「鏡よ鏡、メル鏡?この世界で一番可愛いのは誰かしら?」
 
「勿論、それはエリーゼ姫さ」
 
「ふふふっ!ありがとうメル、大好きよ!」
 
「どういたしまして、僕の可愛い姫君。」
 
井戸の淵に腰掛け、楽しそうに談笑し続けるメルヒェンとエリーゼ。桃色の花が二人を囲んでいるような幻想までをも抱かせる、宵闇の深い森とはまるで似つかわしくない空気を放つ二人を、イヴェールはじっとりとした目で見つめていた。コートの首もとを飾るファーに頬まで埋まり、俗に言う体育座りをして、円を真ん中ですっぱり切ったような色違いの半目で。メルヒェンはその視線に気付いていながらも敢えて無視をしている。あからさますぎるそれは、イヴェール自身でも容易に気付ける程のものだった。
折角遊びに来たのに、当の本人からは全く相手にされず無視されているという訳のわからない状況。どうして無視されているかの理由さえもわからず、ただなにもすることのないただ弄ぶだけの時間が流れていく。たったの一分が経つのが果てしなく遠くに感じられるような流れの中、とうとう耐えきれなくなったイヴェールは口を開いた。
 
「……メル君」
 
「ふふ、くすぐったいよエリーゼ」
 
「だって私メルが大好きなんですもの!もっとくっついていたいわ」
 
「メル君ってば!」
 
声をかけても気付いてくれないメルヒェンに、イヴェールはついつい声を荒げてしまう。それを聞いたメルヒェンはわざと意味が分からないと言う風なきょとんとした顔で言葉を返した。
 
「どうしたのイヴェール。四葉のクローバーは見つかったかい?」
 
「見つかってないし探してもないよ!……ねえメル君僕と二人で遊ぼうよ、クローバー探しもメル君とだったらやるから!だから遊ぼうよ、ね、あーそーぼー!」
 
「うるっさいわね、メルは私のなの!此方見てないで黙ってクローバーなり雑草なりむしってなさいよ掃除婦!」
 
「掃除婦!?僕女の人じゃないし、草抜きに来たんじゃないよ!ねえちょっとメル君今の酷すぎでしょ、なんか言って」
 
「エリーゼは可愛いねー」
 
「メル君ってばー!」
 
エリーゼに掃除婦扱いされた上、メルヒェンからは追い討ちをかけるかのように無視されてしまいイヴェールはすっかり落ち込んでしまった。再び花を散らし始めた井戸に背を向け、目に入ったクローバーを横に避けてまたも体育座り。
  
「(せっかく遊びに来たのにメル君ずーっとエリーゼと話してるし、話しかけたら無視されるし酷いことも言われるし。何かあったらエリーゼエリーゼって、いっつも一緒にいるんだからちょっとくらい僕と喋ってくれてもいいじゃないか。メル君のばかー……僕は放置されっぱだし…なにしたらいいの、僕何しにきたの…)」
 
人差し指で地面に繰り返し"の"の文字をなぞりながら、何のためにここまで来たのかを考えると一気に気分が沈んで涙が滲んできた。一度そこまで考えてしまうと止まらなくなってしまい、じわじわと水分を含んだ視界が揺れてきていっそもう家へ帰ろうかと思いだした頃。後ろから聞こえていた掛け合いが聞こえなくなったことに気付く。
 
「イヴェール」
 
自分の名を呼ぶメルヒェンの声がした。目元の滴を瞬きで払い振り向いた瞬間、森の湿り気を帯びたぬるい風が吹く。井戸の淵から飛び降りたメルヒェンがゆっくりと歩いてきた。すとん、とイヴェールの隣にしゃがみこむ。
 
「四葉のクローバー。見つかった?」
 
「…見つかって、ないよ」
 
四葉のクローバーは、幸運を呼ぶ幸せのクローバー。イヴェールのすぐ側に群生しているけれど、探った後も無ければ触った形跡すらもない。そもそもイヴェールは四葉のクローバーを探しに来たわけではないのだ。下を向いたまま潤んだ目元を強引に袖口で拭っていると、青白い顔が覗き込んでいるのに気付いた。面白そうに揺れる瞳を見てぷいと顔をそらす。
 
「怒ってる?」
 
「怒ってない。……エリーゼ、は?」
 
「出掛けてもらったよ。君の姫君達のところにね」
 
強がりを隠して、そっぽを向いたままの会話。二人きりにはなれたけれど、未だに続いている手のひらの上で転がされているような形容し難い気分を自分でも上手く固めて表現することができなくてもどかしい。
組んだ腕に顎を乗せ、仕返しにこっちからも無視してやろうと決め込み顔を逸らせたままでいたのに、メルヒェンに反対側に回り込まれてしまってイヴェールの仕返しはあっさり失敗に終わった。
 
「嫉妬した?」
 
「…知らない。………わかんない」
 
このもやもやした気持ちが何なのか。名前をつけるのならば、嫉妬なのかもしれないし、単純に怒っているだけかもしれない。イヴェールの中ではあまり感じたことのない感情なだけに、今そう決めつけても良いものかどうかよくわからなかった。
そんな気持ちを乗せて答えると、イヴェールにはメルヒェンの前髪のかかる瞳が、どこか申し訳なさそうな、後悔するような風に翳ったように見えた。しかし確認する間もなく顔をあげたメルヒェンの表情は普段と変わらないものとなっていた。
 
「そっか。……さて、何して遊ぶ?」
 
「っ、遊んでくれるの!?」
 
無視しようと思っていたことも忘れ、勢いよく顔をあげると薄く微笑むメルヒェンが目に入る。沈んでいた気分もそれに比例して軽くなり、我ながら単純だと思いつつも今は目の前の問題の方が重要だった。明るくなっていく気分につられて薄暗い森までも明るくなるような錯覚。ふわり、風が通って幾つものクローバーを揺らす。
 
「うん。イヴェールは何がしたい?」
 
「メル君が相手してくれるなら何でもいい!」
 
「それじゃ曖昧すぎるよ」
 
それなら色々お話ししながら決めようか、と提案すると元気の良い返事が返ってきた。ここじゃあ話しにくいからと立ち上がり、そのまま手を貸してイヴェールも立たせてやる。満面の笑みで立ち上がったイヴェールは、宵闇の森に燦然と輝く一番星のようだった。
一足先に井戸へと駆けるイヴェールを前に、ふとクローバーを振り返る。ふわり、僅かな風を受けて三度揺れたクローバーの中に一つだけ、綺麗な四枚の葉が見えたような気がした。
 
 
 
End.


あとがき
桜深さまよりリクエストいただきました!
無自覚嫉妬な闇冬のお話。
どっちが嫉妬するのかとか、どんなさせかたをするのかとか、細かい場面を色々考えるのが楽しかったです(^^)
まだまだいただいたリクエストはありますので、ゆっくりになってしまうと思いますがたくさん書いていこうと思います。
桜深さま、今回はありがとうございました!




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