「薄々思ってたけどさ、やっぱアホみたいに広いよねこの学校……」
「訓練用に実戦の再現を目的とした専用設備が複数あるくらいだからね!入試の時に使った会場も軽く街一つ分はあったけど、あれがもう何セットもあるって考えたたけで凄いし、他にも広大な森や山岳地帯、乾燥地帯などさまざまな状況設定に応じた――」

 バスのベンチ席前を通り過ぎながらぼそりと呟くと、ちょうどそこに座っていたイズが特有のブツブツモードに入って、彼の隣に腰掛ける梅雨ちゃんが「ケロ」っと笑った。ヒーロー好きが高じてノートを作ったりしていたのは昔から知っていたけれど、最近だとこういう感じなのね。苦笑いで応えながら奥の方へ進み、早くも窓際で目を閉じている轟くんの横の席に座る。斜め前の爆豪あいつは、流れてくる早口の呟きが気に障るのか舌打ちを漏らしながら窓の外を睨みつけていて、その隣、つまりわたしの前の席にいた耳郎じろちゃんが不意にスマホの画面をわたしに見せてきた。“何かうるさくなる気がしてきたんだけど、席替わってくんない?”ちら、とこちらを伺う吊り目に申し訳ない気持ちで首を振る。悪いけど多分わたしが横に行った方が揉めるから。

 本日午後のヒーロー基礎学は救助レスキューの実技訓練らしい。イレイザーヘッドこと担任の相澤先生とオールマイト、さらにもう一人の先生の三人体制での授業になるそうだ。訓練施設までは結構距離があるらしく、クラス丸ごとバスで移動中なのだけれど、敷地内で車を使った移動が必要になるとは。流石名門ヒーローを数多輩出してきた名門中の名門、下世話な言い方をするとお金のかかり方がまあ違う。これだけ恵まれた環境で勉強させてもらえるのは単純に嬉しいことだ。

「――私、思ったことを何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん」
「!?はっはいッ蛙吹さん……!?」
「梅雨ちゃんと呼んで」

 動き出した車内で、そろそろ聞き慣れてきたやり取りがまた繰り広げられている。毎回梅雨ちゃんのことを「蛙吹さん」と呼んでしまうイズに「なんで?」と聞いてみると、「その、女子を下の名前で呼んだことなんか無いし……」という予想通りの答えが返ってきたことがある。わたしって何なんだろうと思わず真顔になったけれど、どうやら幼馴染はノーカウントということらしかった。

「あなたの“個性”、オールマイトに似てる」
「そそそそうかな!?いやでもあの僕は、えっとその……!!」
「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトは怪我しねえぞ?似て非なるアレだぜ」
「(イズの“個性”かあ……)」

 この間のイズの言葉を思い出す。彼の個性が“他人から貰い受けたものだ”という話。一緒に聞いてた爆豪あいつが信じていたのかどうかは別として――少し落ち着いて考えてみると、わたし的にはなかなか信憑性のある話だと思っている。
 イズママの“個性”は確か“物を引き寄せる”とか、そんな感じのだったはずだ。イズパパはずっと海外に居たから一度も会ったことがないけれど、確か“火を吹く”って聞いたことがある。イズのはどっちでもない増強型のムキムキ個性――それこそオールマイトみたいな超パワータイプの“個性”だし、それに現在はどうあれ、少なくとも四歳までにイズの“個性”が発現していなかったのは間違いないのだ。だからむしろ貰い物・・・だというのは、見たことも聞いたこともない不思議な話ではあるけれど、ちょっと納得してしまうくらいの言い分でもあった。

「まあでも派手で目立つっつったら、やっぱ轟と爆豪だな!」
「……けっ」

 切島くんからそんな話題が聞こえてきたので顔を上げると、窓の外を眺めていた爆豪あいつがちらりと切島くんを一瞥した後、つまらなさそうに吐き捨てた。隣の耳郎じろちゃんはとっくに席替えを諦めたようで、ジャックを刺したままのスマホをじっと眺めている。そうそう、隣のやつはめんどくさいけど、関わらず静かにしてれば結構大人しいもんね。賢明だ。が、その様子を見ていた梅雨ちゃんが一言、

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ほら」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるの凄えよ」
「てめェのボキャブラリーはなんだコラ殺すぞ!!」
「ブプッ」

 上鳴くんの絶妙な語彙に我慢できなかった笑いがうっかり漏れると、手すりを握りしめて前のめりになっていたヤツの赤い目がギロリとこちらを振り返った。隣の耳郎じろちゃんがかなり迷惑そうな顔で体を寄せている。ごめんなさい。

