「あわわわわわわ!!」
「ちょ、暴れるなって!危なっ……!」


駆け抜けるのは甘い風


柔らかい草の上に投げ出された鞄、その横に自転車と一緒にうずくまる君。

で、その更に遠くに転がってる私。(お母さん…私、空を飛んだよ…。)

「…ったく、暴れんなっつったろうが!!」
「無理だし!ジェットコースターより怖かったし!後ろがどれだけ怖いかあんたにわかるか!」

自転車の二人乗り。世のカップルの憧れであり、私も例外なく憧れてたのになんだこれ…!

不安定すぎるし、段差とか越えるたびに落ちそうになるしすれ違う人にはじろじろ見られるし究極の罰ゲームじゃないか!(恥ずかしくてあんまりぎゅっと抱きつけないし…!)

「大体翔の運転悪すぎだから!」
「お前な、考えてみろよ。後ろでぐらぐらされたら安定した運転なんかできるわけねぇじゃん。」
「う…。」

最もな言葉を言われて思わず口をつぐんでしまう。

始終わーきゃー言ってじたばたしてたのは私だし、確かにこいつは常に安定をとろうと必死になってくれてたし。

ちょっとその背中に見惚れてた、とか、言えるわけないし。(恥ずかしすぎるもん…。)

「それに高校生にまでなって自転車の後ろ怖がるもんか?一回や二回やったことあるだろうに…。」
「……無いし。」
「………は?」

いやいや、そんなに目をまん丸にして聞き返されても…!

自転車をその場に立て直して鞄を拾い上げていた翔の視線が私に釘付けになる。
私もなんとなく言い返す言葉が見つからなくて見つめ返していると、急にあちらから目をそらされて、いやいや、なんて小さな呟きが聞こえてきた。

「小さいとき友達とかとこうやって遊んだだろ?」
「そんな危険なことするちびじゃありませんでした。」
「じゃ、じゃあ前の彼氏とかと帰り道に…。」
「……翔が初めてだし。」

声こそ出さないものの、また大きく見開かれた翔の目が“なにが?”って問いかけてくる。

翔の幼なじみにこいつに昔彼女がいたことを聞いてたからわけのわかんない維持張って言わなかったけど。

ぎゅってするのも、手つなぐのも、その前に本当は、

「彼氏が出来たのだって…翔が初めてなの…!」

だんまりになってしまった私たちの間に、この季節にしては珍しい緩やかな風が吹く。

まだ転がったままの私を見下ろす形になる翔の表情は正直なかなか読み取れなくて、じわじわと不安が生まれてくる。

「翔…?」

ねぇ、どうしたの?
体を起こして翔を見上げて、その表情をもっと覗き込もうとしたのに。

「うわっ…!」

いきなり両肩にちょっとした重みを感じて、その次の瞬間には唇に確かな温もり。
そして、目の前には。

「可愛いこと言うな、ばーか。」

ねぇ、なんでこんなに君は素直じゃないのかなぁ?

口に出せない分、頬にしっかり出てるけどさ。(可愛いこと言ってるのはそっちだよ、ばーか。)

「ほら、行くぞ!」
「え、ちょ、だから無理だって…!」

私の肩に斜めにかかっていた鞄を奪い取って自分のと一緒にかごに押し込んだ翔は、ついでに、とでもいうような感じで私を持ち上げて後ろの荷物置きの部分に座らせる。

歩く、と言っても逃げ出そうとしてみても、翔の笑顔がそんなことさせてくれない。(怖い怖い目が笑ってない!)

大人しくなった私を見て自らも自転車に跨った翔は、なにか思い出したように私を見ると、宙ぶらりんになっていた私の手を取って自らの腰にしっかり巻き付ける。
私からしたらなんだかその行為がとてつもなく恥ずかしくて思わず目を逸らすと、翔の方に向いていた耳に声がひとつ。

「しっかり抱きついてろよ……振り落とすからな。」

私の手を握る力が少し強くなったかと思うと、いきなり自転車が発進する。

なんて乱暴な輩だ…!とか心の隅で思ったけど、実際の運転はさっきの言葉と裏腹にゆっくり、なんとも丁寧で。

少しでも私の腕が緩むと、ぎゅっと引き寄せてくれる優しい手とか、ちらっとだけどときどき振り返る心配そうな横顔とか。

…なんて可愛いんだよ、もう。

「ねー翔。」
「んー?」
「……なんもない。」
「はぁ?なんだよ…。」

前の君の彼女に嫉妬、なんてしてたけど。

その子より翔と深い絆を作れば良いや。今だってその子より愛されてる自信あるし、ね?

「ばーか!」
「ちょ…お前なぁ…!」


駆け抜けるのは甘い風


20091230 しろ



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