『ヒーロー殺し・ステイン。本名、赤黒血染――』

 聞き覚えのあるナレーションが聞こえた。ここ数日の間に何度か見たし、テレビでもちらっと流れていた音声だ。顔を上げると、見知った金髪頭が手元にじっと見入りながら少し前を歩いている。
 いくら巷で話題騒然だからといって、通学中に“ヒーロー殺し”の動画をまじまじ観ているヒーロー科なんて褒められたものじゃない。さっと駆け寄ってわたしより若干高い位置にあるつむじの辺りに軽く手刀を落とすと、「いって!!」と情けない悲鳴が上がった。

「こら、朝から何ちゅーもん見てんの」
「いきなり殴ることなくね!?」
「そんなのよりエンデヴァーの動画見なよエンデヴァー!壁溶かして走ってんだよ、人間業じゃないよねマジで!」
「つか南北じゃねーか!おま、怪我とか大丈夫だった?」

 一週間ぶりに顔を合わせた上鳴くんは、振り返ってわたしの姿を認めるなり、打たれた頭を押さえたまま薄めの眉を下げて言う。わたしやイ――デク、飯田くん、轟くんが保須での事件に巻き込まれて“ヒーロー殺し”に遭遇したという話は、他所で職場体験に励んでいたクラスのみんなにも伝わっているらしい。もちろん倒したのはエンデヴァーで、わたしや他の三人は運悪く奴に出会って怪我を負ってしまった可哀想な子供ということになってはいるが。
 包帯の取れた腕を回し、空いた片手でほぼ完治した腹のあたりをぽんぽん叩くと――まあ彼はわたしがどこを負傷したのかなんてことは知らないのだけれど、“大丈夫”のメッセージはちゃんと伝わったようだった。安堵したように笑った上鳴くんは、隣に並んだわたしをちらりと横目に見ながら、ロックしたスマホをブレザーのポケットに滑り込ませて歩き出す。

「しっかしまァ、よりにもよって“ヒーロー殺し”に出くわすとか……おまえ割とすぐやべェ目に遭うよな」
「……やっぱそう思う?」
「緑谷には流石に負けっけど、その次くらいには頻繁にやらかしてるイメージ――ってちょい待て、それ」
「ん?」
「傷残ってんじゃん!」

 電話口でイナサに言われた言葉を思い出しながら何気なく後ろ頭を掻くと、上鳴くんは持ち上がったわたしの右手を指差して目を丸くした。ああ、そうだった。指された手の甲を顔の前に持ってくると、真ん中辺りにざっくりと入った傷跡が見える。
 傷は概ね綺麗に治ったのだけれど、表裏をそれぞれ思いっきりぶっ刺された右手だけはちょっとした跡が残ってしまった。幸い後遺症のようなものは無いので、ボロボロにされてしまった飯田くんの左手に比べれば全然マシな方――なのだけれど、わたしのこれをも数に入れて「ハンドクラッシャー……」と呟いていた轟くんの顔を思い出す。「もともと傷物だからあんま気にしないでね!へへへ!」とは流石に言えなかったなあ、空気が凍りそうで……。
 飯田くんもわたし達の怪我に責任を感じていたようだし、隠すことも少しは考えたのだけれど、“個性”の関係上掌を覆ってしまうのは望ましくない。それに、身の丈に合わない無茶をして負った傷の一つだから――飯田くんやデクと同じ、戒めってやつだ。「残っちゃったんだよね」と苦笑いしながら手をひらつかせると、上鳴くんはさっきまでのチャラい元気を萎ませて、少し気圧されたように息を呑んだ。

「やべェ目に遭ったのはわかってたつもりだったけど、そういうの見ると改めて……おまえらマジ大変だったんだな」
「ほんとだよ、死ぬかと思った!めっちゃ痛かったし」
「……」

 職場体験が――わたしの場合はフライさん担当ヒーローが負傷してしまったので四日目で強制終了してしまったのだけれど――終わってから登校日きょうまで、あの夜のことは何度も夢に見た。わたしたちの命を摘み取るために振るわれる刃。度々目前まで迫ったナイフの切っ先。そして、最後の最後に見せつけられた、“ヒーロー殺し”の狂気的な執着。
 路地を抜け出して通りに出た後、奴は折れた肋が肺に刺さった状態で拘束を解き、デクを攫おうとした手負いの脳無らしきヴィランを躊躇なく抉り殺した。真のヒーローオールマイト を崇拝する奴にとって、力を徒らに振りかざすヴィランもまた、奴の言う贋物にせものと同様に粛清すべき対象だからだ。異様な覇気に圧されてみんなして腰を抜かしたあの夜は、男子三人もあまり眠れなかったって言ってたっけ。USJの時も死に対する恐怖は何度か感じたけれど、誰かの狂気に心の底から恐れを抱いたのは生まれて初めてのことかもしれなかった。
 それに、戦いの最中は完全にハイで必死だったから動けていたけれど、合流したプロと一緒に救急車を待ち始めたあたりからはもう身体中痛くて痛くて大変だったのだ。今はもう塞がった腹の傷をさすりながら溜息を吐くと――上鳴くんは、何か妙なものでも見るような、不思議そうな目でわたしを見下ろす。そこは当たり障りなく労ってくれるところじゃないんかい。意図が汲めずに見つめ返すと、彼は慌てて口角を持ち上げながら、けれどやっぱり少し驚いたような口ぶりで言った。

