デクが何をしようとしているのかは一目でわかった。
 爆豪あいつが引きつけた隙に彼が背後を取り、ゼロ距離から最大威力の爆破をぶつけることで、オールマイトに精一杯のダメージを与えつつ吹っ飛ばして距離を取る。遠慮の欠片もない攻撃手段から察するに、爆豪あいつが考えた案だろう。すごくいい作戦、現状わたしたちが打てる最善手だと思う。
 ただ――大変申し訳ないことに、わたしの位置がまずい。「跳んで」という言葉に従って、咄嗟に体を弾いてデクの後ろ側には回り込めたのだけれど、些か距離が近すぎるような気がする。
 今目の前で彼の指にかかっているセーフティーピンが抜ければ、戦闘訓練でモニター越しに見た、ビルを半壊させるような威力の爆破が出るわけで……籠手を持っているデク本人は反動で押し下がれるだろうけど、今まさに宙を舞いながら頭を悩ませているわたしはきっと普通に巻き込まれてしまうだろう。
 勝手に囮を買って出ておいて、最終的には味方の攻撃に巻き込まれてやられるんかい。間抜けすぎる――と内心頭を抱えたその時、

「――どこまで鈍臭ェんだ、クソ女!」

 もの凄く苛立ちを孕んだ呼び声が頭上を通った。反射的に見上げた先に見えたのは、厳ついグローブに覆われた赤い掌と、わたしを睨む険しい目。素早く飛び上がって退避する所だったらしい爆豪あいつが、怒った顔でわたしに向かって手を伸ばしている。
 笑っちゃうくらいにちょうどいいタイミングで現れた上に、こうして手まで差し伸べてくれるなんて。いつかのあの日、ついに取れなかったその掌に向かって片手を伸ばしながら、わたしは脳裏に救世主エンデヴァーの背中を思い描いていた。この安心感は、喜びは、あの時の気持ちとよく似ている。

 彼が差し出して、わたしが掴んだ。今度こそ触れ合った掌は、少し乱暴なくらいに強く握り込まれて――。



















 ――そして、思いっきり投げ捨てられた。

「うっ――ぐぅ……!!」

 爆風に煽られながら爆豪あいつに煙の外まで引っ張り出されたわたしは、当然のように地面に転がされて、今日何度目かもわからない悲鳴を上げる羽目になってしまった。
 ただでさえ火傷した右側で手を握ってしまって痛かったのに――まあそれについては自業自得なのだけれど――完全に人間ではなく荷物の扱いだったし。ほんのり無くもなかった“救けられた感”が一瞬で掻き消えてしまった。痛みと疲れでへろへろの体を奮い立たせながら立ち上がり、頭上を飛んでいく爆豪あいつに向かって抗議の声を上げる。

「ねえ!もうちょっとあったでしょやりようが!!」
「うっせえ走れアホ!今度は見捨てんぞ!てめェもだ、ぼさっとすんなクソデク!!」
「う、うん!」

 素直に頷いたデクが閃光フルカウルを纏いながら走り出したので、わたしもそれに続こうとしたのだけれど――ふと背後にいるはずのオールマイトが気になって一瞬足が止まる。
 爆豪あいつの汗腺から分泌されるニトロを、溜めに溜めて一気に放出する強力な爆破籠手。確かにもの凄い威力だったけれど、相手はあのオールマイトだ。いくらかダメージは入ったとしても、流石に倒すまでには至っていないはず。
 ここは置き土産的な感じで地面に磁力を張っておいて、少しでも追跡を妨害した方がいいのでは……そんな考えが過ぎる。良かれと思って無傷の左手を地面に着けようとした瞬間、後ろから思い切り頭を叩かれた。

いだっ」
「走れつってんだろが!耳付いてんのかてめェは!あァ!?」
「で、でも多分追ってくるよ!?」
「足止めんのはロスなんだよ!てめェの“個性”はゲートへ向かう・・・方に使え、何のためにブン投げたと思っとんだクソが!」

 先に行ったと思っていた爆豪あいつがわざわざ引き返して来たようで、一発叩いたその手でわたしの腕を強引に引っ張る。殴られたのもあって何だか釈然としないのだけれど、確かにありったけの磁力でもオールマイトの動きを完全に封じることはできなかった訳だし――何より彼がそうだと言うのならそうなのだろう。
 大人しくスピードを上げながら「……見捨てるんじゃなかったの?」と問うと、「ブッ殺すぞ」という冷たい言葉と共に腕が乱暴に振り払われた。少し前を走っているデクがはらはらした面持ちでこちらを振り返っていたので、“大丈夫”の意味を込めて軽く手を振ると、今日だけでも耳にタコができるほど聞いた気がする舌打ちがもう一度聞こえてくる。