「てめェは何笑ってんだゴラァ……!」
「ブフ……下水……グフッ」
「腹立つ上にきめェんだよ笑い方が!!死ねや!!」

 笑いが起こったり、規律の乱れを憂いたり、会話の内容に眉を顰めたり、楽しい気持ちになったり、反応はそれぞれ。行き先に待っているのはきっといつも通り、とびきりハードな訓練だ。それでもわたしは――いや、多分他の面々も、少しは楽しく前向きな気持ちで来たる授業に胸を膨らませていたに違いない。

 けれど、着いた先に待ち受けていたのは。
 ――あまりにも強烈で苛酷な、ひとつの現実・・だった。




















「すっげー……USJかよ……!!」

 広大なドーム状の空間に、切島くんが上げた感嘆の声が響き渡った。
 中央に立派な噴水をあしらったお洒落な広場を囲むように、巨大なプール、切り立った岩山、何かよくわからないが火っぽいマークが入ったドームなどなど……確かにどこかアミューズメントパーク然とした雰囲気だ。出迎えてくれた今回のもう一人の担当教員ヒーロー――災害救助のプロフェッショナル、13号先生が誇らしげに腕を広げる。

「あらゆる災害や事故を想定して僕が造った施設です。その名も――USJウソの災害や事故ルーム!!」
「(ホントにUSJだった……!!)」

 一行の心の声がひっそり重なったりなどしつつ、訓練前に13号先生のありがたいお話を聞く。少し気になって周囲を見渡してみたが――確か授業前に来ると言っていたはずのオールマイトの姿がない。何かあったのかな。

「――この授業では心機一転、人命を救けるために、“個性”をどう活用すべきか学んでいきましょう。キミ達の力は人を傷つけるためにあるのではない、人を救けるためにあるのだと、心得て帰ってくださいな!」

 結びにだいぶ近そうな言葉に慌てて正面に向き直ると、13号先生のまん丸ヘルメットがこちらを向いて、気のせいかもしれないけれど、ほんの少しだけ微笑んだような気がした。あ、ちょっと余所見してたのバレてる。下手すれば彼を挟んで反対側に立ってる相澤先生にもバレてそうだ。だめだめ、集中しなきゃ。案の定わたしの上の空をしっかり見ていたらしい相澤先生がため息混じりに――でも特に個別で注意する気は無いと言わんばかりに、さっさと本題を切り出す。

「よし。そんじゃ先ずは――」

 先生の指が訓練場の向こうを指差しかけたその時だった。
 辺りを囲むように点いていたライトの光が一斉に消えた。同時に入り口から伸びる階段を下った先、広場の噴水が不規則に揺らいで、そこに何か――黒い靄が、生まれた。
 と言っても、わたし達生徒がその靄を感知できたのはもっと後のことで、最初に気付いて振り返ったのは相澤先生だった。

一塊ひとかたまりになって動くな!」
「――!?」
「13号!生徒を守れ!」
「――、なんだありゃ……」

 突然の指示に戸惑うみんなの中で、またも声を上げたのは切島くんだ。その頃には一面巨大に広がった黒い靄も、そこから次々に飛び出して来る大量の人影達もしっかり視認できた。一際目を引いたのは、中央――青白い手首のようなものを体にたくさんくっつけた、異様な姿の男。

「入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン――?」
「動くな!」

 不可思議な光景に気を取られ、何人かが足を踏み出しかけたのだけれど、その一言ですぐさま引っ込めた。わたし達の行動を鋭く制した相澤先生は、いつも首からぶら下げっぱなしでいたゴーグルを目元へ持ち上げる。イレイザーヘッドがゴーグルを着けているところを見るのは、これが初めてのことだった。

「あれは――ヴィランだ」
















 雄英高校の敷地内。教員の多くに日本でも最高峰のヒーロー達を擁し、幾重ものセキュリティに守られた鉄壁の学び舎。
 その敷地内にある、この上なく安全な筈の訓練施設に――どういうわけか、大量のヴィランが入り込んできた。

「訓練中に本物のヴィランとか、ある意味貴重な体験だよね……!」
「軽口を叩いている場合じゃないだろう!真面目に避難しないか!」

 飯田くんに諭されて渋々口を閉じたが、正直軽口でも言っていないとやっていられない。
 広場の真ん中に突如――恐らくワープ系の個性を用いて現れたヴィラン達。ぱっと見ただけでも、少なくともわたし達の倍以上の数があの場に集まっていたのはわかる。今は相澤先生がその全てを一人で引きつけてくれていて、わたし達は13号先生の指示に従って避難脱出の真っ最中だ。
 けれど。斜め前を走るミナちゃんの顔。不安げで、冷や汗が滲んでいる。峰田くんなんかもう半べそだ。重苦しい顔つきをしている人は他にもたくさんいて、かく言うわたしもその一人で。無理に笑わせるつもりではなかったが、たまたま近くに居たからといって飯田くんを雑談の相手に選んだのは間違いなく人選ミスだった。もっと皮肉で返してくれそうな人にすべきだった。
 その点轟くんはまるで動揺していない。何というか場慣れ感が違う。隣の隣の更に隣辺りを走っている横顔は相も変わらず涼やかで、つい先程もヴィランの出現方法、襲撃計画の周到さ諸々を的確に分析していた彼に、少なくとも緊張や恐怖の色は見て取れない。先日の戦闘訓練のことをぼんやりと思い出した。きっとこの冷静さも、彼自身の実力の高さに裏打ちされたものなのだろう。