「あ、いや……なんか雰囲気変わった?」
「へ?」
「だって……だいじょぶーとか、ごめんてーとか、そんな事しか言わねェ奴だったじゃん、おまえ」
「はあ……?」
「初めて会ったときからさ、痛いとか辛いとか絶対ぜってー言わなかったもん。何よ、心境の変化?」

 言われてみれば……そうだっただろうか。首を傾げるわたしの前で、上鳴くんは何かを示すように自分の左肩をポンポンと叩く。それを見て、わたしはようやく彼と初めて会ったときの――雄英高校の入試実技のことを思い出した。2ポイントヴィランに突進して肩を痛めたんだっけ。大した怪我でも無かったし、あの後すぐ会場にやってきたリカバリーガールに治癒して貰って事なきを得たのだけれど、確かにあの時もやたらとぐいぐい来る上鳴くんに若干引きながら「大丈夫」と口走った覚えがある。
 彼の言う通り“心境の変化”なのかもしれない。今までは当然のようにやり過ごせていたはずのあれこれが、路地裏での一連の出来事を経て、ふとした瞬間ぽろりとこぼれ落ちてしまったような、感覚。まずい・・・。なぜかそんな思いが過って、咄嗟に口元を押さえる。

「……ごめん」
「えっ――いや、謝る必要なんかねーよ!そう言う意味じゃなくてさ、むしろ嬉しいっつーか」
「……へ?」
「おまえのそういうとこ、何か水くせぇなってずっと思ってたからさ。 それこそ入試ン時も、俺ああ見えてマジで心配してたのに……割と軽ーく誤魔化されてたなって」
「そ、そんなこと……」

 ないよ、と言いかける間にも、無意識に愛想笑いの形に持ち上がりかけていた口角に気付いて、思わず顔が引きつった。
 心配してもらえること自体は嬉しいのだけれど、弱みを曝け出すのは昔から苦手だった。わたしが“大丈夫”じゃないと、お母さんも大丈夫じゃなくなってしまうから。苦しい気持ちを口に出した瞬間、全てに耐えられなくなってしまうだろうとわかっていたから。
 光が強く照るほど影が色濃くなるように、周りに心配されるほど自分の弱いところがくっきりと浮き彫りになっていく。笑って“大丈夫”と口にするのは、光を少しでも弱めて、自分をまた“大丈夫”にするための、いわば儀式だ。そんな小さな頃のおまじないを、わたしはこの歳になっても引きずっているらしい。薄々分かってはいたのだけれど――これも大嫌いな父親が置いていった負の遺産だ。相も変わらず心の底にあいつの影を飼っている自分に嫌気が差して、ついつい溜息が漏れた。

「そんなことも……まあ、あったかなあ……」
「あった!体育祭明けもそうだったし、あと爆豪ん時――んー、まあアレはどっちかってーと落ち込んでるっぽかったけど」
「ば……爆豪の時?」
「いやホラ、おまえが轟じゃなくて爆豪のこと好きとかどうとかって……」
「ゴフッゴホッゲホッ」
「うお!?」

 噎せた拍子に踏み出していた足首をかくっとやってしまったわたしの腕を、上鳴くんが慌てて掴んで引き止める。お陰で地面に激突するのは避けられたものの、勢いでわたしのスクールバッグのポケットからスマホが飛び出して、カコンと軽い音を立てながら歩道の上に転がり落ちた。咄嗟に体を支えようと突き出していた手が画面を押してしまって、パッと明るくなったロック画面に、何だかんだ喜びのままに壁紙設定していたエンデヴァーとわたしの奇妙なツーショットが映し出され――途端にあの日の会話が脳裏に蘇り、また変な所に息が入って噎せ返る。負の連鎖だ。片腕を掴まれたまましゃがみこんで咳き込むわたしの背をぽんぽん摩りながら、上鳴くんはおろおろと謝罪した。

「どうした!?……あっ、いや、うん、何か悪かった!とりあえず落ち着け!」
「ゲフッゴホッ――ば、ばか……バ上鳴……!!」
「酷くね!?」
「あ、あんた、聞いてたんでしょ!?わたしちゃんと言ったよね、違うっ……ゲホッ」
「あー、あーうん、そうだな……!わかったわかった、どうどう」

