短編 | ナノ

茜色の涙

捏造有り 赤司高3設定



好きな人が居る。年齢は4つ下の人だ。その人と会った日の話をしよう。

その日私は22歳にして初めて失恋というものを経験し、家の近くの公園で一人佇んでいた。特別悲しかったわけではない。やっぱり、という感じだった。別れた恋人は年上だった。
背中の方では夕陽が綺麗に沈みかけているぐらいの時間。季節は秋だった。不思議な色をした空に雲はあまり無くて、東の方に薄っすらと鱗雲が浮かんでいた。
吐いた溜め息は重々しいけれど、紅く染まる。ギィ、と軋むブランコと私の溜め息と鈴虫ぐらいしか音は無い。そろそろ帰ろうかな。地方から京都の方に出てきて大学生活を送る私は、当たり前だが実家暮らしではない。美味しいご飯は待っていない。自分で作らなければどうしようもない。帰ろう。けれどこのまま帰ってもきっと寝れやしない。携帯で時間を確認して、あと7分黄昏れていようと決心した。7分でちょうどキリの良い数字だったからで、特に意味は無かった。そして7分経った頃、そろそろ言い知れぬ心の曇りも漸く消え始めた頃で、帰ろうとした時だった。

俯いていた私には音しか聞こえなかった。パキッとその場の雰囲気に相応しない秋らしくはあるけれどどこか軽い音が鳴る。勢い良く顔を上げると、そこには見知らぬ男の子が居たのだ。
男の子、とは言っても高校の制服を着ている。知ってる、洛山高校の制服だ。夕陽の赤と、彼の髪の毛の赤。赤は、運命の色と言うけれど。

当たり前だけれどこの時、お互いに黙っていた。しかし目が合っているのに何も話さないなど気まずいな、と思っていると、先に口を開いたのは彼だった。

「女性がこんな所で独りだと危険ですよ」

優しい声は崩れ落ちそうな私の心を包む様にどこまでも優しく染み込んだ。今日一日どうしてでも泣かないでいようと思ったのに、あまりにも声色が優しいものだから、私の頬が静かに濡れた。赤が痛いぐらいに優しくて、綺麗で、私の涙まで赤に染める。反射した光は眩しい。

彼はその後、何も聞かずにハンカチを貸してくれて、家まで送ってくれた。名を赤司征十郎と言った。名前も赤なんだ。家までの道程は何を話したかは覚えていないけれど、彼はバスケをしているらしい。

彼と次に会ったのはその次の日だった。優しい色のハンカチを返さなくてはと思い、同じ公園へ向かった。昨日と同じ様な時刻。望む人物の姿は、既にあった。

「あ、赤司君……先に居たんだ」
「ええ。律儀そうな方だったので、待っていれば来るかと思いまして。女性を待たせるわけにはいきませんからね」

ふ、と彼が微笑む。何て優しく笑う人なのだろうと思った。

彼は年下なのにまるで私が年下の様に大人びている。所作の一つ一つも落ち着いていて、私を見下ろす瞳は至極真っ直ぐで綺麗だ。

私は辛い事がある度にその公園で赤司君を待ったけれど、赤司君はいつでもそこに居た。紅い葉が全て木から無くなっても尚。いつしか彼自身の事が気になり、ほぼ毎日その公園に行くようになった。そしてある日思い切って聞いてみたのだった。「赤司君はいつもここで何をしているの?」と。彼は一言、現実逃避だと言った。
何度、もう何十度と赤司君とその公園で顔を合わせた。いつ頃かは分からないけれど、気が付いた時には彼に好意を寄せていた。



好きな人が居る。年齢は俺の4歳年上だ。彼女は俺を落ち着いていると形容するけれど、彼女だって品があって綺麗だ。第一印象はそうだった。二人の間だけで大切にしておきたいから出会いの件はここでは省略するけれど、彼女は外見とは少し違い、無邪気で幼い一面がある。そこがどこか新鮮で、可愛らしい。
彼女とはいつの間にか何度も会う様になっていた。会ってその日あった事やちょっとした愚痴などを話すのが今では日課だ。何度も会って話していくうちに、彼女を好いている事に気が付いた。しかしこんな幸せな時間も今日で終わりになる。

「名前さん、俺、前に一度家庭の事情を話した事がありましたよね」
「ああ、うん」

俺は彼女に、彼女が色んな事を屈託無く話してくれる代わりと言っては何だけれど、一度だけ赤司家の話をした事がある。そういうのには疎いからなあと苦笑をされてからはそれきり触れた事は無い。

