「(ロボって言うからには、多分金属でできてるよね……だったら動き封じるのはできるかも……でも壊すってなると……)」

 内心でぶつぶつと呟きながら人混みの中を前へ進む。周りにはいるのは性別も“個性”もさまざまな、全国から集まった同年代の学生たちだ。

 時間はあっという間に流れて2月26日午前――雄英高校の入学試験当日。今日に至るまで必死に勉強したり、“個性”の活用を練習したり、一足先に推薦で受けた筈のイナサがなぜか入学を蹴ったことに飛び上がって驚いたり、本当にいろいろなことがあったのだけれど、とにかくついにこの日がやって来てしまった。
 ガイダンスによれば、実技試験の内容は“仮想ヴィラン”――点数が振り分けられた三種のロボットを撃退して、より多くのヴィランポイントを稼ぐこと。わたしの磁力は金属を引きつけるから、やりようによってうまく立ち回れるはずだった。とりあえず地面にへばりつかせて、あとは反発を使いつつ殴る蹴るでなんとかするしかないか。周りにはいかにも攻撃的な意味で強そうな見た目の“個性”の人も多くいる。あんなのと互角に立ち回れるだろうか、流石に緊張するなあ。会場ゲートの前に立って辺りを見回していると、隣で肩の関節を伸ばして準備運動していた男子と目が合った。

「あ?」
「……げっ」

 向こうは何が気に障ったのか酷くドスの効いた声、こっちは予期しない遭遇に思わず口元が歪んだ。
 久しく見ていなかった顔――いや、今年度に入ってからはニュースでよく見かけた顔。お互い最後に顔を合わせた時からだいぶ成長したはずなのだけれど、爆発的なツンツン頭と吊り上がった真っ赤な瞳を見ればすぐにあいつ・・・だとわかる。
 約六年ぶりに会った幼馴染――爆豪勝己も目の前にいる相手が何者なのか気付いたようで、一瞬幽霊でも見たように目を見開いて固まった後、わたしの顔をきつく睨みつけた。手の指をポキポキ鳴らしているのはきっと準備運動の続きだろう。……だよね?そう思っておくことにする。

「……なんでてめェがここに……」
「……いや……雄英受けるから、だけど」
「ハッ!デクのお守りが偉くなったモンだな」
「……そういや見たよ、ヘドロのニュース。大変だったね」

 お守りとはまあ随分と言ってくれる。大体アレは幼馴染をいじめてた爆豪こいつが悪いんだ――相変わらずの、むしろかつてのそれより磨きがかかっている気さえする口の悪さに一言二言言ってやりたい気分にはなったけれど、試験前の大事な時間に売り言葉を買う必要はない。ふう、と胸のムカつきを息と共に吐き出してから、昨年春の大きな話題になった事件を思い出した。
 目の前のこいつは去年の春、身体を液状にできる“個性”を持ったヴィランに街中で乗っ取られかけるも、プロ顔負けの“爆破”の“個性”と並々ならない精神力で果敢に抵抗したとかで、一躍プチ有名人になったのだ。ネットニュースでその名前を見かけた時はわたしも仰天したし、同時に納得もした。確かに負けん気が強くて何でもできるあいつなら、ヴィラン相手に戦えてもおかしくないかも、と。
 わたしとしては一応労りのつもりでかけたその言葉をどう受け取ったのか、掌を握ったり開いたりしていたあいつの動きがぴたりと止まった。唇が不機嫌そうに力んで、低く絞り出されたような声が聞こえる。

大変・・、だァ……?」
「いや、大変だったでしょ?ヴィランに身体乗っ取られかけたんだから……」
「……つーか馴れ馴れしく話しかけてんじゃねえ。デクとは会場離れちまったが丁度いい、てめェをぶっ潰す」
「妨害行為は御法度ってマイクさん言ってたじゃ……」

 というか話しかけてきたのはどっちかと言えばそっちなんだけど、とは口にできないまま嗜めた瞬間、奴の手のひらがボンと爆ぜて煙が上がった。突然の爆音に周囲が騒然とする中、あいつはもうわたしの方は見ずに目の前のゲートを睨みつけている。どうやら“これ以上口を開くな”ということらしかった。な、なんて――、

「(なんて短気でクソ乱暴な……)」
『はいスタートォ!!』

 頭上遠くの方高台から響いてきた進行役のヒーロー――“プレゼント・マイク”の放送にわたしが振り返るより早く、隣で再度派手な爆煙が上がって、見ればいつの間にか開いていたゲートの向こうへ、掌から火を噴き出しながら飛んでいくあいつの後ろ姿があった。