 せっかく三日ほどを費やして必死に飲み込んだっていうのに、またごちゃごちゃもやもやとしたものが喉の奥からせり上がってきてしまった。思いっきり非難を込めて睨みつけたつもりが、引き続き背をさすってくれている上鳴くん――いやもう上鳴でいいか。上鳴の声はどこか生暖かい。
 何せ男子の中では峰田くんに次ぐ脳内ドピンク野郎だ。本人も日常的にナンパ(しては振られる)を繰り返しているし、惚れた腫れたの騒ぎに割と首を突っ込みたがるたちなのも知っている。食堂で聞き耳を立てられていた時は見逃してしまったけれど、そんなんじゃないのだと、今度こそははっきり釘を刺しておかないと。まだ違和感のある喉に何とか息を流し込んで、わたしは口を開いた。

「わかってない……!あいつ……ゲホッ、爆豪あいつは、わたしのこと……嫌いなの!そんなにおも……ゴホッ、面白い話じゃ、ないの……!」

 その、はずだ。少なくともそう信じていた。遠い昔、強く拒絶されてしまったあの日からずっと。
 息も絶え絶えに言葉を絞り出すと、背中をさすっていた上鳴の手がぴたりと止まった。ようやく落ち着いてきた喉の調子を咳払いで整えながら視線を遣ると、見上げた彼の顔はぽかんと呆けたようにわたしを見つめ返す。次いで降ってきたのは――深い、とてつもなく深い、マリアナ海溝より深そうな溜息。えっ、何その反応は。また生暖かい謝罪が返ってくるのでは、などと勝手に予感していたわたしは面食らって言葉に詰まってしまった。長い嘆息の後、上鳴はどこか呆れたような、それでいて寂しそうな何とも言えない瞳をそっぽに向けて、ぼそりと呟く。

「何で自分の話しねーの、おまえら」

 何を意味する言葉なのか、わたしにはわからなかった。何をもって“自分の話”とするのかも、誰と括って“おまえら”などと称したのかも。わたしの言葉の何が彼にそんなもどかしそうな顔をさせたのかも、よくわからない。が、真意を問い質そうとわたしが思い至るよりも早く、疑問や逡巡を遮るように、聞き覚えのある大きな声が背後の方から飛んできた。

「上鳴くん!南北くん!そんな所でどうした、何かあったのかい!?」
「おお、委員長――と轟と緑谷!はよー、おまえらも怪我大丈夫だったか!?」
「ああ、俺は――じゃなくて、道端にしゃがみ込んでどうしたんだ!具合でも悪くなったのか?」
「噎せてんのか」
「僕、スポーツドリンクなら持ってるよ!」
「だ、だいじょうぶ」
「あっ、ちゃんと未開封のやつ……」
「大丈夫なの!!何でもないです!!」

 その辺でたまたま会ったのだろうか、三人一緒に登校していたらしい飯田くん達が、朝っぱらから盛大に咳き込んでいるわたしの周りにわらわらと集まってきた。こうなるとさっきまでの話は一刻も早く打ち切ってしまいたい。野次馬根性丸出しでわたしのプライバシーを探っていた上鳴と違って、彼らは食堂での女子トーク云々なんて少しも知らない筈なのだから。
 ごそごそとリュックを漁り始めたデクを遮って立ち上がると、三人はきょとんと瞬きを繰り返した後、互いに顔を見合わせていた。苦し紛れに発した言葉は“儀式”と同じ言葉のはずなのに、全然笑えないしちっとも“大丈夫”にならない。自分でも訳がわからないくらい動揺してしまう。だから嫌なんだ、この話題は。そんなわたしの心中を知らないデクは、引っ張り出しかけたペットボトルを仕舞い直しながら、ただただ気遣わしげに眉を下げた。

「ほたるちゃ――じゃない、南北さん!かなり咳き込んでたみたいだけど……お腹の傷はもう平気なの?」
「あ、うん、ほぼ完治。イズ――じゃなくてデク!デクは足平気?」
「……何これ?」
「うん。俺にもよくわからないが、南北くんなりのけじめ・・・というやつらしい」
「緑谷の方はいつも通りだけどな」

 互いに幼い頃のあだ名を口走っては正すわたし達を見て、わたしの手を離して立ち上がった上鳴は困惑気味に首を傾げた。
 飯田くんの言う通り、これはわたしなりのけじめのつもり。より強い自分に変わっていくんだという決意と、身勝手で弱っちい自分との決別――だったのだけれど、生まれてからつい最近まで呼び続けていた名前は思いのほかしっかりと唇に染み付いていたようで、いざ口を開くとこの有様だ。
 入院中、遊びに行った男子組の病室で同じようなやり取りをした際、「君たちお互いにそんな感じになるのか……」「呼びやすいように呼んでもいいんじゃねえか、特に緑谷」と二人にも困惑されたものだった。これじゃあもうイズの――デクのことも揶揄からかえない。気をつけないとむしろ瀬呂くん辺りにイジられてしまう。