「やる気ねえならマジで捨ててくぞ」
「な……何言ってんの、めっちゃあるよ!?だからさっきも頑張って時間稼ぎ……」
「うっせえ黙れクソ――だったら勝ってもねェうちから一人で勝手に満足してんな!最後まで・・・・働けや!」

 吐き捨てるようにそれだけ言うと、爆豪あいつは再び掌から火を噴いて飛び上がった。ぽかんと口を半開きにしながらその背を見上げていると、前からデクが「ほたるちゃん!」と急かすようにわたしを呼ぶ。
 何とか二人は協力体制に入れたみたいだけれど、脱出ゲートがあるのはまだ少し先。確かにぼさっとしている余裕は全くない。我に返って反発を使いながら跳ぶように走り出すと、何だか心がふわふわと高揚していて、跳ねる体も心なしか軽いような気がした。

 投げられたし、叩かれたし、相変わらず怒鳴られっぱなしだけれど――、

「(……わたしも、一緒に戦っていいって……ことなのかな)」

 状況は依然良いとは言えない。オールマイトはきっと、あの爆撃を受けてもなお平然とわたし達を追いかけてくるだろう。
 なのに、たったそれだけのことにどうしようもなく胸が踊る。斜め前の方を飛ぶ爆豪あいつのボロボロな後ろ姿を見上げながら、妙に納得した。色々と考え込んでしまっていたけれど、何のことはない。こんなに簡単なことでよかったんだ。
 わたしはただ、爆豪あいつと――。

「――もうすぐだ!もう!すぐそこ!脱出ゲート!」
「!」
「なんか無駄に可愛いけど……一人でもアレくぐればクリアだ!」

 デクの声にはっとして前方を見遣ると、脱出ゲートのカラフルな装飾が確かに見えた。ポップな色合いの門に描かれているのはどうやら校長先生のイラストらしい、ということも目視で十分確認できる程度の距離。試験合格はもう目前に迫っている――けれど、油断はできない。
 勝利の瞬間にこそ隙は生じる。それは何も敵に限った話ではなくて、わたし達だって同じこと。それに何より、相手はあの規格外の強さを誇るオールマイトだ。脱出ゲートがどれだけ目と鼻の先にあったとしても、あっさり状況をひっくり返されてしまいそうな予感さえある。

「そう簡単にゴールさせて貰えるとは思えないけどね……!」
「でも追ってくる気配無いよ……!?まさか気絶しちゃったんじゃ――」
「てめェ散々倒せるわけねえっつっといて何言っとんだアホが。あれでくたばるハズねえだろクソ」

 吹っ飛ばされたきり音沙汰のないオールマイトを案じ始めたデクをきつく睨め付けて、それまで不機嫌そうに黙っていた爆豪あいつが怒鳴り声を上げた。
 そうだよなあ、とわたしも思うし、同時に頭を抱えたい気持ちにもなってしまう。オールマイトならあの攻撃で再起不能になったりはしないだろう、と理解してはいるのだけれど、もう一度あの人類最強にも匹敵する伝説のヒーローに追いつかれてしまったら、一体全体どう対応していいものか――というよりそもそも対応できるのか・・・・・・・、正直言ってあまり自信が持てない。
 やっぱり何とかして磁力と熱に引っ掛けて極力足止め、その間に二人にゲートを潜ってもらうくらいしか、今の自分にできることは無いような気がする。内心唸るわたしの目の前で、片腕分だけになった爆豪あいつの籠手が動いた。

「次もし追いつかれたら、今度は俺の・・籠手で吹っ飛ばす……」
「――うんうん、それでそれで!?」

 会話に割り込んできたその声を耳にした途端、全身からさっと血の気が引いたのがわかった。ずっと目の前を走っている二人の後ろ姿を見ていたはずなのに、いつの間にかわたしと彼らの間に――オールマイトの背中がある。
 呆気に取られたわたしが息を飲んだ一瞬の間に、爆豪あいつがすかさず構えた。が、その掌が火を噴く前に硬い拳が風を切り、腕に嵌っていた籠手を容赦なく叩き壊す。殆ど同時にデクが右腕を振り上げたけれど、そこに着いていた籠手も瞬きの間に砕け散った。
 オールマイトを吹き飛ばして距離を取るための唯一の切り札。合わせて二つしか無かったその籠手は、一瞬にして無力化されてしまった。

