ある春の放課後、僕は小さな小さな涙を見つけた。

それは、教室の片隅で嗚咽に肩を揺らす女の子。
体を丸めて小さくなって、春風に柔らかそうな髪を揺らしてただただ涙を流す女の子。

僕にはその姿があまりに儚げで、今にも窓の外の桜と一緒にどこかえ消えてしまいそうで。

最初はそっとしておくつもりだったんだ。僕がいたってなにをしてあげられるわけでもないし。

でも、気が付いたら足が歩みを始めてた。
いつの間にか机と机の間を通り抜けてて、いつの間にかその子の前にいて。

いつの間にか口から言葉が零れてた。

『一人で泣かないで。』

『そんなに悲しそうな顔で静かに泣くなら、僕が隠してあげるから思いっきり泣いて?ね?』


あれから、一年が経った。


「あーすっきりした!!」
「……そう。」

僕の言ったとおり、夏穂は泣くときは必ず僕のとこまで来るようになった。

飼い犬がいなくなったときに、親と喧嘩したときに、雷が怖いとか言うときに。
(このときは僕が呼び出されて家まで行った…死ぬかと思ったけど。)

いや、嬉しいんだ。

最初は本当によっぽどのことでしか来なかったのに、最近では些細なことでも僕に言ってくれるようになった。話を聞いて僕が笑ったら、夏穂もとびっきりの笑顔を僕にくれるようになった。

これは僕が君を助けてあげられてるってことでしょ?

出会い当初の儚さはどこへやら。
すっごい愚痴こぼすし、僕のこと叩くしいきなり押し掛けてきたりするし。それこそ詐欺だ!とでも叫びたくなることもあるけれど。

本当に、嬉しいんだ。
夏穂の小さくても、心の支えになれてることが。
僕を頼ってくれることが。

で、も。

「あの、さ…。」
「んー?」
「腕……離して?」

そう、これなのだ。問題はこれ。

夏穂が言うに、僕はお母さんのような存在らしい。
いつでもどこでも受け入れて、話を聞いて見守ってる。
確かに自分でもお母さんみたいだ、なんて思ったことはあったんだ。でもまぁお母さんも良いよね、なんて納得してたんだけど…。

……抱きつく、はないだろう。

「えー子どもはお母さんに抱きつくものじゃん。」
「そうだけど…っていやいや違う!」

いつからか、夏穂は泣くとき必ずと言って良いほど僕に抱きつくようになった。いや、なってしまった。

それも前からがっしりと。服の裾を握るとか、そんな可愛らしいものじゃない。
首に腕を回して、ぎゅーっときつくだ。

そりゃもう、最初はびっくりした。
はっきり言って抱きつかれるとか四つ下の妹くらいからしかなかった僕には、心臓の起爆剤の着火には十分すぎる刺激だった。
(仕方ないじゃん!む…胸とか当たるし…!)

抱きついた本人にも恥ずかしいことに暴れる心臓の音が伝わってしまったみたいで、ウブだーなんて笑われてしまったんだったけど。

今思うと、僕はあのウブなままでいたかった。
あのときは、抱きつかれるという行為に対してドキドキするだけでいることができたから。

でも、その行為を重ねるごとに僕の心臓の起爆スイッチは違うものに変わってしまった。

それこそ、行為なんてものではない。
気が強くて、僕は圧倒されてばっかりで、でも優しくて日だまりみたいに柔らかい、

「…安心するんだもん。」

夏穂の一言にまた心臓が大きく脈打って、どんどん体が熱くなる。
衝動的に夏穂を精一杯の力で締め付けそうになった腕を、わずかな理性で押し込めた。

そう、夏穂、なのだ。

いつのまにか、僕の心臓は夏穂にばっかり反応するよいになってしまった。

夏穂から電話がくる度に、インターホンが鳴る度に心が踊って、夏穂に会った瞬間から心臓が高鳴りだす。

わかってる。もう完璧、これって好きになっちゃってるって。

でも言えない。

だって、夏穂だったら悩んで泣いちゃうかもしれない。それで泣く場所がなくなって、また一人になっちゃうかもしれない。

ってちょっとかっこいいこと言っちゃったけど……怖い、し。(あぁはい僕はヘタレですよ!)

「ねぇ夏穂、やっぱり離れよう?」
「なんで?」
「夏穂のお母さんはちゃんといるし、それに…。」

今言おうとしている言葉について頭で考えるだけで情けなくも泣きそうになる。

これ、負けを認めたようなもんじゃん。
でも、だめだと思うんだ。僕は…夏穂を大切にしたいから。

「こういうことは夏穂の好きな人にしかやっちゃだめだろ?」

ああ言ってしまった。
これで夏穂が擦り寄ってきてくれることは多分二度とないのだろう。
いつも抱きついてきたときにふわりと香るシャンプーの匂いも、もう身近に感じることができなくなるのだろう。

今首に回っている細い折れちゃいそうな腕も、僕がまばたきしてる内にも離れていって……て、あれ?

「……馬鹿。」

離れていくはずの腕にむしろ大きな力が加えられて、締め付けられた首に少し息が苦しくなる。

…馬鹿?なにが?
そんな疑問を抱くけど、同時に心に光が差す。

ねぇ、もしかして…勘違いして、良いのかな…?

「お母さんなんて嘘。翔を好きだってこと、気付け馬鹿…!」


嘘つきはドキドキの始まり


とうとう耐えきれなくなって、思いっきりの力で抱きしめる。
それから夏穂の頬に口付けたら、二人の温度が高まった。


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主催企画、星屑ドルチェへ提出した分でした。久々に長かったです…すっきり書きたかった!

20100402 しろ



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