
「見えへんかったくせに。こんな時間に来たら混雑しとるに決まってるやろ」

今朝の唯夏のように白石はケラケラと笑った。これからまた俺の大好きな日常が始まると思うと胸が踊る。気のおけない仲間と、好きな奴との大切な日常。ありがとう神様。



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