「ねぇ悠弥!」
玄関でにこやかに迎え入れてくれた悠弥のお母さんへの挨拶もそこそこに、昇りなれた階段を駆け上がって、向かって左の一番奥に位置する扉を勢いよく開け放つ。
すると目の前に飛び込んできたのはベッドを背もたれに床に座りこんで、いつものようにピコピコと画面と睨めっこをする私の彼氏兼幼なじみ、悠弥の姿。
「なに、どしたの。」
「流星群!流星群見に行こう!」
「…流れ星?」
悠弥は私の言葉に自らの言葉を返してちゃんと理解もしているようだけど、依然として親指は器用に動いて視線も画面に向けられてまま。
これもいつものよくあること。でもやっぱりいつものことだからこそ腹が立つということもあるわけで。
無視ではないけれど、目も向けてはもらえない。
そのあまりの悲しさに“ゲームと私、どっちが大事なの!”とかベタなことを思わず言っちゃいそうになるけれど、それは自爆を決定的にしてしまうので今は絶対やめておこう。
(前勢いで言っちゃったとき、悠弥平気な顔でお前に決まってんじゃんとか言うんだもん…!)
「今日の深夜にピークなんだって。せっかくだし行こ!ね!」
「…俺まだ今日の目標クリアしてない。」
「それはセーブすればいつでもできるじゃん。流星群は一日だけだよ?」
「………。」
あ、ついに会話までやめやがった。
よっぽどこの間買った新作にはまりこんでいるのか、真剣な瞳の悠弥はたった今できあがった私としては気まずい空気をものともせずに連続的にボタンを鳴らしていく。
こうなったら悠弥は絶対に止められない。そうわかっている私はいつもなら諦めるんだけど…。
そう。“いつもなら”。
「悠弥…!」
今日の私は引き下がるわけにはいかないんだ。
だって、流星群だよ?普段は一日に一個見れればその日は幸せっていうくらい貴重な流れ星がいっぱい見れる日なんだよ?
どうしても、どうしても叶えたい願いが私にはあるんだ。それは、悠弥が隣にいてくれるからこそのものなのに。
だけど、このままじゃ…。
「あ、ちょ、ちな…!」
悠弥の手の中から無機質な音を出していた物体を抜き取り、すかさずポーズボタンを押す。(あとでちなのせいで死んだ!とか言われないために!)
それをコートのポケットにしっかり押し込めてから出口に向かっていた足を止めて。そして最後に、悠弥を振り返ってこの一言。
「悠弥のばーか!」
うん、完璧。
悠弥ってば結構負けず嫌いだから、私に反論するために追いかけてくるに決まってるもんね。
伊達に幼なじみやってたわけじゃない。そんくらいのことちゃんとわかるんだから!
強い確信を持って右足を踏み出す。
これでようやく流星群!なんて少しうきうきしてたのに。
「…ばーか。」
私がさっき発したのと同じ台詞が背後から飛んできたかと思うと、急に強く腕に重みを感じて視界がみるみるうちに暗くなる。
なにが起こったのか全く理解できずにまさにじたばたともがいてみると、いつの間にかポケットの中からあの忌々しい機械が無くなっていて。
「ちょっとうるさいよ…千夏さん。」
…やられた。してやられた。
私を拘束していた力が少し弱まってなんとか顔を上げてみれば、少しにやにやとした、いかにも満足そうな悠弥の横顔。
そして悠弥の手の中にはさっきまでポケットで重みを主張していたはずの、まだ新しくて綺麗なゲーム。
…まぁ、手を引っ張られてぎゅーってされてゲームを取られたってわけです。
「ちょっと、だから流星…!」
「ちなさぁ、なんでそんなに流れ星見たいの?」
私の肩にちょこんと頭をのっけている悠弥の声が、やけに耳元に近くてくすぐったい。
そしてそんな中、悠弥の手元からはさっきと同じく無機質な機械の起動音。(そこまでしてやりたいですかそうですか…!)
「そりゃ、願い事とかしたい、し…。」
「どんな?」
ピコピコと再び鳴りだしたボタンの音と、いまだにこちらを向かない伏せられた茶色い瞳。なんだか急に悲しさが押し寄せてくる。
だってさ悠弥、今日の私たち、まだ一回も目が合ってないって気付いてる?
「………。」
もう答えるのも億劫で、悠弥の腕の中から出るに出られないまま瞳を閉じて黙り込む。
もう、いいや。
こんなやつと見に行くのも嫌だし、流星群にお願いする意味だってなくなっちゃったし。(破局だ、破局!)
でも。
「…ははっ。」
急に空気を揺らした悠弥の笑い声にふと条件反射のように閉じていた目がぱちりと開く。
すると、私から少し体を離した悠弥の視線がしっかりとこちらに向けられていて。それに加えてさっきまでうるさかった機械音もいつの間にか鳴りやんでいて。
「ごめんごめん。良いよ、言わなくて。俺、もうちなの願い事くらいわかってるから。」
「…は?」
いやいやいや、わかってるってそれなんで?誰にも話したことすらないのに…。
大体その異常な自信はなんなんだ。間違えてるってこっ考えないの?うわ、間違えてたら思いっきりからかってやろ!
私が悠弥の言葉に口をあんぐりと開けているすきに、その当の本人は私のおでこにちゅーなんてして楽しそうに笑ってるし。
さっきまであんなに冷たかったくせに。意味がわからなくて思わず眉間に力が入る。
でも、その次の瞬間の悠弥の言葉にあまりに図星だった私がほっぺたを真っ赤にしてしまったのは言うまでもない。
「大丈夫。ずーっとちなのそばにいるから。」
ながれぼし
(君とずっと一緒にいれますように。)
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1/20〜4/3の拍手お礼でした。これまた長かったですね…!
そしてこれ、主催してる企画サイト、星屑ドルチェへ提出したおはなしでした。
本当に長ったらしくて申し訳ない…!
20100403 しろ
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