「何を驚いているんだ!?」

 戦闘態勢に入ろうとしたデクたち二人を軽くあしらいながら、オールマイトがちらりとこちらを振り返って笑う。
 やばい。磁力、磁力張らなきゃ。咄嗟に地面に触れようと身を屈めかけた瞬間、首根っこを持ち上げられるような感覚、次いで気管をぎゅうと押し潰されて息が詰まった。しっかり土の上に着いていたはずの両足が浮いている。持ち上げられた・・・・・・・――その事実を理解した時にはもう、首回りの捕縛布を鷲掴みにしてわたしを捕まえたオールマイトが、その腕を軽々と振り上げたところだった。

「ほたるちゃん――」
「これでも重りのせいで全然トップギアじゃないんだぜ?さァ……――くたばれ、ヒーロー共!!」
「うわ……っ!?」

 咄嗟に上がったデクの声を掻き消すようにオールマイトが吠えて、わたしの体は勢いよく放り投げられた。ぶん投げられるのは本日二度目なのだけれど、今度は一度目とは比にならない勢いと速さ。そのうえ今度はガラス窓ではなく、道路脇の立派な電柱に叩きつけられることになってしまった。背中がみしりと嫌な音を立てて、瞼の裏に白い火花がチカチカと散っては消える。
 べしゃりと地面に落ち、身体がもげるような激痛に歯を食いしばりながら何とか顔を上げると、反対側のビルに向かって派手に吹き飛ばされる爆豪あいつの姿が見えた。救けに入ろうとしたデクの腕はあっさりとオールマイトに捕まって、すぐさま取って返してきた爆豪あいつに向かって身体ごと叩きつけられてしまう。

「(た……立た、なきゃ……)」

 どうやら奇跡的にどこも折れてはいないみたいだけれど――背中が死ぬほど痛むのに加えて、打ち方が悪かったのか、身体中がじんじんと強く痺れるような感覚がある。すぐにでも動かなければならないのに、土の上でうつ伏せになった体がなかなか言うことを聞いてくれない。満足に受け身を取ることさえできなかった。
 さっきまでは目で追う程度なら辛うじて何とかなっていたはずなのに、今のは視線で捉えることさえ叶わなかった。速さも威力も数段上がっている。わたしどころか、接近戦が得意なデクや爆豪あいつでも容易く圧倒されてしまうだろう。
 オールマイトを相手取って満足に戦えると思っていた訳ではないけれど、それにしたって――この実力差じゃ逃げ回ることさえままならない。手の打ちようが全くない、じゃんか。

「――ぎゃ!!」
「『最大火力で私を引き離しつつ脱出ゲートをくぐる』……これが君たちの答えだったようだが、その『最大火力』も消えた」

 軽く絶望感を抱きつつも、痛みで噴き出した汗を垂らしながら何とか上半身を持ち上げると、ちょうど捕まっていたデクがわたしの前方に放り捨てられたところだった。遠目にはオールマイトに踏み潰されている爆豪あいつの姿もある。

「――終わりだ!!」

 無慈悲な通告だった。実力差は天と地以上にあるし、今や三人揃って満身創痍、頼みの綱の籠手も無くなってしまって、もうこれ以上どうしようもないように思えてしまう。
 頑張ったのに。せっかくあの二人が協力し合う所まで来られたのに。“終わり”。その言葉が重石のように心を押し潰しそうになった、その時。

「――うるせえ……」

 絞り出すような叫び声が聞こえたかと思うと、遠目に見えた爆豪あいつの掌が火花を上げて――次の瞬間、強烈な炎の光と煙で視界が埋め尽くされる。
 耳をつんざくような轟音、頬を撫でていく熱風。自分を足蹴にしていたオールマイトを一瞬で飲み込んだその爆炎の規模は、あの“最大火力”の一撃にも匹敵するものだ。

「(こ、籠手、無しで――!?)」
「ブッとばす」
「!?」
「スッキリしねえが今の実力差じゃ――まだ・・、こんな勝ち方しかねえ」
「ちょ、待、まさか――」

 熱風と共に煙が薄れて、向こう側に二人の姿が薄っすら見えた。聞こえてくるのはなにやら物騒な言葉と、困惑気味なデクの悲鳴。ようやく痺れが取れてきた体を引きずるように持ち上げて目を凝らすと、何かを引っ掴んで大きく振りかぶっていた爆豪あいつの手が、もう一度火を噴いた。

