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明日を祈る抱擁




体育祭も終わった事やしお前ら気合い入れて勉強せえだの切り替えろだの、体育館で突然開かれた学年集会で先生が言っていた。学年主任の先生は行事が終わるごとに同じ言葉を言う。正論ではあると思うし、受験生のあるべき姿は俺みたいに恋愛にかまけているものでないとも思う。勿論部活だってこれからが本番である。夏が本格的に始まると大阪大会、関西大会と続く。負ける気という物は欠片も無いので、その先を見据えていく他は無い。
そうは言っても俺に迷いは無かった。この時期やから、なんて言って唯夏との関係を終わらせるつもりも無い。テニスで負けるつもりも無い。今の俺は物凄く、恵まれているなあ、と学年主任の話を聞きながら考えていた。恵まれていて、とても、幸せだ。この幸せが終わった時、俺は俺で居られるのかと心配になるくらいに。全てが美しいままの今、全てに終止符を打ってしまおうかとすら一瞬思った。しかし健全な思春期男子の思考回路はその方向に掘り下げる事は無かった。全てを楽しんでしまおうではないか。唯夏とも、どちらかの想いが朽ちるまで目一杯恋をしよう。勝ったモン勝ちや。楽しんだモン勝ちや。脳内で喧しく俺はそう叫んだ。

いつもいつも似たような言い回しで似たような事を俺たち受験生に告げる学年主任の話を右から左に流し、学年集会を乗り切った。欠伸をしながら教室に戻る生徒がちらほら。振り返って見ると背の順で俺のすぐ後ろに居る白石も目に涙を浮かべている。そんな白石はやっと終わったなあ、などと言っている。ぞろぞろと体育館を出ていく3年生の波に俺たちも紛れて口を開くと、先日の体育祭の話が飛び出してきた。

「体育祭、終わったなあ」

自分でもよく分からない、当たり障り無い謎の言葉だった。けれども、あの日の事を思い出した俺の口元はだらしなく緩み、声はそれを隠しきれずに居た。何を思い出したか、どんな事があったかを察したであろう白石は少し引き気味に「何やねんキショいな」と棘のある言葉で俺を揶揄った。しかし俺は何を言われても傷付いたりしない。唯夏の事を考えている時の心はちょっとやそっとでは傷付かないし揺るがない物になってしまっているのかもしれない。我ながら唯夏に盲目すぎるし恋愛馬鹿っぽい。

「あの日の唯夏な、可愛かってん……」

自分でも目が遠くなった事は分かった。一人で勝手に体育祭の日の唯夏を回想すると、胸が熱くなる。走っている唯夏や応援する唯夏は見慣れないので、とても特別に思えた。頑張ってる唯夏も、必死な唯夏も、喜ぶ唯夏も、可愛くて仕方が無かった。

そして、ヤキモチを妬いてくれた唯夏に至っては、長いこと一緒に居る中でも初めて見た。拗ねた姿、不安そうな顔、今にも泣き出しそうな目、震えた声。唯夏はいつでも俺の前では笑ってばかり居たし、特に付き合う前は俺に興味が無いのではと疑う程に自由すぎる振る舞いで、俺が何をしようがどうでも良さげだった。不謹慎かもしれないが、そんな唯夏が嫉妬をしてくれた事実が素直に嬉しかった。
素直で可愛らしい唯夏が申し訳無さそうに、けれども嫌そうにいじけて口を開いていた。初めて見る唯夏の姿はアホみたいに愛おしくて、俺はきっとこの先もこの人が好きなのかもしれないとすら思ったものだった。

勝手に体育祭の回想をしていると、人波に流されていつの間にやら俺たちは3年2組の教室に辿り着いていた。集会が終わると決まって俺は、窓際にある白石の席に行って白石と少し話をする。担任が帰ってくるまでのその時間を今日も作ろうと、いつもの如く俺は白石についていって窓にもたれかかった。

「あん時の唯夏ちゃん、珍しくヤキモチ妬いてたよな」
「せやねん。長いこと一緒やけど、初めて見てんなあ」
「……ほんっま、付き合ってから変わったよな」

ぼそりと呟かれた白石の言葉に、何て?と聞き返すと、何も無いと誤魔化されると思いきや、「唯夏ちゃんいつもと違う髪型してて可愛かったなって」と、確実に先程言ったのとは違う内容を返された。はぐらかす白石が何を思ったかは分からないけれど、掘り起こすべきでもないと思い、せやろと自慢しておいた。

「おい待て、可愛い言うな」
「うっわめんどくさ……めんどくさいカップルやな、謙也もヤキモチかいな」

優しい表情をしていた白石が瞬時に顔を歪めた。眉間に皺を寄せ、言葉の通り心底面倒臭そうに苦い顔に一変したのだった。と思いきや、今度は凛々しい顔になり、俺と正面から向き合った。続けた言葉は罵詈雑言よりもずっと、真っ直ぐ鋭く俺に突き刺さる物だった。

「ヤキモチ妬くのって、どこかで信用してないからじゃないんかなって俺は思うんやけど」

謙也が妬くのも唯夏ちゃんが妬くのも。そう、白石は続けた。

どこかで信用していない、その言葉を何度か反芻する。唯夏が俺のことを信用していない?俺が唯夏のことを信用していない?
確かに俺たちの未来は不確かで、明日さえある物かどうか怪しいかもしれない。明日も一緒であることを祈るように手を繋ぐのかもしれない。今日が最後かもしれないから好きだと囁くのかもしれない。唇を重ねるのかもしれない。明日のことは信用などしていない。だから俺は今日も全身で唯夏に恋をするし、惜しむ事など微塵も無い。

しかしそれが唯夏自身を信用していないかと言うと否である。唯夏が言った事は唯夏の想いとして俺の中では真実になる。唯夏が俺を好きだと言ってくれてから、唯夏が俺を好きかどうかを疑った事は無い。それこそ明日も、唯夏に好きで居てもらえるように努力をするだけである。例えば唯夏の気持ちがどこかへ行ってしまうのではないか、という事は考えた事は無い。誰に愛されようとも唯夏は俺を好いてくれている。もし唯夏の想いが他へ向いたとしても俺は手を離す気は無いし、最後には俺の所へ帰ってきてくれるなら何だって良い。

「唯夏が浮気するかも、とかは思ってないけど、他の男がジロジロ見てるのは何か嫌やねんな」
「何やねんそれ、唯夏ちゃんも同じような事言ってたで」

先程までの少し張り詰めた空気はすっかり消え、至極楽しそうに白石は笑顔を見せた。あの日の唯夏から白石が何を聞いたのかは知らないけれど、「同じ」がひとつ増えた事にまた頬が緩んだ。俺は唯夏の気持ちがどこに行ってもきっといつまでも好きやし、それも同じであると良い。同じで居てもらえる男で居たい。



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