「…ねぇっ。」

少し前を自転車を押しながら歩いていた俺の耳に、聞きなれた声が響く。
決して特別綺麗なわけでも可愛いわけでもない、でも俺の耳には一番馴染んでいて、心地よくて大好きな声。

夕日のせいか気のせいか、真っ赤に染まった彼女の顔は緊張しているように引きつっていて。
いつもの柔らかい表情とは真逆の今の顔。何か言いたげに言葉を言いかけては閉じる口。

わかってるよ、何をしたいのか。

でも俺は意地悪くもどうした、なんて君に問い掛ける。すると、ふいと視線をそらすように彼女は下を向いてしまった。

残念。あんな表情そうそう見れるものじゃないのに。

そう心では呟きながらも、俺はにやけそうになるのを必死にこらえていた。

小学校、中学校と俺がどれだけアプローチをかけても気付きもしなかったくせに。
高校生になった去年、夏休みの真っ盛りのこと。
美術の課題を二人でやっていたときに、ちなの頬についていた青いペンキを何気なくぬぐってやったときだ。

少し驚いて、ありがとうってつぶやいたあとの表情を、俺は見たんだ。

可愛らしく頬を真っ赤にして、照れたように瞳を伏せた瞬間を。

そのとき確信した。
ちなもやっと俺と同じ気持ちになってくれたんだ、って。

それから一年。未だにちなと俺の間に発展の兆しはなし。

でも最近ちなは何か言いたげに俺を呼び止めるようになった。
何が言いたいのかなんてわかってる。でも、言わせてやんない。

その言葉は、俺から言うって決めているから。

だから、今日も、

「ちな?」

俺は君の名前を呼んで制止をかける。
ごめんね、あとちょっとだから。
あとちょっとだけ、今の君を独占させていて。


君との距離、5センチメートル
(好きだから、ね?)


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10/23〜11/26の拍手お礼でした。二つセットで結構お気に入りなおはなしです。
ただ悠弥くん…策士ですよこの子は!(笑)

20091127 しろ




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