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幼き日の純愛




熱は冷めたと思う。しかし火照ったままの様な肌が、ヒリヒリと痛み始めた。日焼けかあ、と紅くなった頬に手を添えると呑気にそんな言葉が浮かんできた。

日はすっかり暮れ、これから現実に戻らされるのか、という感じだった。夢を見ていたわけでも、夢の様な時間を過ごしていたわけでもない。ただ日常にいつもとは少し違った事があっただけで、日常に当たり前の様に君が居る。たったそれだけの事のはずなのに、過ぎるくらい大袈裟に幸せで、本当に夢を見ているみたいだった。だからもう、現実に帰れよと月が告げているみたいだ。

隣に唯夏が居る。君が、居る。先程、人目につかない所で世界の秘密そのものの様な時間を過ごしたのに、あれだけ触れたのに、また触れたくて仕方なくなって俺は唯夏の小さな手をぎゅうっと握った。小さな、小さな手。昔はこれが大きく思えた。もしかすると俺より少し大きかったかもしれない。それなのに今はこんなにも小さく感じられて、唯夏だけがあの頃で時間が止まっていて俺だけが進んでいる様な気がして、鼻がツンとした。何も言わずに俺の手を握り返す唯夏にふと目を遣ると、唯夏の時間は止まってなどいなかった。
こんなにも俺の隣で、俺の居る所で、大きくなった。今も可愛いけれど可愛かった唯夏が綺麗になった。女の子が女性になった。それでも俺たちはまだ幼いのに、小さな小さなあの頃を思うと、もうこれ以上は無いくらいに大人びて見える。

何故か唯夏にかける言葉は見つからないまま、手を繋いで学校からの帰り道を歩いていた。薄紫色から深い深い闇へと変わる空で、幾つか星が瞬く。唯夏は俺とは反対側の空をじいっと見つめて何も言わない。そんな唯夏の様子を何度も何度もチラッと見ては目を逸らすと、唯夏の顔が見えそうで見えない角度に鼓動が何度も跳ねた。
唯夏はあまり外へは出ないのか色が白く、今日は珍しく長時間外に居たからきっと頬はいつもよりも赤い。サラサラの髪の毛は汗ばんでいたからか、少し重そうに、いつもより纏まっている様に見える。そういうちょっとしたものが、執拗に俺の心臓を早足にさせた。

そうしているうちに、あっという間に俺たちの家に到着した。あっという間とは言っても、普段は一緒に帰るとなると唯夏と話しながら帰るから、いつもよりは長く感じられたけれど。それでも唯夏と一緒に帰るのは久々であったし、一緒に居るとドキドキしているうちにいつの間にか家が歩いてきたみたいに一瞬だった。
手を握ったまま、いつもの様に少し話をしようと唯夏の方を向き声をかけようと口を開くと、声に言葉を乗せたのは唯夏が先だった。謙也君、と名前を呼ばれ、胸がいっぱいになる。春の色をした何かが、或いは青い何かが、胸の中に一瞬で溜まった。いっぱいになり胸から溢れ出した何かが、唯夏の手を握る俺の手に力を込めさせた。

「なに?唯夏」
「私たちって付き合ってるんだよね」

何か不安になる事でもあったのかと俺の方が不安になり、どうしたん?と聞くと、もう一度同じ質問で念を押された。少しばかり張り詰めた空気が俺の言葉を失わせて、肯定しか出来なかった。何で急にそんな事を聞くん?と問おうと考えた瞬間に、時間が止まった気がした。

「け、……謙也」


ふわり。何かが舞い降りた気がした。そうしてまた、胸の中に何かが溜まった気がした。完全に絶句してしまった俺は、唯夏を見つめる事しか出来なかった。

目の前で、好きな奴が顔を真っ赤にして、いっぱいいっぱいですと言わんばかりに言葉を詰まらせて、改めて関係性を確認してまで俺の名前を呼んでくれた。俺が呼ぶみたいに、呼び捨てで。日が暮れて涼しいはずだと言うのに、暑い。熱い。依然何も言えない俺は辛うじて口をパクパク動かせて顔に熱を集めるくらいしか出来ない。何か、何か言おう。唯夏の名を呼ぼうか、ありがとうと言おうか、可愛いと言おうか。王子様の様に格好良い言葉をぐるぐるぐるぐると考えていると、口をついて出てきたのは再び呼んでほしいという要望だけだった。格好悪い。でも、呼んでほしい。他の誰でもない君に。

「唯夏……も、もう一回、呼んでくれへん?」
「けん、や」

先程は目を合わせなかった唯夏が、躊躇いがちにこちらを見る。合った視線から、溢れて止まない「好き」が伝わってきた。俺は今、物凄く大切にしてもらってる。心の底から、全身で、想われてる。そう、確かに感じた。

「……もう一回」
「謙也」

今度はきちんと目を見て、だった。しっかりと、視線を交わらせて、向かい合って。また俺たちだけ時間が止まったみたいに、風がひとつ吹く。幾ら風が吹いたって冷めやしない熱が伝わってきて、伝えている。

たった一言、いっぱいいっぱいのくせに頑張って名前を呼んでくれるだけで、こんなにも俺もいっぱいいっぱいになる。胸の内に優しくて柔らかいものが舞い降りる。幼いながらも俺が確かに抱いた好きと、唯夏からの好きを感じる。名前を呼び合うだけで過ぎるくらい伝わる。

「唯夏が妬いてくれて、俺嬉しかった。唯夏からいっぱい伝わってくるんや。俺と同じ気持ちやって事が、いっぱい伝わってくる」

唯夏は何も言わずに、へへっと照れ笑いをひとつ。照れてどこも見れなくなった俺は、額を唯夏の額にコツンとくっつけた。照れた時、唯夏は誤魔化す様に笑うのが癖で、俺はこうするのが癖なのかもしれない。俺たちは今、同じ事をしているみたいに思えた。

「ほんま、可愛すぎやろ……反則や」

俺は唯夏の腕を引き自分の方へ寄せた。胸の内に連れた瞬間、また想いが溢れてきて、先程中庭でした様に腕に力を込めて抱き締める。少し驚いた声を出した唯夏は、躊躇った様に俺の背中に腕を回し、俺と同じ様にぎゅうっと力を強くした。

この想いが「好き」でも「恋」でも「愛」でも例え俺がそう思っているだけであって本来はその真逆でも、他の人間に抱く事は出来ないのだろう。いつもいつも根拠は無いけれど、確かにそう思う。唯夏にとってもそうだと良いのに。俺以外の人間に、俺への感情と同じものなんて向かないでほしい。

謙也、と。躊躇いも何も無く俺の名をはっきりと呼んでくれた唯夏の声が、耳の奥で鮮明に蘇る。こうしている時だけは、唯夏を感じている時だけは、終わりなんて無いみたいに思える。ずっとずっと続くのではないかと思える。そうであると、良い。



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