『どーしたァ!実戦にカウントなんざねェんだよ!!』

 放送を背後に聞きながらわたしも周りも慌てて走る。前方では既に爆発と煙が上がっていた。驚くほど速い。昔っから何でも完璧にできていた爆豪あいつは、大きくなっても何でもできる人間のままのようだった。
 ぶっ潰すとか言われちゃったし、わたしだってこんなとこで負けてらんないし。なぜか入学を蹴って別の学校を受けることになったイナサにだって、「俺は入学しないけど心から応援してる!!頑張れ!!」と背中を押されてきたのだ。振り上げた手にも自然と力がこもる。

「行っくぞ……!」

 目の前に飛び出してきた1ポイントヴィランの前で地面を思いっきり叩くと、右手に触れたアスファルトにぴりりと赤い光が走り、引き寄せられて体勢を崩したロボが地面に倒れる。地面にへばりついて動けないロボットの盾のような装甲を強引にひっぺがして脆そうな首の辺りを叩きのめせば、黒煙を上げたそれをどうにか行動不能まで追い込めた。
 次いで現れた2ポイントヴィランに向かって、先程使ったばかりの装甲を構える。自分の胸のあたりをS極みぎてでタッチ、装甲も同じくタッチ。イメージは弓、あるいはパチンコだ。反発に抗いながら必死に装甲を抱き寄せて、ギリギリのところで一気に解き放つ。弾になって飛び出した鉄の塊がロボットの顔面を打ち砕いて、これでようやく3ポイント……、

「(きっつ……!しんど!!)」
「死ね!!」

 生まれて初めての“個性”を使った実戦に肩で息をするわたしの目の前で、身もふたもない罵声と共に大爆発が巻き起こる。考えるまでもなく爆豪あいつだ。遠慮も何もない爆破はとにかく派手で、火の粉と熱風に混じって砕けた鉄の塊までがあちらこちらへ飛び出す始末、周りのみんなが悲鳴を上げながら飛び退ったりしている。
 立ち止まったわたしの頭上を、一際大きな残骸が飛び越えて行った。思わず視線で追い掛けたその行き先がロボと人とが入り乱れる混戦地帯だということに気が付いて、慌てて地面を叩いて引き寄せる。びたりとアスファルトに張り付いて止まった鉄塊の後ろで、何やら明るい金髪がひょこひょこと跳ねるのが見えた。

「今のあっぶねー!潰されるとこだった!サンキュー彼女、試験終わったらお茶しよー!!」
「ど、どーも……」

 遠目で顔がよく見えないけれど何言ってるんだろうあの人。関わらんとこう。そそくさと踵を返して次のヴィランを探しに向かう。わたしの“個性”はそこまで戦闘向きじゃないから、破壊力のある人たちに比べると一体倒すのに時間がかかってしまう。とにかく駆けずり回って頑張らないとだ。














 叩いたり、蹴ったり、パチンコ式でぶっとばしたり、反発で飛ばして落としたりしながら走ること8分ほど。途中で力場の管理に思考を持っていかれてポイントを数え忘れてしまい、今自分が何ポイントなのか正直よくわからない。まあどっちにしろできるだけ獲るしかないから変わんないな!と開き直って走っていると、前方でかなり大きな土煙、同時に轟音と地震のような強い振動が会場全体を襲った。

「やばい、巨大ロボだ!」
「ステージギミックってあれか!?」
「でっか!!」
「デカすぎだろ!!」

 もうもうと立ち込めた土煙が晴れた先に、試験会場に立ち並ぶビルの高ささえ凌駕するほどの巨大なロボットが姿を現わすと、周囲で騒めきと悲鳴が起こる。かく言うわたしもドン引きで、その山のような規格外の巨体を呆然と見上げていた。
 倒してもポイントには加算されない0ポイントヴィラン。入試ガイダンスでは“上手く避けて通ることを推奨する”と言われていたロボットのはずなのだけれど、避ける避けない以前の問題というか――あれではまるで自然災害だ。おまけに頑張って立ち向かっても利益はないというのだからたちが悪い。
 周りの受験生たちが巨大ロボに背を向けて一斉に走り出した。前線で爆破を続けていた爆豪あいつも流石に分が悪いというか、あれに構っても効率が悪いと踏んだのか、勢いのよい逆噴射でその場から離脱してくる。わたしも踏み潰される前に逃げようと足を踏み出しかけたのだけれど――その時、巨体の麓で明るい金髪が揺れているのが、一瞬見えたような気がした。

「うェ……うェー……」
「(さっきのチャラ男……!)」

 遠目なうえに土煙も酷くてよくは見えないが、恐らくさっき遠くから声をかけてきた金髪の男子。彼が何事か呟きながらこちらへ走ってきているのが見えるのだけれど、どうにも様子がおかしい。みんな真っ直ぐ同じ方向へ逃げている中で、彼だけが右へ左へ酔っ払いのように足を彷徨わせながら、へろへろと頼りない動きで歩いているように見える。彼は――もしかしたら間に合わないかもしれない。咄嗟に足を止めかけたところで追い討ちをかけるように、路地裏から飛び出してきた2ポイントヴィランが彼の前に立ちふさがった。
 あ、やばい。たまらず走り出したわたしと、逆噴射で後退していた爆豪あいつがすれ違う。目を見開いてこっちを睨む赤い目と一瞬視線が交わったけれど、今はそれよりも。いつかと同じように手近な電柱を引っ叩き、同じく叩いた靴で思いっきり蹴り出した。