「――死ね!!」

 激しく聞き覚えのある掛け声と共に、何かが煙の塊を突き抜けて、ゴールの方へ一直線に飛んでいく。
 ――デクだ。爆風に乗ってボールのように放り投げられた彼は、そのまま脱出ゲートまで届いてしまいそうなほどの勢いで派手に吹き飛んでいった。思わず唖然としてそれを見上げてしまったわたしの意識を、頭上からすかさず降ってきた怒鳴り声が引き戻す。

「ボサッとすんな、てめェも行け!」
「!」
勝つ・・んだろうが!だったらどんな手ェ使ってでもあのクソナード、ゲートの向こうまでブッとばせ!」
「でっ、でもあんた、その腕――」

 さっきの特大爆破は、どう考えても“上限”を超えていた。爆豪こいつの“個性”の特性は知っているし、体育祭の映像だって観ている。許容上限を超えた爆破は汗腺を傷つけ、酷い痛みを伴うはず。
 デク一人をゴール側に放って、わたしをそのサポートに向かわせるということは、爆豪こいつ本人は残ってオールマイトを止めるということで――きっと、あの規模の爆破を連発・・するつもりなのだ。散々痛めつけられてもう体はボロボロなのに、その上そんな無茶を重ねるなんて、いくら爆豪こいつでもそんな――。
 そんな思考を、野太く力強い掛け声が遮る。

New Hampshireニューハンプシャー――SMASHスマッシュ!!」

 えっ、と顔を上げたわたしの視界の隅を、筋骨隆々の巨体が凄まじい勢いで掠めていった。特大爆破を至近距離で食らい、宙に投げ出されて動きの自由が利かないはずのオールマイトが、どういう訳か真っ直ぐにデクの後を追いかけて飛んでいる。どうやら空中でSMASHこぶしを繰り出し、拳圧を使って無理やり進行方向を捻じ曲げたらしい。
 彼の強烈なヒップアタックがデクの背中に直撃したのを目の当たりにしてしまっては、流石にわたしももたもたと躊躇してはいられなくなった。舌打ちを漏らしながら爆豪あいつが飛び上がったのと、わたしの体が反発で跳んだのはほぼ同時。

「げほっ、ごほ――けむっ……!」

 やたらと煙たいのは何度も起こった爆発のせいかと思ったけれど、どうやらそれだけではなく、爆豪あいつがわざと多めに煙幕を散らしながら飛んでいるのが原因のようだった。多分、デクを救けに向かうわたしの姿を少しでも眩ませるための方策だ。
 オールマイトに気付かれないままデクを回収できれば、あとはわたしの“個性”を使って一足飛びにゲートの目の前まで移動できるはず。流石というか何というか、そういうところに抜け目がないな――などと考えながら必死に跳んで走っていると、べっこりと凹んだ大型バスの横に突っ伏すデクの姿が煙の向こうにちらりと覗いた。

「デク!」
「……っ、ほたる、ちゃ――ぐッ」
「大丈夫!?」
「腰、やられた……ッけど、動かなきゃ……!!」

 脂汗を垂らしながら必死に起き上がろうとするデクの顔が、空中からこちらに迫ろうとしているオールマイトの方を仰ぎ見た。デクの体を支えながらつられて空を見上げると、そのオールマイトに向かって肉迫する爆豪あいつの姿。

「籠手は『最大火力』をノーリスク・・・・・で撃つ為だ」
「……!?」
「バカだったぜ。リスクも取らずあんたに――勝てるハズなかったわ」

 荒れ果てた無人の市街地に、雷にも似た盛大な爆発音が再び轟く。驚愕の面持ちでその様子を見上げるデクも、あの大爆破が爆豪あいつの体にどんな影響を及ぼすのか、当然承知していることだろう。痛みに耐えるように腕を押さえつけながら、爆豪あいつは叫ぶ。

