ピコピコ
ピコピコ
どんっ!

「……ちっ」

あぁあ、また負けたんだね。


グレープフルーツ・チューズデー


ピコピコ、どん。
ピコピコ、どん。

さっきからこれの繰り返し。

昨日発売のゲームから目が離せない悠弥。
かっこよくて、背が高くて、頭も良くて…。
まさに、容姿端麗、頭脳明晰!
これが彼の表の印象。

だけど

「ねーちな。」
「なに?」
「水ちょーだい。」
「……はい。」

目の前の彼はだぼだぼのジャージを着てて、お気に入りの毛布にくるまって、髪なんかボサボサで

「はいどーぞ。」
「んーありがとー。」

いわゆる、ゲーマーなのだ。

学校ではバスケ部でばりばり活躍して、女子に注目なんかされちゃって、正直私の目から見てもかっこいいと思う。
学校でのあなたはどこにいっちゃったの!?

「またやられた!」
「……はぁ。」

…ま、知ってましたけどね。

家が向い同士で、親が仲良くて、同じ年に生まれて。そんな私達は必然的に幼なじみなわけで、気が付けば悠弥との付き合いは17年になっていた。

ざらに17年一緒にいるわけじゃありません。こいつの性格、誰よりもわかってるつもりです。

「あぁもう、首痛い。」

そう言って、首をまわすのもいつもの癖。
次はちな、って私の名前を呼ぶんでしょ?

