「これ、鴇さんにあげます」
プレゼントです。そう言って唐突に差し出されたのは、ゴシックなデザインに黒く輝く石が嵌められた十字架のネックレスだった。
交差するシャープなシルバーのクロス、影をなぞるように引かれた黒いインク。その傍にはまた細い彫り目が伸び広がり全体を立体的に彩っている。凝ったデザインのそれは人工の光を浴びて艶やかに光り、首にかけられるのを待っているかのように自らの存在を主張する。
「……なんで」
「え、いらないっスか?」
「そうは言ってない、が」
「じゃあ受け取ってください」
「っだから、なんでそんなことをするのかと訊いてる」
一方的に押し付けるような口調に少し苛立つ。加えて行動の意味も分からない。理由は何だ、何故俺にそんな、プレゼントなんてするのか、と訊く。大体そもそもの見た目から安いものではないと容易に想像できるし、ましてやそれを他人にあげるなんておかしい。そう言うとあいつは一瞬ぽかんと阿呆な顔をして、見るからに慌てた表情を隠すように軽く俯き、再度やや乱暴にそれを突き出した。
「えと、あげたいから、です。それに俺がこれ持ってても使わないし。だから、」
受け取ってください、と柄にもなく震えたその声に言い負かされて、遂にそのネックレスを手にとった。ちかちか、黒いガラスの鋭くカットされた面が光る。思った通りの中々な重量を持つそれを見つめ、視線をあげると斉藤の顔が此方を向いていた。なにを期待しているのか、どこか興味を持った時の子供のような目でじっと見つめられ、耐え兼ねて声を出す。
「……何を考えてる」
「嬉しいですか?」
「……は?」
「鴇さんのために取ってきたんスよそれ。ゲーセンで見っけて、鴇さん好きそうだなって思って」
こういうのって取るの難しいんですけど、頑張ったら何とか取れました。
はにかみながら言う斉藤に、どう反応したら良いのかわからなくなる。掻き回されている、いつもの調子が狂わされている。
対処する方法がわからないまま黙り込んでいると、今度は何故か慌てながら自分のパーカーのポケットやらバッグの中やらをごそごそと漁りだした。少しして再び差し出された両手には、各々違う種類のパッケージに個包装されたチョコレートやキャンディが乗っている。
「これもあげます!」
「……なんなんだお前は。さっきから訳の分からない行動ばかりして」
「え?あ、あげたいからです」
「嘘吐くな。一から説明しろ」
「う……あの、怒らないでくださいよ?」
「聞いてから、決める」
じろりと睨むと斉藤はまた小さく呻いて身を引いた。催促するように睨み続けると、ようやく気まずそうに口を開く。
「その、笑ったところが見たいなって、思って」
「………それだけ?」
「それだけッス!きっかけはそのネックレスですけど、それ以外に下心とか、なんかそういうやましい気持ちは一切、断じて皆目無いッス!!」
わあわあと、いつものうるさい声を張り上げる。相変わらずうるさいけれど、理解出来なかった胸の中のもやもやが消えた今の気持ちでは文句を言う気も起きなかった。軽く下を向いて、ふっと苦笑う。
「なんスかその呆れた顔は!真剣なんスよこっちは!」
「ああ、ちゃんと理解してる。……笑ってはやらないけど、こいつも貰っておく」
「ほんとですか!やったー!じゃあついでにチョコと飴も、」
「それはいらない」
「ですよねー…わかってたけど。でもそれ受け取ってくれただけで嬉しいッス!…あー、でも結局笑顔は見れなかったなぁ」
まだ言うのかこいつは。笑顔なんてここ数年まともにしたことがないのだからそうそう出来る筈がない。再び睨み付けるがこの鈍感男は気付かなかった。どこまで鈍いんだこいつは。すっかり呆れ果てて目線を反らすと、斉藤のぽつりと呟く声を拾った。
「でもいいや、これで、俺が意図的にやったって無理なのは立証されたから」
だからもう、自然に笑ってくれるのを待ちますよ。
そう眩しい笑顔で笑いかけられて、また対処方法がわからなくなった。考えても言葉が何も出てこなくなってしまった。
取り敢えず二度も無視するのもあれだな、と思って一発殴ってやった。こいつといたらいつか笑ってしまいそうだな、と思った自分の分も殴るつもりで。
結果、涙目で喚かれた。うるさいともう一発殴ったら静かになったけれど、それから数日間はじっとりとした嫌な目線を向けられ続けることとなってしまった。全く、うざったい、面倒なやつだと再認識した。
無理に笑ってとは云わない
(そんな君はキミじゃ無いから)
それでも笑って欲しいと思う俺はエゴイストですか?
End.
初斉鴇文!
ちょっとシリアスめに書きたかったんですが…撃沈した、かもorz