「――行けデク、クソ女!!早よしろ!!」
「……っ!!」
「にわか仕込みのクソナードや近接ダメな雑魚女よか、俺の方がまだ立ち回れんだ――役に立てクソカス!!」

 言いながら、その両手の掌から三度目の大爆発が迸った。その様に心が騒ついて、ひや、と胸の芯が冷えるような感覚が全身を襲う。それは轟くんの家で体育祭の映像を見た日、画面の中で自分の腕を砕きながら戦うデクの姿を目の当たりにしたあの時の感覚にどこか似ていた。
 ――とにかく、これ以上あれを撃たせる訳にはいかない。少しでも早くゲートを潜って試験を終わらせなくちゃ。痛む体に鞭打って、すぐそこに見えるゲートの柱に捕縛布を投げつける。ゴール地点までの地面に赤い磁力のレールを這わせつつ、必死に起き上がろうとするデクを救け起こして肩を貸すと、彼は苦い顔で呻いた。

「ほたるちゃん、君だけでもゲートに向かって……!オールマイトは絶対に阻止しようとする筈だし、かっちゃんならその隙を――」
「駄目、連れてく」
「でも、今の僕じゃ荷物に……」
捕縛布これ使えば、一人でも二人でも移動速度は大差ないから。だったら連れってって――もし追いつかれたら、あんただけでもゲートの外に弾き出す。いいね?」

 置いて行けないという気持ちももちろんあるにはあるけれど、どちらかといえばこれは保険・・だ。唯一動けるわたしが一人でゲートに向かったとしても、万一ゴール前でオールマイトに捕まってしまうと完全に詰む。デクを一緒に連れて行けば、最悪の事態に陥ったとき、“彼だけでもゲートの向こうへ放り込む”という選択肢が増える。使えるものを全て使わなければ、この状況はきっと乗り越えられない。
 有無を言わさぬつもりで問うと、デクは一瞬言葉に詰まったけれど、すぐに深く頷いてくれた。わたしも頷き返し、二人分の体に磁力を纏わせようとした、その時。

 動き出そうとするわたしたちの背を追うように、オールマイトが爆風の中から飛び出してくる。その眼前に躍り出て右の大振りを繰り出そうとした爆豪あいつが、轟音とともに――地面に叩き伏せられた。

「――寝てな、爆豪少年」

 思わず手が止まり、デクと二人揃って振り返ってしまう。今までだって十分容赦のない攻撃ばかりだったけれど、今の打撃音には何か、決定的な違いを感じさせるような重たい響きがあった。鷲掴みにした爆豪あいつの頭を土の上に押し付けたまま、オールマイトが、厳しく諭すような声音で呟く。

「そういう身を滅ぼすやり方は、悪いが先生的に少しトラウマもんでね――った!?」
「……早よ……行けや……、クソナード」

 呆然と立ち尽くすわたしたちの目の前で、ぴくりと動いたグローブの赤い掌がオールマイトの腕を掴み、小さな煙を上げた。

「折れて、折れて……、自分捻じ曲げてでも選んだ勝ち方で」

 二度、三度と小さな爆発の音が響く。土埃や煙が邪魔してあまり姿は見えないけれど、掠れて震えた力ない声が、風に乗ってわたしとデクの耳にはっきりと届いた。

「それすら、敵わねえなんて――……嫌だ……!!」

 ――すぐ隣でわたしの肩に寄りかかっているデクと、目が合った。
 唇を歪めて、悔いるような顔をしている。向き合うわたしも、きっと今は酷い顔をしていることだろう。互いに同じ事・・・を考えているのだと、すぐにわかった。言葉は要らなかった。
 “個性”フルカウルを全身に纏ったデクが、わたしの肩から腕を解いて踵を返す。その背を押すように、彼の踏切に合わせて右手の磁力を――“反発”を託した。異変に気付いたオールマイトはすぐにわたしたちを止めようと振り返ったけれど、てっきりゲートに向かうと思っていたデクが自分の目の前に飛び込んできたことに虚を突かれたようで、身を強張らせた様子がわたしの目にも見て取れる。ひとっ飛びで一気に彼との距離を詰めたデクは、固く握った手を大きく振りかぶった。

「――どいてください、オールマイト」

 振り抜かれた拳がオールマイトの頬を思いきり殴り飛ばし、デクの倍もありそうな巨躯がよろめいて後方へ吹き飛ぶ。その隙を突いて素早く爆豪あいつの体を抱え上げたデクは、腰の痛みを堪えるように歯を食いしばりながら、待ち構えるわたしに向かって手を伸ばす。

「ほたるちゃん!」
「デク!」

 わたしも出来得る限りに腕を伸ばし――グローブ越しのデクの掌を、ようやくつかまえた。「そうは……、」と言いかけて言葉を切ったオールマイトの小さな咳を背後に聞きながら、デクと彼に抱えられたまま動かない爆豪あいつ、二人の体にS極みぎを纏わせる。