「ねー、ちな。」

ほらね、呼んだ。
その声に少し気持ちを浮かせて私は悠弥に近づく。

男の子のくせに案外片付いてるこの部屋。

そういえば昨日私の部屋に来たとき、ちなの部屋汚いって言ってたな。
そのせいで昨日は大変だったんだよ?
片付け、がらにもないわ。

「今度はなーに。」

悠弥の隣に座ると、ふわりと鼻をくすぐる新しい香り。
あ、石鹸変えた…?
そんなことまでわかるの、私だけだよね。

「疲れた。」
「じゃあ休めば?」
「まだやりたい。」
「どっちよ。」

素直に反応する私の横で、悠弥はあははって楽しそうに笑う。

学校モードとはまた違う、幼なじみモードのその笑顔。
私が惚れた要因。
かっこいいじゃなくて、可愛らしい悠弥。

私しか知らないその表情に、ちょっとだけ優越感。

「ねぇちな、二人で対戦しない?」
「え、やだ。」
「何で?」
「だって負けるの目に見えてるじゃん。」

こいつのゲームの強さは尋常じゃない。
ドラクエでもマリオのミニゲームでも、手加減なんて一切無し。
それどころか私が負けて悔しがるのを楽しそうに見てるんだ。

それに、私ゲームなんて嫌い。
だって、ゲームは…

「ちな?」
「…え、あ、はい!?」

気が付けば、目の前には悠弥の顔。
顔を覗き込んで手のひらをひらひら。

そんな仕草にも胸はときめいて、思わず私がきみから離れると、悠弥はキレイに微笑んだ。

「ね、ちな、今からどっか行こっか。」
「え、だってもう…」

5時ですよ?
空も赤らんできているし、何より行くとこなんて無いじゃない。

そうやって外に行きたくないオーラを出しながら尻込みする私に悠弥はもう一笑い。
それから悠弥はゲームを私に押しつけた。

「着替えするから、ちなゲームでもしといて。」

どうやら本当に行く気らしい。
棚の上の原付の鍵を取って、クローゼットをがさがさとあさって取り出したのは本気モードの服だった。

なんとなくその一部始終をじっと見つめていると

「いやん、ちなさんそんなに見つめないでよ。穴があいちゃうわ!」

そう言ってしっしっ、と手を振られて仕方なく私はそっぽを向いた。

ぱたんと2つに折られたゲームを私はむっとしながら見つめる。
私はゲームなんて嫌い。
だって、悠弥にとってゲームは私以上の存在でしょ?
だから、嫌い。

でもそんなことをゲームに言っても仕方ないので、はやく壊れてしまえ、なんて思いながらカチンとゲームを開いた。

悠弥の愛しのゲーム。
私なんかより、ずーっと悠弥に愛されてるゲーム。

私は二画面の機械を静かに睨んだ。


「………!」


涙がこぼれた。


後ろの悠弥は、どうやら着替えを終えた様子。

やばい、こっちに近づいてきた。

とんとん、と軽い悠弥の足音が聞こえる。
こんな顔見られたくない。また笑われちゃう

まだ止まらない涙を拭っていると、悠弥の足音が私の真後ろで止まる。

お願い、覗き込まないで。今すぐとめるから、ねぇ待ってよ。

そんなことを呟こうとすると、悠弥の温もりが背中にあたって、全身を包んだ。

「俺、ちなの気持ちずっと知ってたよ。」
「え……」
「ごめんな、そのこと知りながらちなといるときずっとゲームしてた。」

“何で?”
そう聞きたいけど、喉からは声が全然出てこない。まともな声が出ない代わりに、嗚咽が漏れるだけ。

でも、きみには伝わったみたい。

「ゲームしてる俺を見て、ゲームに嫉妬してるちなが可愛くて…なんかそれが心地よくてさ、ゲーム手放せなかった。」

あぁなるほど。今わかつた。
ゲームしてるとき、悠弥はときどきクスクスって肩震わせてたよね。ゲームのこと笑ってるって思ってたけど、悠弥は私を見てたのか。

ゲームさん、壊れてしまえなんて言ってごめんなさい。きみは悪くなかったんだね。

「ねぇちな、こっち向いて?」

…何無理なことを言いだすんだこの人は。

今の私の顔は絶対にNG。泣いたから目は赤いだろうし、腫れて酷いに決まってる。

やだ、無理だよ。

念じてみたけど、今度は無理みたい。

「ちな?」
“いやだ”
「ちーなー」
“いやだって”

ふるふると首を横に振って拒否する私のせいで出来上がったのは、時計の針の音しか聞こえないちょこっとだけ気まずい空気。

どうしたの、かな…

流石に申し訳なくてちょっと耳を澄ましていると、悠弥が少しため息を漏らしてから私の耳に唇を寄せた。

「千夏?」

千夏…?

それは、紛れもなく私の名前。私の名前なんだけど

でも、悠弥が“ちな”じゃなくて“千夏”と呼ぶのは初めてのことで、びっくりして、思わず振りかえると


ちゅ


「………?」

目の前には、寝癖を直して本気モードの服を着た、間違いなく“かっこいい”悠弥の姿。
しかもすっごい至近距離。

吐息が触れて恥ずかしいのに、悠弥はなかなか離れない。

そんな悠弥を見つめる私の唇には、柔らかい温もり。
それが少し離れると、悠弥は伏せていた瞼をゆっくり開いて、いたずらな瞳で私を見つめて微笑んだ。

「ちなの顔ぶっさいくー」
「は!?」
「目真っ赤だし、涙でぐちゃぐちゃ。その上間抜け面ってどうよ」
「……っ」

“あんたのせいよ!”
そう言ってやろうかと思ったけど、私の涙を拭ってくれる悠弥の笑顔があまりに優しくて、言葉をなくしてしまった。

あぁだめ。今日の私はきみにやられっぱなし
そう心で呟きながら表面では黙っていると、悠弥はすぐにいつものいたずらっ子な笑顔に戻って原付の鍵を握り締めた。

「ちな、そろそろ行こう?」
「え、でもこんな顔のまんまじゃ…」
「大丈夫、不細工なんて嘘だから。」

“ちなは十分可愛いよ?”

そんなこと言われて、私が抵抗なんて出来るわけがないじゃない。きっとそれがわかってたんだ。

「本当に嫌なやつ。」

私がそう呟くのと同時に私の手からゲームが奪われて、それはいつの間にか机の上に。
開きっぱなしだったゲームを2つに折った悠弥は、私の手を取って、小悪魔な一言。

「でも、そんな俺を好きになったのはちなでしょう?」

あぁ、また負けました。





色違いのヘルメットを被った二人が一つのバイクに跨ったその頃

誰もいなくなった部屋には残されたゲーム機がひとつ。
今は閉じられたその画面にあった不器用な文字は…


『好きです。そろそろ付き合いませんか?』


グレープフルーツ・チューズデー
(実はねちな)(うん?)(俺幼稚園のときからちなのこと好きだったんだよ)(へぇ…ってはいぃい!?)


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グレープフルーツ・チューズデーでした!
高校に入ってすぐに書いたやつです。友達の名前を使って悪ふざけして(怒られて名前を全てちなに変えられました(笑))
今読むと恥ずかしい…
黒歴史ですね←


20090725 しろ




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