短編 | ナノ

真夏の恋は滲んで見える

かき氷始めました。その文字が目に入るや否や、これだと思った。

「謙也!今日の帰り、たこ焼き屋さん行こや!」

部活が終わり着替えている最中の謙也に早口で、その上大声で誘いかける。目を丸くして少し驚いた謙也は、ええよとまあ普通な返事をした。よっしゃー!と心の中でガッツポーズ。

謙也を連れて行ったのはいつも帰り道に前を通るたこ焼き屋さん。某元プロテニス選手の様に、まるで太陽のような明るいお兄さんがたこ焼きを焼いている時は、ビクッと肩が跳ねるほどの大きな声でいらっしゃいませー!と言われるのだが、たまに美人なお姉さんが居る。彼女はたこ焼き屋さんに不似合いな穏やかさで、前を通るといつもニコッと笑ってこんにちはと挨拶をしてくれる。
その彼女に会いたかった。どうしても話がしてみたかった。しかし部活を終えて家に帰るとすぐ晩ご飯が待っているため、たこ焼き屋さんに入ってたこ焼きやお好み焼きを食べるのは気が引ける。そんな時に見た、あの文字。かき氷始めました。かき氷なら間食程度に食べても罪悪感は感じないし晩ご飯もいつも通り沢山食べられる。彼女に会える。そう思って謙也を誘ってみたのだった。

その彼女に恋をしているのかは分からない。けれどとても好意的で、癒しが欲しかったのか、何故か今、無性に会いたくて仕方ない。


「いらっしゃいませー!」

比較的高めな声が耳に響いた。
大人の男性にしては。

悪く言えば喧しいお兄さんがたこ焼きを焼いているなんて全く危惧しなかった自分の浅はかさに頭を抱えたい。喧しい。はぁ、とため息を吐くと、隣に居た謙也がかき氷の味は何が良いやろうかと尋ねてきた。知るか。この際何でもええわ。
シンプルにレモンにした謙也と、ブルーハワイを選んだ俺。あわよくば会いたいという気持ちが天に味方してもらえなかったのかと内心落ち込みながらも自分を慰めていると、その喧しいお兄さんがかき氷を二つ持って来て明るい笑顔を見せた。白い歯が覗く。

「店内でも食べれますけどどないします?重いでしょその荷物」

じゃあそうしますわと同じく明るい笑顔を返した謙也に続いてその店の中に入った。意外と広くて綺麗だった。それは少し失礼か。

ブルーハワイ。青い色はまるで今の俺の様、なんて。クサイか。しょうもないことを考えていると思わず苦笑が零れた。たまにはかき氷もええなぁなんて空気を読めない謙也の発言にも、そうやななどと当たり障りの無い言葉と共に苦笑を返す。
氷が口内を冷やしては解ける。美味しい。腐っていないで折角お金を払ったのだからかき氷を楽しもう。邪な気持ちは捨てて。

半分ぐらい食べた頃だろうか。ふと、見覚えのある人と目が合った。
よく考えたら一人で店番をする筈も無く。店の奥から出てきたその人を謙也越しに見つめていると、綺麗な声で言葉を発された。よくこの道を通ってる子だよね、と。いつもは違和感を覚える標準語が謎に可愛く思えた。

覚えててくれたのか。どうしよう、物凄く嬉しい。

「いつも遅い時間まで部活してるんだね、お疲れ様」
「あ、ありがとうございます…!かき氷めっちゃ美味しいです!」
「そっか、良かった。」

照れ臭そうに笑う彼女は正直物凄く可愛かった。そうか、この人がかき氷を作ったのか。どうしよめっちゃ美味い。ドキドキしながらだいぶ解けてしまったかき氷を口へ運ぶ。やっぱり美味い。絶対どこの店のかき氷より美味い。

照れ臭くなって謙也に他愛も無い話題を振る。謙也は普通にいつも通り返してくれた。かき氷は解けていくし減っていく。どこで食べるものよりも美味しいかき氷はどこで食べるものより少なく思えた。もっと話がしたい。けれどあまりにも接点が無さすぎて話題も無い。
高校生やろうか。大学生やろうか。薄めな化粧や、控え目な笑顔が可愛らしい。
考え事をしながら謙也と話しているとかき氷を完食するのなんてあっという間。食べ終わった後も少し何かを話して、さあ店を出ようかとなるのが当たり前なのに、もうちょっと居ろうやと言いたくなった。不自然だから言わなかったけれど。

「また来てね」

荷物を持って立ち上がった俺達に手を振った彼女の左手の薬指に、シルバーリングが光った。
ため息の代わりに発した「はい」という返事と俺の作り笑いを残してその場を去った。

店を出た謙也が満足げに無邪気に笑って言う。「なんかほんまにめっちゃ美味かったな、また来ようや」


「またいつか、な」

少し苦い、夏の思い出。

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