「残念ですが、来年の秋までもつかどうか…。」
あれは、去年の冬のことだ。
夏空に託す未来
「よっす。」
「ちわっす。」
どこまでも抜けていきそうな真っ青な空に、修正ペンで書いたみたいな白い飛行機雲。
それを切り取る四角い窓。
そんな窓越しでも遠慮というものをまったく知らない夏の日差し。
それのせいで少し目を細めると、君がそれを遮るように窓を背に座った。
「なんだ、意外と元気なんじゃん。」
「でも元気だったらこんなとこいませんー。」
「ですよねー。」
そう、私は元気だ。
こうして立派に口を叩くこともできるし、意識だっていつもはっきりしてて、夢うつつになるでしょうなんて言ってた医者はなんだったのか。
でもやっぱり私の体は保たないみたいで、ベッドの横にはぐちゃぐちゃといかつい機械たちのお姿。ほら、体だって自分で起こせやしない。
部屋から一歩も出れない(なんせ歩けないもん)から肌だって青白くなってきたし、最近頬のあたりがすごくやつれてきてようやく病気というものの実感がじわじわと湧いてきたり。
でもそんなくらい。季節が進むにつれ恐怖が強まるのかと思えばそんなこともなく、逆に心は穏やかになっていく。
あ、私悟り開いちゃったのか、なんて自分で自分を笑っちゃって、母さんは来るたび呆れてるけど。
「ねぇ、今年あの公園の祭り行った?」
会って早々始まるぐだぐだの会話は、数ヵ月前とは何一つ変わらない。まるで昨日もずっと一緒にいたみたい。
でも実際本当に数ヵ月という月日は流れているようで、就職にあわせて染めた黒髪は綺麗に茶色く染めなおされてたし、長さもわずかながら変わった気がする。
時間の流れは早いなぁ…なんて。
なんだかこの頃妙におばあちゃんに近づいたような気がして、実は精神年齢80くらいなんじゃないの、とか心の中で呟いた。
「あぁあれ?仕事で行けなかったんだよなぁ。」
「うっそ。大学の講義すっぽかしてでも行ってたのに?」
「大学と仕事は違うでしょーが。」
おでこの中心を軽くピンとはじかれる。
えへへ、と笑うと、君もあはは、なんて笑う。
「祭り、行きたかったなぁ…。」
「しょうがないだろ。お前は寝てなきゃだめなんだからさ。」
「そうだけど!夏を満喫したかったの。もうできるもんじゃないからね!」
「……夏穂。」
「あ、ごめん…。」
少しだけ君の顔が曇る。
そりゃそうだよね。私は良くても君は答えづらい話だったよね。
空気が重い。そういえばこの間こんな話をしたら母さん泣いちゃったんだっけ。
でも目の前の君は優しく眉を下げると、さっきデコピンした方の手でゆっくりと私の髪を撫でた。
「来年、行こうぜ。」
「らいねん…?」
「うん。そのころには夏穂自由じゃん?俺絶対来年は行くから。そのときついてきて。な?」
「…うん。」
来年なんて、もう無いのに。
私、もうすぐいなくなるのに。
でもその突拍子も無い約束がなんだか君らしくて、心の真ん中の一番大事なところに来年の夏の予定を書いて残す。
そしたら来ないはずの来年も来るような気がして、急にこれからのことが楽しみになってくるから不思議だった。
「忘れんなよ。一人で行くとか俺失恋した人みたいになっちゃうんだからな。」
「そっちこそ。かき氷くらいおごってよね。」
「はいはい。イチゴで良いよな?」
「もっちろん。」
いつも二人ではんぶんこして食べてたイチゴ味。
どっちが多く食べただのちっぽけなことで喧嘩して、友達に痴話喧嘩だなんてからかわれたんだったな。
来年もそんな喧嘩ができたら良いなぁ。
叶わないって知っててもなんだか君となら出来そうな気がして、まどろんできた意識の中で少しだけ笑った。
「ごめん、寝ても良い?眠くなってきた…。」
「あ、じゃあ俺もそろそろ会社戻るわ。」
「仕事さぼんなよ。」
「さぼりませんー。」
会話の最後はやっぱり憎まれ口でしめくくられて、楽しそうに笑った君が私に小さく手を振って部屋を出ていった。
少しずつ高くなっていく空、入道雲の隣に居座りはじめた控えめなうろこ雲。
ひとりになった私の前に再び現れたのは、それを切り取った四角い窓。
少しだけ開かれたその隙間から爽やかな風が吹く。
もうすぐ夏が終わる。
夏空に託す未来
(それは夏の最期の日のことでした。)
20091004 しろ
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