「……暇だな。ヴェストいねぇし、フェリちゃんも出掛けてるし」


家の中でじっとしているなんて退屈だ。
ソファに寝そべり頬杖をついたギルベルトは、もう幾度目かの溜め息を吐いた。画面越しに笑い声を伝えるテレビが嫌に虚しくて、リモコンを手に取りぶちんと電源を落とす。後を引く電波の音が止むと、途端に室内は静寂が支配し、時計の秒針の音や耳に残った笑い声が電源を落とす前よりも虚しさを増長させてしまっていた。このままここにいても空虚な気持ちを増幅させるだけだと見切りをつけ、黙り込む部屋を後に音で溢れる外へと続くドアを開けた。

ギルベルトの足が向かう先はすっかり通い慣れてしまった庭先。箒の先が地面を擦る音を頼りに緑の芝を見渡し、ふわふわと揺れる栗色の長い髪と真っ白な三角巾を見つけて口を開く。気配に振り返ったエリザベータの顔は、ギルベルトを認識するなり不機嫌そうに眉間に皺を生んだ。

「またあなたなの…」

「いつまでそんなままごとしてんだよー、さっさとそんなのやめちまえよー」

「だからやめませんと言っているでしょう。いい加減しつこいわよ」

「エプロンなんて似合わねぇよー、箒なんて捨てて剣取れよー」


そこまで言ったところでとうとうそっぽを向かれてしまった。なぁなぁと声をかけるも全て無視、右から左へと聞こえるがままに流される。これまでの流れはいつものことだ。数日おきにこんな問答を繰り返していれば、ある程度パターン化されてくるのは当然のことである。ただ今回だけは、ここから先が違った。ただ、なんとなくギルベルトの虫の居所が悪かった。それだけのせいでこの清々しい晴天の庭の空気は180度転換する。

口をついて出たのは、あからさまに怒りを表す舌打ちだった。それに続くように後から沸き上がる赤い炎は苛立ちの声を伴い、言葉として形を成す。赤い、熱い、ただ怒りの言葉が流れ出る。

「……そんなことして楽しいのかよ。はっ、そりゃそうだよな、ローデリヒとくっついてからはそればっかだもんな!もう箒より重い剣なんか持てねえってことか?おーおーしおらしいこって。結構じゃねえか、なぁ?っざけんなよ、お前そんなやつじゃねえだろ!楽しく笑ってお喋りして大人しくしおらしくお料理してますー、なんて似合ってねえんだよ、様になるとでも思ってんのか?あぁ?」

最悪だ。自覚はある。何を言っているのか自分でも制御がきかないのだ。今まで言わなかったことが、否、言えなかったことが、流れに任せて何割にも倍増され、止めどなく溢れ出る。

「あれだけ戦っておきながら、さんざん剣振り回して斬っておきながら!そういうの全部忘れて今は家事やってるだなんてありえねぇよ、どれだけ平和ボケしてんだよ、温すぎるんだよ!」


かちん、と、聞こえない音がした。捲し立てたせいで息を切らせたギルベルトと、黙り込んでいたエリザベータ。その周りの空気が凍る、硬質な、音。

「忘れるわけ、無いじゃない」

カラン、転がる箒。バシン、燃えるように熱を帯びるギルベルトの頬。

「あんな悲しいことが忘れられるわけ無いじゃない!分かってるわよ、私は戦って、沢山の人を斬ったわ…!血を浴びた回数なんて覚えていないし、仲間だって!……何人も殺されたわよ。忘れられる筈がないじゃない!!だからこそ私は戦いを辞めたの、戦いが無くなれば世界は平和になるんだから!人が、仲間が死ななくていい世界になるんだから!」

声を張り上げて、身体全体で。まるで持っている力の全てを振り絞るかのように一気にまくしたて上げる。その息巻いた姿は今まで口にするのを抑えてきたことのすべて吐き出しているようだった。
さっきのギルベルト自身と同じ様に。

「……それなのに貴方といったら、顔を合わせれば戦え戦えって。貴方こそ戦いを辞めるべきだわ!少しは頭を使いなさいよ、もう立派な大人なのだから!いつまでも戦いが全てを決めるだなんて思わないで!」

一呼吸置いてからこれだけを言い切って荒い呼吸を繰り返す。呆然とするギルベルトを見て我に返ったのか、力の抜けた指から滑り落ちた箒には目もくれず踵を返して走り去った。去り際に少しだけ見えたその目元は、赤く滲んでいるように見えた。

泣かせてしまった。ぼんやりと、固まった頭の片隅で思考する。あんなにも気丈で、男勝りなエリザベータが涙を溢す場面など過去に見たことがない。それだけに震えたあの声と赤い目元が忘れられず、何度も繰り返し鮮やかに再生されていった。
同時に叩き付けられた沢山の言葉が頭の中で溢れ出して反響する。それはどの部分を取り上げても重たく手のひらにのし掛かり、体全体に冷や水を浴びせるようにギルベルトの身に染み渡った。全てを理解し、飲み込んだ後に気が付いたのは、自分がどれだけ子供だったかという現実と、只気丈で男勝りなだけだと思っていたエリザベータが、自分よりも数倍大人で、それより何倍も強いのだ、という事実だった。
ぎり、と唇を噛み締める。幼稚な自分にひたすら腹が立つ。下を向き、自分で自分を殴りたくなるような衝動に包まれる中、心の端に小さく灯った気持ちに気付いた。直後にふわりと燃え上がったそれは怒りの言葉を生むこともなく、ただひとつの素直な言葉だけがゆっくりと浮かび上がり、その流れに沿うように小声で口から零れ出る。

「……あいつは、そんなにも…先を見ていたんだな……」

ぽつりと呟いた言葉は、風に流されることも、鳥の囀ずりにかき消される事もなく、ただじんわりとギルベルトの身体に染み込んでいった。


End.


あとがき

初のギルエリがこんなんでいいのか!
あまりよろしくない気がする。
珍しくシリアスめです。
お粗末様でした!



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