「名前さん……好きです」
「えっ、それはどういう、」
「恋というものですね」
「わっ、私も赤司君が好きですっ」

自然と浮かんだ笑みは苦くも何とも無かった。自然に笑えた筈だ。顔を真っ赤に染めて必死になる名前さんがあまりにも可愛くて、抱き締めたくなった。少しだけ、俺の話をさせて下さい、と前置きをして、俺は話し始めた。名前さんの頬から赤が消える事は、無い。

赤と言えば、彼女は俺の髪色を綺麗だと言ってくれた。目も。出会った頃に夕陽を背中に置いていた名前さんの方がずっと綺麗だったし、不意に見せられた涙も至極綺麗でどこか儚かった。赤は、運命の色と言う。

「分かってくれなくても良いです。俺は……赤司家の人間です」
「……うん」
「それが当たり前だったから特別嫌だと思った事はありませんでした。周りには偶像化する者も居たけれど、不自由無くここまで育ってきましたし」

不安そうな表情で俺を見つめる名前さんを、そんな不安そうな顔しないで下さいと宥めて、俺は再び俺の話をした。

色んな事があったけれど、今こうして一男子高校生として名前さんの目の前に居ます。けれど一つ許されていない事があります。それは恋愛です。

声になったかは分からなかったけれど、俺にしては珍しく難産だった文章を一通り吐き出すと、今度は名前さんはキョトンとした表情に変わった。やがて曇りが広がる。察したのか。

「許嫁が居るんです。恋愛感情が何なのか知らないままそういう存在が出来ていたので、何の不思議も無く高校を卒業したら正式に婚約者となるのだと思っていました」

名前さんと出会ったのは爽やかな日で、紅葉の綺麗な夕焼けの秋空の下だった。時間は徒らに、けれど優しく、名前さんの傷を癒し巡った。紅葉はやがて姿を消し、街は色とりどりの電飾を携える様になったので、何ら不思議ではなかったのに、突然降ってきた雪に何故か嫌気がさした。
もっと、もっと一緒に居たい。もっとこの人と一緒が良いのに、優しくも残酷な時間の流れはやがて、俺とこの人を引き離す。春が来てしまう前に高校を卒業する俺はそのまま許嫁の希望により東京へ行く事になる。ここには居られない。これを告げてしまえば、今日が最後になるだろう。

けれど溢れ出す想いは止める事など出来なくて、胸が締め付けられる。俺はどうすれば良いのだろう。何を言えば良いのだろう。俺はこの人を幸せにしたい。この人に幸せになってほしい。この人と幸せになりたい。この人が居なくちゃ幸せにはなれない。俺もこの人もこの先も沢山の人と出会うのだけれど、今はただ一緒に居たいのに。飽きるほど一緒に居たいのに。

「けれど名前さんを好きになってしまっていたのです。どうしても伝えたくて……好きです、俺は名前さんが好きです」
「私、も」
「冬が終われば俺は京都を去ります」
「赤司、くん」
「行かなくてはいけないんです」

変なの、泣いてる、と名前さんは震える声で言った。初めて会った時に泣いてたのは私なのに、と。そんな今にも泣き出しそうな笑顔を作って何を言っているんだ。大好きな人が消えてしまいそうに思えて、出来るだけ優しく、壊れてしまわぬ様に抱き締めた。温かかった。

「赤司君……」
「泣いてませんし、名前さんも泣かないで下さい……名前さんは綺麗な人だし優しいし、きっと幸せになれます。幸せになって下さい」
「赤司君とじゃなきゃ幸せになんかなれないよ」
「名前、さん……」

胸の中で既にどうしようもないほど大きくなった気持ちはきっと好きじゃ足りなくて。このまま二人で雪の中で眠れたら良いのに。繋いでくれた赤い色が今はどこにも見えないのが自分でも不思議なぐらい苦しかった。

「私は赤司君にそういう肩書きがあっても無くても好きだよ。多分、これから先も大好きだよ」
「……っ!俺、」
「両想いだったならそれだけで良いとも思う、けど……赤司君が望むのなら、戦います」
「どんなに茨の道か分かりませんよ」
「茨の道だろうが何だろうが、赤司君と一緒なら何も怖くないよ、きっと……一緒に居たいの。駄目かな」
「ついて、来てくれますか」
「はい」

戦う余地なんて無いと思っていた、けれど。君となら、君との幸せの為に、限界まで足掻いていたい。そうだ、好きとはそういう事だ。
赤い色は運命の色と言うけれど。もしかしたら俺と名前さんの指には赤い糸があったのかもしれない。鋏で切られそうになっても、どんなに絡まろうとも、守りたいと思う。数年後、名前の苗字が赤司になるまでの話も、二人の間で大切にしていたい。

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