「……南北、前見て走れよ。今日注意散漫だぞ」
「……へ!?」
「仮にも襲撃されてんだ、緊張感持て」
「すみません……」

 距離もあるし視線も合っていない筈の轟くんにさっくりと注意されてしまった。どうしてわかるんだろう。イナサにもよく「おまえは緊張感ってもんが全くないよな!俺もある方じゃないが!!」と言われていたことを思い出した。確かに襲撃者は本物のヴィランなのだ。いくらプロヒーローの先生方が居るからといっても、しっかり気を引き締めておかないと――、

「――!!」
「――させませんよ」

 さっきまで広場にいた筈の黒い靄人間が、突如地面から勢いよく飛び出してわたし達の行く手を阻んだ。先頭で足を止めた13号先生が、みんなを庇うように片腕を広げて影を睨め付ける。

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴・オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でしたが……」

 なんとも慇懃無礼な語り口だ。靄の中からヴィランを大勢連れてきたことといい、地面から飛び出して来たのといい、間違いなくこいつがワープ能力者出入口。ただでさえ強力な能力に、不気味で流動的な見た目、間違いなく厄介な相手だろう。

「本来なら、ここにオールマイトがいらっしゃる筈……ですが、何か変更があったのでしょうか?まあ、それとは関係なく――」

 でも、13号先生なら関係ない。乱暴なやり方だけど、13号先生の“個性”ブラックホールならあいつをまるごと吸い込める。物理攻撃が通用しなさそうな見た目の相手に対して、そんなの関係なく吸い込めてしまう先生の力なら、多分組み合わせとしてはかなり良い。どうやらこちらを舐めてかかっているらしい相手が悠長に喋っている間に、先生は指先の蓋を開いている。あとは吸い込むだけ――、

「私の役目はこれ――」
「「うりゃあああああ!!」」

 今にも戦いの火蓋が落とされようというその時、飛び出したのは相手でも先生でもなく、1-Aの血の気たっぷりコンビ――幼馴染あいつと切島くんだ。硬化で固めた手刀といつも以上のド派手な爆破、爆風で一瞬前が見えなくなる。いつもながら凄い行動力だ。すごい!尊敬に値する!けど!!

「(バカー!?!?)」
「その前に俺達にやられることは考えなかったか!?」

 誇らしげな切島くんの声が聞こえるが、爆風で姿が見えない。でもこれだけ強火な爆破なら――という淡い期待を、靄人間はさっさと打ち砕いてくれた。

「危ない危ない……」
「……!」
「そう、生徒と言えど優秀な金の卵……」

 爆風が晴れると、攻撃前と何ら変わらぬ様子で揺らめく靄の塊が現れて、顔らしき部分に浮かぶ怪しい金の瞳がすっと細くなる。無傷も同然のその様子に、ふと背筋に寒いものを感じて、わたしは目の前に立っていた上鳴くんとミナちゃんを押しのけながら、思いっきり二人の腕を掴んで引っ張った。

「下がって!」
「なっ――にすんだてめェ……!」
「どわっ!?」
「――駄目だ、間に合わない!」

 流石の反射神経とでもいうべきか、咄嗟に抵抗するアホや結構ずっしりとしている切島くんを気合で引っ張る。けれど、引っ張り下げた二人を靄人間から遠ざけるように後ろへ押し込んだわたしの耳に、確かに13号先生の言葉が届いた。
 ――間に合わない・・・・・・、と。

「私の役目は――あなた達を散らして嬲ること!!」

 瞬間、靄が突風のように上下左右へ大きく広がって、わたし達をすっぽりと囲みこんだ。まるで嵐だ。咄嗟に屈みこんで耐えようとしたわたしの足が、泥沼に沈むように地面へ吸い込まれていく。体が傾ぐ感覚に肝が冷えて、情けない声が口から漏れた。

「は!?ちょっ――」
「南北!大丈夫か――あーっくそ、俺もかよ!」

 一寸先も見えない視界の中で、わたしの右手を掴む手があった。切島くんの声がする。分厚い布地に包まれた手はわたしを精一杯引っ張ってくれているようだけれど、抵抗虚しく体は足元に広がる黒い靄のようなものにずぶずぶと吸い込まれていって。
 視界が一度真っ黒に塗り潰される。上下左右の感覚もわからない中、掴まれた右手に引かれるまま、わたしの体はどこかへと漂っていった。

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