カウントダウン | ナノ


青をまだ知らない




太陽が俺たちを焼く。じりじり、ギラギラ。何もない空で元気な太陽が、陽炎さえも作ってしまいそうだ。運動場の砂はどうして焼け焦げないのか。触ればすぐにでも火傷しそうなほど熱く見える。
そんな今日、俺たちの中学校では体育祭が行われていた。例年は秋だった気がする。今年は体育館の工事か何かで迷惑なことに今日になった。梅雨入りのニュースは聞いていないから湿気はそれほどだが、カラッと晴れていてかなり暑い。今日くらいは雨女か雨男にもう少し優勢であってほしかったものだ。晴れ男の圧勝やないか。こんな強い晴れ男は誰や、謙也か。あり得る。

朝はそんな風に乗り気でなかった俺だけれど、そりゃまあ体育祭というのは楽しいもので。中学校生活最後の体育祭だし、俺も汗を光らせて楽しんでいた。自分が出る競技も、応援も、全力。炎天下の中で水を飲む事も忘れて普段のストレスを晴らした。受験生は思い詰める事が多い。

リレーや徒競走ばかりで皆が飽きてきた頃、それはやって来た。それを見越してか今年からは借り物競走などというチャラチャラした競技が増えた。まあ、そうは言ってもお笑いで競う競技もあるのだけれど、これはどの生徒からも注目されていた。大喜利もオーケーで、例えばお題が「たこ焼き」なら坊主頭の野球部を連れて行っても良いらしい。ジャッジは先生がする事になっているが、連れて行った人から反感を買っても知らん!と何故か投げやりな競技である。
思春期の男女は好きな人から借りられる事を期待していたり好きな人を借りるためにどうにかこうにか大喜利と言ってこじつけようとしていたりだ。
先程までの熱を一度冷まそうと、クラスごとに設営されているテントの下へ逃げ、ぼんやりと遠くを眺めると、テントのすぐ前で晴れ男、謙也は暑苦しい声援を送っていた。元気やなぁ。

「ねえ、白石君」
「ん?ああ、唯夏ちゃん。楽しんどるか?」
「うん。借り物競走、楽しそうだねぇ」

借りられたい!借りられた!借りられへん!一喜一憂する思春期の彼らで、今日一番盛り上がっている。楽しそうと言う割に彼女は静かだ。楽しそうだけれど、周りが喧しすぎて大人しく見えてしまう。

人一人分より少し狭いぐらいの距離を空けて俺の隣にちょこんと座った唯夏ちゃんが、愛おしそうな瞳で遠くをじっと見つめる。俺はタオルで汗を拭きつつそれを横目で見ていたのだけれど、そんな他愛ない事をしている俺たちに衝撃が走ってしまう事になる。

「お、忍足君!来てもらってええ…!?」

興奮気味に晴れ男の名前を呼んだ女生徒の手には見た事のある字で「好きなひと」の文字。どんな辱めやねん!と多くの生徒がざわつく。あの字は確か、日誌か何かで見た事がある。確か、ああ、テニス部の記録か何かで。オサムちゃんの字か。

自分の顧問がそんなアホみたいなお題を書いた事が恥ずかしくて頭を抱えた。俺がそうやって重い重い溜め息を吐いていると、晴れ男の背中はどんどん遠くなっていく。見た事もない女生徒の手を引いて、いつもより少し遅めの速さでゴールテープに向かって直進している。手を繋いでゴールテープを切らなければゴール扱いにはならない事になっているため、思春期の男女は倍ざわついていたと思う。あの女の子、役得やなぁ。戻って来たらきゃあきゃあ言うて友達に報告するんやろなぁ。めっちゃ幸せそうな顔しとるなぁ。いや確かに好きなひとって書いてあるけど素直にほんまに好きな人を選ぶんって恥ずかしくないんかいな…と、他人事なので俺はそんな事を考えていた。まあ、本当に他人事とは思っていないけれど。

隣に座った女の子は、頬を膨らませて膝をぎゅうっと抱き締めていた。薄く色付いた頬は暑いからなのか、好きな人を見つめていたからなのかは分からない。
彼女とは俺も何だかんだで仲良くさせてもらっているし、謙也ほどではないけれどそれなりによく喋るし、色んな表情も見てきた。けれども今の彼女の顔は、今まで見た事がなくて、正直驚いた。この子、こんな顔もするんやなぁ、と。

「唯夏ちゃん?」
「なに」

分かりやすく拗ねてしまっていて、これまた聞いた事がないほど低い声で返事をされてしまった。思わず笑いが込み上げて、まあそんな怒りなや、と肩をポンポン叩くと、彼女は抱えていた膝をより一層強くぎゅうっと抱き締めた。今度は、先程よりも微かに笑いが零れた。ずっと近くで見てきた二人は本当に幸せそうで、お互いの気持ちを知らずとも信頼しきっていたのに、やっぱりそれでも恋情は腐っても恋情なのだな、と。

「唯夏ちゃん、謙也と付き合い始めたんやろ」
「何で知ってるの…!?謙也君に聞いたの!?」
「聞かんでも分かるわ、まあ聞いたのは聞いたけど。ヘラッヘラしてたであいつ」

膝を抱えて俺と目を合わせようとしなかった女の子が、膝から手を離して勢い良くこちらを向く。じいっと見つめられる瞳は今すぐにでも揺れて大粒の涙を零してしまいそうだ。

「何や、俺が知ったらまずかった?」
「いやそうじゃなくて…、恥ずかしいというか、照れくさいというか、」

俺の方に顔を向けたまま、真っ直ぐ俺を捕まえていた視線が逸らされては泳ぐ。またひとつ、微かな笑いが零れた。ふとした瞬間、この二人は同じ空気を持っているなと思う。だからいつまでも見ていられるのだけれど。

「最近の自分ら、何か雰囲気変わったからなぁ」
「雰囲気?」
「何か、前までは安定して信用し合ってるって感じやってんけど、最近は、何やろうな、何か……二人ともソワソワしてるっていうか」
「ソワソワ……?」
「お互いめちゃくちゃ照れててバレバレやで。全身で好きって言い合ってるねん」

チラリとこちらに戻って来た視線が、また明後日の方向で泳いで止まらない。かと思いきやまた彼女は膝を抱き締め、顔を埋めた。薄紅色だった頬はいつの間にやら耳まで真っ赤に染めていて、熱でもあるのかと心配してしまいそうなくらいだ。今度はそんなつもりじゃなかったのに〜!と顔を埋めたまま両足をバタバタさせた。何か忙しい子。

「謙也君がね、毎日毎日、どんどん格好良くなっていくの。今日も、誰よりも格好良くて、苦しいくらい」

足をバタバタさせるのを止めた唯夏ちゃんは、膝に埋めていた顔を少しだけこちらに見せて、ぽつりと呟いた。
ヤキモチを妬かれているなんて知らない謙也は、運動場の向こう側で無邪気に女生徒とハイタッチしていた。どうやら1位だった様子。

「モテるのもよく分かるの。だけど、何だかすごく……やだ」

騒がしくてだだっ広い空間のはずが、小さな部屋で二人きりみたいで、どこか遠くの方から生徒たちのざわめきが聞こえてくる気がした。俺の耳に残ったのはたったそれだけなのに、何も返せず、「そうか」としか言えなかったのだった。



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