「どりゃぁぁぁぁ!!」

 と言っても横断歩道の時とは違って、間にロボットが挟まっているこの位置関係だと直接彼を救けることができない。だったらこのまま、当たって砕けろだ。とりあえず背中を丸めて頭だけは庇って、肩で当たりに行く感じで思いきり2ポイントヴィランを突き飛ばす。生身で鉄に当たれば当然痛い。歯を食いしばりながら耐えるわたしの耳が何やら間抜けな音声を拾った。

「うェーい!?」

 なんだ今の。もつれ込むように押し倒したロボットの上から急いで体を起こし、痛む肩を押さえながら彼の腕を引っ張る。

「行こう!早く――」
「うェ……うェ〜〜〜い……」
「ブッフォッ――じゃない、シャキッとして!ほら!!」

 腑抜けた顔で意味のない呻き声を上げる彼の頬をぺちぺち叩くと、しゃっきり――はしてくれなかったけれど、はっきり頷く様子が確認できたので、とりあえず一緒に走ることはできそうだ。不意打ちの変顔に込み上げる笑いを一生懸命堪えつつ、背後に巨大ロボの足音と2ポイントヴィランが立ち上がる音を聞きながら、頼りなく脱力した手を引いてとにかく足を動かす。
 他のみんなはとうに散り散りになって逃げてしまったようで、遠くでは試験終盤でもまだまだ元気らしい爆豪あいつの爆発も見えた。気管をぜえぜえ言わせながら走っているうちに、

『タイムアーップ!!試験終了ォー!!』

 終了のアナウンスが流れて、他の受験生たちがぞろぞろと開けた場所へ集まってくる。同時に稼働していたロボット達も停止したようで、後ろから迫って来ていた音が止んでいるのを確認したところでようやく足を止めることができた。こんなに死ぬ気で跳んだり走ったりしたのは人生で初めてのことかもしれない。生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えるふくらはぎをさすっていると、後ろ手に金髪くんを掴んだままだった手がぐいと引っ張られる。

「――っかー!死ぬかと思った!!」
「うわっ、人語」
「ごめんごめん、ちょっと張り切りすぎて脳みそショートしちまってさぁ。二度も助けられちゃったな〜、お礼に今晩メシどう?俺奢るから」
「よう喋るね……」
「てか肩!肩庇ってたじゃん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫だから……」

 突然人語を取り戻した上に機関銃のように喋りまくる彼の手から、そっと自分の手を引っこ抜きつつさり気なく距離を取って逃げるつもりが、再度捕まって今度は痛めた肩の辺りを心配気なツリ目が伺う。先程とはまるで別人のような顔立ちに思わずたじろいだ。どうなってるんだろう。しかも軽薄だ。もう一度手を引っこ抜きながら距離を取ろうとするわたしの視界の隅に、不機嫌そうな面持ちでこちらへ歩いてくる爆豪あいつの姿が映った。目が合うや否やドスの効いた罵声が飛んでくる。

「邪魔だどけカスども」
「カス!?ひどくね!?」
「弱えくせにまァた体張って善行か。てめェのそういうとこに虫酸が走んだよクソ」
「……ほっといてよ」

 こちらを見ないまま、わざわざわたしと金髪くんの間に割って入るようにズカズカと歩いていくあいつの横顔を睨みつける。もともと荒っぽい性格ではあったけれど、記憶の中にある彼にさらに輪を掛けた口の悪さ。隣で聞いていた金髪くんもその態度には度肝を抜かれたようで、やや引き気味に去りゆく背中を見送っていたのだけれど、ふと思い当たったように両手を叩いてわたしの顔を覗き込んだ。

「あいつ爆豪じゃね?ヘドロ事件の!なになに、知り合い!?」
「まあ……一応」
「あー、仲悪い系?」
「小学生のときにケンカ別れして以来よ」

 人生最大の大喧嘩――六年前の、わたしとしては未だにはっきりと思い出せるような出来事。とはいえ、向こうは喧嘩する前から口も態度もそれなりに悪かったし、当時のことを根に持っているからああなのか、それとも素で誰にでもああなのかどうかは正直よくわからないのだけれど。大股で出口の方へ向かう背中を眺めながら、ふと、試験開始前にあいつと交わした言葉を思い出す。
 “会場離れちまった”って言ってたけど――まさかね。「LINE交換しねぇ?」とぐいぐい来る金髪くんをあしらいながら、わたしはぼんやりと思い出していた。いつだってわたしの背後で泣きじゃくっていた、もう一人の幼馴染の小さな姿を。

前へ 次へ
戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -