短編 | ナノ

声を失くした慟哭

これの続き


綺麗な物が好きだ。春は桜、夏は花火、秋は紅葉、冬は雪。星や月も綺麗で大好きだ。そして何より、夏生まれの彼の、夏の夜の横顔。

高校生になってから彼との遠距離恋愛が始まった。一度は終わってしまったとも思った恋も、何とか再スタートし、今ではすっかり順風満帆な付き合いをしている。

彼にはもしかすると私以外に好きな人が出来てお付き合いをしているかもしれない。彼を疑いたい訳ではないけれど、高校生という年齢で遠距離恋愛をしていて、会える時間も当然少ない間に私以外の素敵な女の子に目が行かない訳がないと思うのだ。基本的に彼も考え方があまり前向きではないので、同じ事を考えている可能性も無きにしも非ずで。しかし二人とも暗黙の了解の様にその事については一切何も聞く事は無い。

自分の運命を恨む事は無い。親は私を可愛がってくれるし、頑張って仕事をしている結果として大阪を去る事になったのだから、私はそれを嫌がる事など出来なかった。勿論大好きな人とお別れは悲しかったけれど、離れたからと言って嫌いになれる訳でもなかったし、頑張ってバイトをしてお金を貯めると、長期休暇中に会いに行く事ぐらい何の苦痛でもなかった。
大好きな人、光が高校生になり、今夏は光が会いに来てくれる。今年も一緒に花火を見に行こうという事になった。
壮大な音と共に夜空に花を開く大輪の春の紫苑は、光との思い出の物だ。心を踊らせて私は光が私の居る所へ来てくれるその日を待った。


「名前さん」

私も光も晴れ人間ではないからか何なのか、雲行きは少しばかり怪しい。そのためか、最後まで花火を見る人は殆ど居なかった。屋台も少しずつ減っていっている。チャンスだとばかりに光は私の顎をクイッと軽く持ち上げると、ほんの一瞬だけ私の唇にキスをした。もう、と頬を膨らませると、光は楽しそうに笑った。

光って、こんなにも楽しそうに笑う人だったっけ。

同じ学校の人はこんな光を日常的に見ているのかもしれない。テニスをしている光、学校行事ではしゃぐ光を知っているのかもしれない。私の知らない光の一面を、色んな人が知っているのかもしれない。考え始めると止まらなかった。本当はこんな事を考えるためにここに来た訳じゃないのに。

黒々とした気持ちが止め処無く溢れ出す。私はこんな事を思う女だったのか、と徐に夜空から視線を逸らし俯くと、隣で光は私の名を呼んだ。名前さん、と。そして世界からは音が消える。たった一人、光の声だけを残して静かになった。


「ごめんな」


彼の言葉の意味を問おうとするも、情け無い事に何の言葉も出てこない私を色とりどりの花が照らす。そして先程音が消えた反動の様に重低音が私の身体中に響き渡り、花たちはパラパラと散っていく。
情けない。みっともない。声が震える。

「何、が…」
「先輩が高1の…俺が中3の春、音信不通やった時…俺は、」

先程の数発で花火大会は終わったらしい。花火の音は止み、花火がよく見えるその場所に居たほんの数人が帰り支度を済ませその場を後にした。まるでこの世界に隔離された様に、二人だけが残された様に、広く深い夜にたった二人私と光だけが居る。
耳鳴りがする。頭がクラクラする。暗黙の了解だったそれが破られる、咄嗟に私はそう察し、拒む様に視界が揺れた。

「他の女と付き合ってた」

やっぱり、と。文字通りぐうの音も出ない。場違いかもしれない。けれど本当に呼吸の一つすら出来やしない。心臓の音だけがバクバクと騒がしく不愉快だ。私は光の方に向けていた視線をそっと下ろし、両腕で視界を覆い自ら闇に包まれた。何も見たくないし何も聞きたくない。光は私だけの光だと思っていた。光は私だけを好きでいてくれると思っていた。だから暗黙の了解だった。聞きたくなかった。聞くのが怖かった。
視界を覆い隠す両腕がじわりと濡れる。

「ごめん」
「いらない、謝ってなんかいらない」
「…でも俺は、」
「やだ聞きたくない」

光より年上なのが私だ。それなのに駄々をこねるなど言語道断ではないか。光だってきっとめんどくさいと思っている。このまま帰りたいと思っているに違いない。
私の不貞腐れた声からは静寂を保っていた二人きりの世界に突如、音が溢れ出す。私の身体を叩き、慰め、私の涙を隠してくれるのだろうか。

「先輩、雨が…」
「私は光が好きだよ、大好きだよ、だから別れたくない」
「俺も好きや、大好き、愛してる」

一歩先の、感じた事はあるけれど決して言葉にはしなかった感情を光がその言葉の重みも知らないかの様にサラリと言ってしまい、勢い良く顔を上げて光を睨む。好きなのに、大好きなのに、顔がよく見えない。光は今、どんな顔をしているの。

「離れてる間に寂しさに負けた。何回も違う女と付き合った。先輩のこと忘れたくて何回も何回も、何回も…でも忘れられへんかった、俺は先輩じゃないとあかん」
「付き合うなら離れたくないよ」
「もう離す気なんて無い」

だからお願い、側に居って。光の声に少し食い気味に、ゴロゴロと不穏な音が鳴り始めた。そして、辺りを一瞬だけこれでもかと言う程照らされる。光は、絶望しきった表情をしていた。縋り付きたいと言わんばかりに。
頬を幾つも水が伝った。昂ぶる気持ちを煽る様に雷が鳴る。先輩ここ危ないから移動しようと言う光の言う事に耳も傾けず私は、

愛してるよ光、私だって光を愛してる。

「ごめん先輩」
「狡いよ光は…愛してる愛してるって言って一度だってちゃんと愛そうとした事なんか無いくせに…愛してほしいならちゃんと私だけを愛してよ、他の女を好きになろうなんてしないでよ…っ!」
「名前!」

光の大きな声でハッと目が覚めた様に肩が跳ねた。雨の所為で、また光の顔がよく見えない。光の冷たい手の平が私の頬を這い、それに呼応して私も震える手の平を光の頬に滑らせた。
久しぶりに触れた折角の光の肌がびしょびしょで感触も温もりもよく分からず、私の頬はまた濡れる。

「愛してる。名前だけを愛してる、名前しか要らん。だからお願い、もう移動しよう…危ない。ここじゃ危ない」
「ひか、る」
「俺は名前の隣に居る。俺の前から居らんくなったりせんとって、お願い、名前に何かあったら俺…!」

私を強く抱き寄せた光の服は私の物と同じくぐっしょり濡れていて、どちらの服の水分か分からない物がどこまでも奥深く浸透する。悲しく痛く響く光の声までもが骨の髄まで染み込んでいき、私と光は二人である事を忘れて、もっと、と更に世界から隔絶される様に抱き合った。
そこから二人でどう帰ったのかもちゃんと帰れたのかもよく覚えていないけれど、その次の年の夏も約束をしたので、きっと私達はずっと一緒だ。私と光の心は離れたりなどしない。

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