「弱えくせに割り込んできて、邪魔ばっかしやがって……ほんとうっとおしいな、おまえ」
「だって、かっちゃんがイズのこと殴るから」
「デクが“無個性”でなーんもできねえのがわりぃんだよ」
「意味わかんない」

 むっとしながら両手を広げて後ろをかばうと、目の前の少年も不機嫌そうに眉を顰めて手のひらをパチパチ鳴らす。花火のように爆ぜる炎の光を見て、背後で半べそをかいていた縮毛の男の子が怯むそぶりを見せた。
 夕暮れの公園、向かい合う子供たち。わたしの後ろには幼馴染の出久イズ、あいつの後ろにはいつも一緒の子分が三人。左のほっぺがじんじんと痛むのは、イズを殴るために振り上げられたあいつの手のひらの前に勢いよく飛び出したせいだった。しばらくの間そうして睨み合っていると、やがて向こうの方が痺れを切らして盛大な溜息を吐き出す。

「あーあ、いい子ちゃんのせいでシラけちまった。もう帰ろーぜ」
「そだなー、腹へった」
「また明日なー、かっちゃん」

 ぞろぞろと公園の外へ出て行く子供たちに続いて、お開きを宣言した彼も態とらしくわたしに肩をぶつけながら出口へ向かう。昨日焼かれたばかりの肉が痛んで思わず「う」と呻きが漏れると、すれ違いざまに不機嫌そうな赤い目がわたしを睨みつけて、けれど直ぐに逸らされた。おろおろとなりゆきを見守っていたイズが慌ててその後を追った。

「ま、待ってよかっちゃん!ほたるちゃんのことぶっただろ!ちゃんと謝って――」
「うるせーなぁ……ついてくんなよデク!」

 せっかく見逃してもらえそうだったのに、自分から飛び込んでしまうのがイズの優しいところで、いつも損をしているところだった。声をかけられたあいつはそんな彼の態度が気に食わなかったようで、振り向きざまに掲げられた手から一度は収まっていた火花が再び散る。イズの目の前に振り下ろされようとしていたその腕を、わたしは咄嗟に右手で掴んだ。

「あっ、てめ……!」
「だからぶっちゃだめって言ってるでしょ」

 ぴりりと赤く光ったその手のひらに、同じように青く瞬いたわたしの左の手のひらを合わせる。慌てて身をよじるも時すでに遅し、ぺたりと張り付いたそれは、わたしが解除するまで絶対に離れない。こうするといつも彼は大人しくなった。叩いても、火花で炙ると脅しても、わたしがこれを解くことがないと身をもって知っているから。

「くっそ、もう帰るっつってんだろ!離せ!」
「だったらこのまんま帰ろーよ」
「はあ!?」
「どうせ今日はかっちゃんちでカレー食べる約束だったでしょ。楽しみにしてたんだから」
「知るかよ!そんなんババアが勝手に決め……」
「イズ、気をつけて帰ってね」
「うっ、ほたる、ちゃん……」

 きゃんきゃん吠えるあいつを横目に、涙ぐんだままわたしの名を呼ぶ彼の頭を撫でる。家が近所のイズと、お隣さんのかっちゃん。ひとりっ子のわたしにはどちらも兄弟のように感じられて、ぶったりぶたれたりの喧嘩が日常茶飯事だったけれど、それさえも楽しくて。

 幼稚な語彙で罵り合いながら、夕日を背にして帰路へ着く。家に帰れば、手のひらをくっつけて戻ってきたわたし達を見たかっちゃんママが「相っ変わらず仲良いねぇ」とニヤついて、もげそうなくらい腕を振り回しながら隣のあいつが憤慨する。父は仕事、母は臥せりがちなわたしの家を気遣って、かっちゃんママはよく晩ご飯に呼んでくれた。不機嫌にむくれっぱなしのあいつと並んでテレビを見て、優しそうなかっちゃんパパに飴をもらって、夜が更けたら帰り支度をして。

 わたしにとってはすごく、幸せなことだった。
 地獄のようなあの家に帰るまでの、長いようで短い時間。騒がしくも暖かいあの束の間の団欒が、わたしの本当の家族なのかもしれないとさえ思ったこともあった。
 けれど思い出す。怯えたように歪んだ瞳。焼けるように痛む胸。

 あの日は、何が違ったんだろう。
















「あー!入試ん時の!!」

 教室に入るや否や、聞き覚えのある大声が耳に飛び込んでくる。発生源を探すまでもなく、弾けるような明るい金髪が、まだ疎らに空いている座席の間を縫ってわたしの方へ駆け寄ってきた。

