淡く霞んだような空気の中。暖かな日差しに包まれて俺の前に佇む君は、なんだか儚い白昼夢みたい。

「俺のこと、嫌いになった…?」
「ううん、今でも大事。ただもうだめなだけ。」

ぽつり、ぽつり。
君が穏やかに淡々と綴った、さっき俺と君の間に飛び交ったはずの言葉は俺の脳なんかにはまるで届かず落ちていく。

なんで?なんで?
言葉の代わりに役立たずな俺の頭を占めるのは疑問符のついたものたちばかり。

だって、俺たちはずっとうまくやってたんだ。
昨日だって一緒にごはんを作って、一緒にそれを食べて、一緒に二人で笑ってたんだ。

本当にずっと楽しかった。
喧嘩したって仲直りして、同じ歩幅で歩み続けてきたのに。

「だから、もう終わりにしよう?」

動揺、衝撃。
君の声に体が一切の動きを止める。指先ひとつすら自らの意志で動かせない。

まばたきだってままならなくて、なんだか喉もからからで。
渇いた瞳が痛いの、に。

「……そっか。」

口から零れ落ちたのは、酷く冷静なこの一言、だけ。

なにがそっかだ。わかってなんかない。俺は納得なんてしてないだろ。

でも、そう自分に喚けば喚くほど逆に心も静まって、緊張すらも溶けていく。

俺、なんでこんなに落ち着いてる?今の自分の心境すら理解できてないのか?いや…。

そうだ、知ってた。わかってたんだ。どこかで俺は気付いてた。
愛しさをこめて握った手だって、昨日見つめた茶色い目だって。全部全部、気付いてた。

もうすぐ離れていくんだ、って。

「俺もお前のこと大事だった。」
「うん。」
「…いや、本当はまだまだ好き。」
「……私も。」

ねぇ、俺たちはなんで出会ったんだろうね。

握りあってるこの手を離せば、もう二人は会うことすらなくなるだろう。
しばらく二人が痕になって胸に刻まれていたとしても、いつか綺麗な白に戻るんだろうに。

「一緒にいれて楽しかったよ。」
「同じく。」
「ありがとう。」
「…こちらこそ。」

絡めあっていた指が解けて、二人の温もりが逃げていく。まるで、今までのすべてのことまで連れ去るように。

でも、それで良い。

二人が確かな形で遺らなくても、誰の記憶にも残らなくても。
二人が一緒に在ったこと、そして二人共に地面に影を落としたのは、その瞬間の中だけにはずっと残っていくはずだから。

『さようなら。』





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久しぶりの短編でした。なんか唐突に浮かんだわりに時間がかかったような気がします。ちなみに題名はあとと読みます。

20100219 しろ



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