短編 | ナノ

彼氏様も不器用です

「もう良い!光なんて大っ嫌い!」

些細な事だったのだろう。きっかけは覚えていないから、さほど大きな事では無かった筈だ。
恋人と喧嘩をしたのだ。一つ年下の彼は、彼が三年の教室に来るか私が二年の教室に行くかしなければ校内で会うことは殆ど無い。気が付けば喧嘩をした日から何も連絡を取らず顔を合わせる事も無く一週間が過ぎていた。最初の三日ぐらいは、清々するわ!と意地を張ってしょうもない事を言っていたけれど、四日五日と時間が経つごとに罪悪感と不安ばかりが重なった。

彼は顔が良い。愛想は究極に悪いけれど、彼なりに私を大切にしてくれている事は分かっている。彼は不器用な人だから。分かっているから、感謝の気持ちだけは忘れないでいようとしているのに、空回ってしまう。私までもが恋愛に関しては器用でないみたいだ。
会いに行けば良いのに。メールをすれば良いのに。謝れば良いのに。ごめんね寂しいよって言えばきっと、めんどくさそうな表情をしつつも許してくれる筈なのに。彼と喧嘩らしい喧嘩は初めてしたものだったので、きっかけを掴めずに居た。

もう一度言おう。彼は顔が良い。だから好きになったのかもしれないけれど、顔だけが良い人じゃない事は私が一番よく知っている。彼の先輩は言う。彼は変わったと。柔らかくなったと。優しくなったと。だからもしかしたら、同じクラスの私より可愛い子にその優しさに気付かれるんじゃないかって。気付かれるだけなら良いけれど、その女の子の方が私より良いと思われちゃうんじゃないかって。だって今の私、全然可愛くない。喧嘩をした時に彼も可愛くない奴、と言い放った。素直な女の子になりたいのに、ちゃんと伝えたいのに、伝えられないのがもどかしい。

彼の先輩、というのは私と彼が出会うきっかけだった人だ。その人なら何か、指南してくれるかな。

「名前もしかして泣いてるん」

頭に思い浮かべた人の声が頭上から降ってくる。泣いてないしと言って瞳にうっすらと溜まった涙を拭うと、泣いてるやないかと笑われた。

「女子が教室の隅で窓の外見てたら泣いてるしか無いやろうし、背中に哀愁漂ってたで」
「謙也君、光と喧嘩しちゃった」
「喧嘩なあ」
「どうやって謝れば良いと思う?」
「うーん……」

謙也君が私のすぐ隣に来て、左手を顎に添えて考え込む。暫し二人の間に沈黙が流れた。謙也君の隣に居ると妙に安心するしありがとうと言いたくもなるけれど、やっぱり隣に居てほしい人は光だよ。
会いたい。本当は大好きなの光。嫌いなんて大嘘だよ。嘘ついてごめん。嫌いなんて言ってごめん。会いたいよ光。

あっ。謙也君が何か思い付いた様な声をあげた瞬間、謙也君が居た方を仰ぐが、何故かそこに謙也君は居なかった。その代わりと言っては何だけれど、私の背後から謙也君の苦しそうな声が聞こえた。何事かと思って勢い良く振り返ると、首を絞められてる謙也君と私の大好きな恋人が居た。

「謙也さん、名前先輩じゃなくて俺と仲良くしましょうや」
「ざっ、財前……苦しいわアホ離せや!」
「首絞めてんねんから苦しくて当たり前やろ」

明らかに仲良くしたいような雰囲気ではない。が、光何してるの?と問うと、じゃれてるんですと返されたのでとりあえずそのままにさせておいた。

「でも謙也さんすんません、ちょっとこの人借りますわ。永遠に返さんけど」

光は謙也君の首から手を離すや否や、その手で私の手首を掴んだ。足早に教室を出ると誰も居ない図書室まで連れて来られた。

「俺、まだ拗ねてるんですからね」

男の人なのに。私より背も高くて落ち着いている筈なのに。確かにその表情は拗ねていて、叱られた子供のように気まずそうに目を私から逸らしていた。
可愛い。言ってしまってはきっと更に拗ねさせてしまうけれど、何て可愛いんだろう。私の恋人は、可愛い。込み上げた愛しさは、やがて笑いに変わってしまった。だって私の大好きな人、どうしようもないぐらい可愛いんだもの。

「何をクスクス笑ってんねん」
「光、拗ねてたんだ」
「今もな。だって先輩、俺のこと嫌いとか言うし。謙也さんとイチャイチャしてるし」
「い、イチャイチャ?」
「彼氏と喧嘩してんねんからもっと落ち込んだってええやろ。なんで他の男と談笑しとんねん」

拗ねた光の何フィルターだろう。きちんとと言っては何だけれど落ち込んだし、談笑した覚えなんて皆無だ。やがて口調から完全に崩れた敬語が消えた光が少し威張って、私の顔を光に向けて固定させた。俺のことちゃんと見て。いつもよりどこか低く甘い声でそう言われて、彼から視線を逸らせるわけが無い。じっと見つめていると、ああこれが光の不器用な甘え方なんだなあとぼんやり思った。
可愛いのに、格好良い。誰よりも。そんな恋人にキスして。と囁かれてアッサリ出来るわけが無いし、断れるわけも無い。

「え、あ……」
「じゃないと機嫌直らんで」
「何威張ってんのよ馬鹿」
「馬鹿って何やねん、ほらキス」
「大好きだよ光」
「そんなん知ってるし。ほら好きなんやったらキス」
「勘弁して」
「こっちは大っ嫌い言われた挙句他の男とイチャイチャしてんの目の当たりにしてんねん。先輩全然俺んとこ来てくれへんなと思って行った矢先にそれやねん。もうかれこれ一週間お預け喰らっとんねん」
「んー……でも、」
「俺、先輩の唇好きやねん……な?」

喧嘩というものはお互いが悪い筈なのに、何故光はこんなにも偉そうなんだろう。ごめんねの一言も無い筈なのに怒る気にもなれないし、とりあえずと言わんばかりにキスを求められている。私って本当に光のことが大好きなんだなあと思った瞬間だ。
ちゅ。意を決して光の頬に一瞬だけ唇を寄せた。光は驚いて目を見開く。見慣れなくて可愛い。

「こっ、これで勘弁……っ」
「……今回だけな」

そう言うと光は自分から私の唇に触れるだけのキスをした。どうしようもないほど幸せだ。
光の周りの女の子がどんなに光の優しさを知ったとしても、光のこの可愛さを知っているのは絶対に私だけだ。光の友達も謙也君も知らない、私の大好きな光。


「で、ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「俺の方こそしょうもないことで怒ってすんません」
「なんで怒ってたのか覚えてないけど」
「俺も覚えてないけど」

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