短編 | ナノ

あなたは魅力に満ちている

半年かけて育てた。

魅力に満ち溢れた花。それは好きな人にプレゼントしたかったから育てたもので、花束にしたのは中学の卒業式の一週間前だった。

大きな紙袋にその花束を入れて学校に持って行き、特に何事も無く普通にその日の授業を終えて私は漸く彼を捕まえる事が出来たのだった。ピンクと黄色の花を束ねたそれを差し出すと、彼は目を丸くして驚いた。

「これ、どうしたの?」
「幸村君に受け取ってほしくて、自分で育てたの…っ!」
「わぁ、ありがとう。綺麗だね」

ラナンキュラス、と、彼はその花の名前を付け足すと、目を輝かせてラナンキュラスの花束をじっと見つめた。丸く可愛らしい花だけを見る瑠璃色の瞳は、私を捉える度に鼓動が高鳴ったものだ。お互い内部進学して立海の高校に行くにしても、もう同じクラスにはなれないかもしれない。想いを伝えられるのも、一緒に居られるのも、私という人間を認識していてくれるのも、もう終わりかもしれない。秋に球根を植えた時の気持ちを反芻すると、胸がきゅうっと締め付けられた。

幸村君のイメージに合わせて淡い青色のリボンを付けたのだけれど、変ではないだろうか。幸村君の好きな花は何だろう。ラナンキュラスは好きだろうか。よく考えればラナンキュラスは私の好きな花ではないか。やらかした。終わりを意識した私の頭はどんどん後ろ向きな事を考えてしまう。今日は気持ちを伝えに来たんだからダメだぞと言い聞かせて、紙袋を持つ左手にぎゅっと力を込めた。

「あ、の…幸村君、お誕生日おめでとう」
「ふふ、覚えててくれたんだ。ありがとう、苗字さん」
「3月5日の誕生花にしようと思ったんだけど、調べたら色々あってどれにしたら良いのか分からなくて、幸村君の好きな花もどれか分からなかったから、結局ラナンキュラスにしたんだけど」
「そっか。色々考えてくれたんだね。ありがとう」
「うん、ラナンキュラスは好き?」
「好きだよ。何だか可愛らしくて」

テニス部の夏の大会が終わってから幸村君は何だか柔らかくなったと思う。好きになった時から、いや出会った時から優しくて雰囲気の柔らかい人ではあったけれど、テニス部を引退してからはもっと優しくなったと思う。幸村君だけをずっと見てきたのだから、間違いない。

「……高校に入ってからもテニス続けるの?」
「そうだね、改めてテニスは楽しいものだと思ったからね」
「へえ…」
「それにしても本当に綺麗だね。毎日優しい言葉でもかけてあげたの?」
「うーん、まあそんな感じかな」
「暖冬だったからかな、結構花が開いてるんだね」
「多分ね、この子は今ぐらいが一番綺麗だと思う」
「そうか、自分の部屋に飾るよ」
「…ありがとう、嬉しい」

少しだけ自分を語った幸村君の綺麗な瞳は希望で輝いており、花でも私でもなく素晴らしい未来を見据えている気がした。放課後の教室には夕陽が差し込んでおり、二人の影を長く長く何処までも伸ばしていた。

幸村君の整った顔も、キラキラしていて綺麗な瞳も、落ち着いた声も、どうか忘れてしまわない様にと、じっと幸村君を見つめて幸村君の声に耳を澄ませる。苗字さんはよく人の目を見るねと微笑まれた。
会話は少しばかり途切れ、何を言おうかと考え始めた頃、幸村君が口を開いた。私の大好きな声で、彼は言った。もう一つ欲しい物があるんだけど、良いかな、と。良いよ、何?と問うと、優しく微笑んでいた幸村君はそのまま、けれど声は少しだけ低くして、言うのだった。

「君だよ」
「……え?」

言葉の意味が理解出来ず、馬鹿みたいな声が漏れてしまう。どういう事?と私が問う前に、幸村君は私が作った花束から一つ、ラナンキュラスの花を取って私に差し出した。

「これから毎年、俺と一緒にラナンキュラスの花を育てよう」
「え、あ…」
「君が好きだ」

ああ、幸村君は何て狡い人なのだろう。私はずっと幸村君を見てきた。幸村君をずっと見ていたいのに、視界が揺れてしまう。
手の甲で強く涙を拭い何か答えなくてはと思い声を発すると、情けなく震えた自分の声が零れた。ゆっくりで良いよと言う幸村君の声は何処までも優しく澄んでいて、また幸村君への想いと一緒に涙が込み上げる。

「私も…幸村君が、好きです」
「知ってるよ」

幸村君は狡いなあ、と苦笑いを一つ零すと、幸村君はまた優しく笑って、好きな子の事だからそのぐらい分かるよと付け足した。
私が好きな人の事を少しも見ていないみたいだな、と少し頬が膨れてしまった。そういう所が、狡い。

「ラナンキュラスだけじゃなくて、他にも色々育てようか。俺の好きな花も、君の好きな花も」
「うん」
「ダリア。ダリアも育てたい」
「うん」
「君は魅力に満ちているよ」

いいえ、あなたの方が魅力に満ち溢れていますよ。これからもっと、魅力的な人になっていくのでしょうか。ラナンキュラスの花言葉を、大好きな人に。


HAPPY BIRTHDAY 幸村さん!!

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