「――離さないでね!」

 火傷した掌で精一杯デクの手を握り込みながら、左手に持った捕縛布へ一気に熱を送り込んだ。地面との反発で浮いた体が急激に縮んだ布に引っ張られ、ゲートに向かって滑走するように引き寄せられる。
 焼けっぱなしの両の掌がじくじく痛んで仕方ないけれど、それもこれで最後だ。左腕を引くその力に身を任せ、ゲートが目と鼻の先に迫った辺りで捕縛布から手を離す。あとは勢い頼み、なるようになれ――ぎゅうと目を閉じ、頬を切る生温い夏の空気だけを感じながら歯を食いしばる。
 ――そして。

『緑谷・爆豪・南北チーム、条件達成。1年A組期末テスト、演習試験の全演習――終了!』

 スピーカーから流れる放送の声を聞きながらゲートの向こうまで滑り抜ける。程なくして地面に張ってあった磁力が途切れ、三人揃ってべしゃりと地面に崩れ落ちた。「ひぎっ」とデクの口から痛々しい悲鳴が漏れたけれど、生憎わたしにもすぐに気遣えるだけの余裕がない。気を失っているらしい爆豪あいつはぴくりとも動かないまま地面に突っ伏している。
 やがて息も絶え絶えの状態で何とか体を起こしたわたしは、腰を抑えてぷるぷる震えているデクの背中にそっと手を添えた。

「ごめ……、着地、考えとくべきだった……」
「だ……大っ、丈夫……お陰で追いつかれる前にゲート通れたし……」
「……通れたん、だよね?」
「うん……ボロボロだし、かなりギリギリだったけど――勝てたよ、三人で……!」

 傷の痛みに顔を歪めながら――けれど安心したように眦を和らげて、デクが背後のゲートを仰ぎ見た。ピカピカ光る電飾に縁取られた、デク曰く“なんか無駄に可愛い”門。校長先生の横に描かれた吹き出しの文字が、いつの間にか“がんばれ!!”から“よくぞ!!”に切り替わっている。それを目の当たりにしてようやく、さっきの放送も幻聴じゃなかったらしいと、実感のようなものがじわじわと芽生え始めた。

「(……勝てた、)」

 始まった時は色々あって葬式のような気分だったし、途中も何度か絶望しかけたけれど――最後の最後に、勝てたんだ。

 自覚した途端全身の力がじわりと抜けていく。ほっと息をついたその時、遠くから「人間ハ脆イ」「非効率的」とか何とかぼやく電子音声が聞こえてきた。ハンソーロボが駆けつけてきてくれたらしい。痛めた腰に鞭打って、気絶したままの爆豪あいつを真っ先に預けようとするデクを、慌てて制して叱りつける。

「バカ、腰やってんでしょ!?ダメ!わたしがやるから!!」
「で、でも、ほたるちゃんも両手とか背中とか……」
「わたしは軽傷!あんたら重症!ほら、担架乗って!」

 腰は急所だし、割と痛みに強いはずのデクが満足に動けないということは相当大変なことになっているはずだ。「でも……」と食い下がろうとするデクを無理やりロボたちに引き渡し、ぐったりしたまま動かない爆豪あいつの体を磁力で浮かせて持ち上げる。担架の上に横たえられたそのボロボロの寝顔を見たその時、ふと脳裏に先刻の爆炎が蘇った。

 “もう駄目かもしれない”。わたしがそう思ってしまったあの時も、爆豪こいつだけは足掻こうとした。体の無茶を押して、ついには自分の意地を曲げてまで。
 あの狼煙の一撃が“終わり”の言葉を跳ね除けてくれなかったら――きっとわたしは、立ち上がれなかった。

「……ありがとね」

 聞こえてなんかいないだろうけれど、うっかり聞かれようものなら「てめェのためじゃねえよ黙れカス」くらいのことは言われてしまいそうだし、これでいいのかもしれない。
 本当に、救けられてばっかだなあ。内心少し情けない思いで独り言ちたわたしの体を、ハンソーロボの担架が徐に下から掬い上げた。保健室の匂いがする布地に背中を預けると、ようやく心も体も休まったような気がして、全身をどっと疲労感が襲う。痛みより眠気と気怠さが勝って、次第に下がってくる瞼の重みを感じながら、わたしは深々と息を吐いた。

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