「受かってたんだなあアンタ――あ、俺上鳴ってぇの。よろしく!あん時はほんと助かったわー」
「相変わらずよう喋るね……わたし南北、よろしく」

 挨拶を返しながら念のため教室の外にひょいと顔を出して確認すると、やはり扉には大きすぎる文字で“1-A”の表記。間違いではなく正真正銘、彼もわたしと同じように雄英高校に合格した上に、どうやら同じヒーロー科の同じクラスに振り分けられたようだった。執拗な「LINE交換しねぇ?」攻撃を丁重にいなして別れた入試の日はまだまだ記憶に新しいが、こうして寄ってくる様子を見ていると圧倒的なチャラさに加えて、単純に小型犬じみた人懐こさのようなものも感じる。

「そうそう、ほらアイツ――同じクラスだぜ、爆豪勝己」
「……おお」

 こそ、と突然声を潜めた上鳴くんに示された方を見やると、机の上にどっかりと足を乗せて踏ん反り返っている爆豪あいつの姿があった。入試会場で会った時からそれっぽいとは思っていたけれど、しばらく見ない間にすっかり生粋の不良に成長していたらしい。今までそこそこ治安のいい中学校に通っていたわたしにとっては幼馴染ながら物珍しいもので、掲示されている座席表の前へ向かいながらついちらちらと横目に視線を向けると、奴は机上に載せたままの靴底を揺らして不機嫌も露わにがなった。

「何見てんだクソ磁石女」
「クソ磁……」

 初めて呼ばれたその名にぎょっとするわたしを睨みつけた後、あいつはふいと視線を逸らして口を閉ざす。どうにも虫の居所がひどく悪いらしい。というか、もしかして昔の喧嘩のことを根に持っているからこんなに態度が悪いのだろうか。だとしたら今後の円滑な学校生活のためにも、一度しっかり謝っておくべきなのかも――いや、謝ったくらいでこいつの態度が軟化するとも思えないけれど。
 妙な居心地の悪さを覚えながら座席表を覗き込む。あった、南北。奇しくも爆豪あいつと同じ窓際の列、前から四番目。後ろは“峰田”、隣は“常闇”、前は――、

「(――え?)」

 背後で誰かが「机に足を載せるな!」と怒鳴っている声。教室にも続々と人が増えているようで、お喋りの騒めきも確かに耳に届くのだけれど、妙に遠く感じる。視線が目の前の二文字に釘付けのまま動かせない。何かの間違いだと思っていた、爆豪あいつの入試開始前の一言を思い出す。だってあるはずがなかったのだ。数多のヒーローを輩出してきた雄英高校のヒーロー科というこの場に、わたしが知る限り最も遠いはずの人物。

 “緑谷”。

 咄嗟に振り返って、事情を知っているはずの幼馴染の顔を探す。相変わらず行儀の悪い体勢を貫き通したままのあいつは、何やら屈強な眼鏡の男の子と口論の真っ最中のようだった。座席表を引っ掴んでその間に割って入り、「な、なんだ君は!?俺は今彼と……」という生真面目な声を聞き流しながら、その名前を指差して示す。うまく言葉が出てこなくて口をはくはく言わせるわたしを、爆豪あいつは心底不愉快そうにきつく睨み据えた。

「こっちが聞きてェんだよ、そんなもん」

 短く吐き捨てて、その赤い目が教室の入り口を一瞥する。吊られて振り向くとそこに、いつ間にそっちへ向かっていたのか、眼鏡の男子に詰め寄られてあたふたと手をばたつかせる少年の姿があった。もさついた縮れ毛、頬に散るそばかす。ずいぶん身長が伸びているけれど、見間違えようはずもない。
 わたしのもう一人の幼馴染が、確かにそこに立っていた。















「ほたるちゃん、ごめんね。また僕の代わりにぶたれちゃって……」
「んー?痛くないよ?」
「そ、そういう問題じゃ……ないよ」

 記憶の中の彼はいつも浮かない顔をしている。四歳を過ぎてから――周りの子供たちにいじめられるようになってからは特に。
 人は皆、生まれながらにして平等ではない。あらゆる人に千差万別の“個性”が授けられる時代。使い勝手のいいもの、華やかなもの、一見地味なもの。生まれ持った“個性”で人生が決まってしまう超常の時代において、何も授かれなかったかわいそう・・・・・な男の子。
 わたしにとってはかわいい弟のように思えた。幼心に大切に思っていた人の一人だった。だからわたしはいつも、彼のもさもさの頭を撫でながら、こう言って笑うのだ。

「イズはわたしが守るよ」

 わたしにとってはそれが、熱く煮え崩れるような痛みを忘れさせてくれる、生きがいの一つだったから。

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