「――むっ、もう予鈴15分前だぞ!急がなければ!」
「南北、もう大丈夫か」
「う、うん」
「そうか。一応病み上がりなんだし、調子悪いならちゃんと保健室行っとけよ」
「……そだね。ありがと」

 きびきびと歩き出した飯田くんを追いながらこちらを振り返って気遣ってくれる轟くんの言葉に、あれやこれやと乱れっぱなしだった心がほんの少し落ち着きを取り戻した。
 不思議なことに、轟くんの言葉は、意地とか悩みとかそういうものをすり抜けて、わたしの心の中にするりと入ってくる。縁側で語らったあの夜も、路地裏での戦いの最中さなかも、言われたこと、それに動かされた自分自身の気持ちまで、全部素直に受け止められてしまう。心の弱いところをこじ開けずに、雪解け水のように静かに染み込んでくるから、突っぱねる気が起きない。多分よく似た痛みを、幼い日のきずを分かち合った――なんて言うと大げさなのかもしれないけれど、そういう仲だからだ。
 へへ、と笑って答えると、彼はいつものクールな表情を崩さないまま、小さく頷いて前を向いた。その後ろをさらに追うように歩き出したデクとも目が合って、なんだか嬉しそうに微笑まれてしまう。彼の考えていることは何となくわかる。たぶん、わたしが素直に頷いたのを喜ばしく思っているんだろう。
 妙に照れ臭い気分になって嘆息しながら足を進めようとしたその時、じっとわたし達の様子を見守っていた上鳴が、わたしの袖の辺りをつまんで軽く引いた。隣を振り向くと、神妙な雰囲気の琥珀色の瞳と視線がかち合う。

「なあ」
「ん?」
「ずっとこのまんまでいいの?」

 簡素な言葉だったけれど、彼が何を言わんとしているのか、今度は何となくわかる。こいつはどうしてもわたしと爆豪あいつのことをどうにかしたくて堪らないらしい。
 しつこいなあ。握られた袖口を振り払いかけて――でも、できなかった。こちらを見つめるその目が、いつものチャラくてアホい上鳴のそれとはまるで別人のように真剣そのものだったのと――不思議なことに、その言葉をいつものようににべもなく突っぱねることができなかったからだ。
 轟くんのせいかもしれない。彼の言葉が染み込んでいったところから、水を電気が伝うように、上鳴の言葉まで染みて入り込んでくる。いいんだよ、今のままで――全部昔のこと、子供の頃のこと、喧嘩一つで何もかも終わってしまった関係なんだから。そうやって払いのけてしまえればよかったのに。

「……わかんない」

 わからないんだ。あいつが何を考えているのかも、わたしがどうしたいのかも、何も。わからないよ。あの日わたしを救けたのがあいつなんだって言われても、あいつが何をしたのかも、どうしてそんなことをしたのかも、だったら何であんなに嫌われてしまったのかも、全然わからなくて困ってるんだよ。
 その気持ちが、たった一言になって口からぽろりとこぼれ出て、前を行く三人の話し声に紛れて消えていく。困り果てたような、途方に暮れたような声が出てしまったせいで、わたし自身急に心細くなって、そっと視線を逸らしながら口を閉ざすことしかできない。すると上鳴は、つまんでいた袖を放したその手で、わたしの背中をぽんと叩いた。

「もうこの際好きとかそういうのは一旦置いといてさ、とにかく仲直りすべきだと思うんだよ、おまえら!」
「は、はあ……」
「お節介かもだけどほっとけねェの!何だかんだ入試からの付き合いだろ、俺ら――わかんねェならちゃんと友達ダチに相談しろよ。そういうとこが水くせェんだって」

 不満げに唇を尖らせながら上鳴は言う。殆ど黙って聞いていたわたしの胸に、いつかの路地裏で感じたのと似たような、ふんわりとした気持ちが広がっていくのが分かった。あの時はよく分からないまま、戸惑いがちに流してしまっていたけれど――何だか、わかったような気がする。
 頼っていいと言われるのは、嬉しい。悩みや痛みを分かち合いたいと、面と向かって言ってもらえるのは、すごく幸せなことだ。この暖かくてふわついた感情は、きっとそれだった。
 やっぱり、上鳴の言葉は轟くんやデクのそれと少し似ている。わたしが何を考えているのかなんて関係無く、ごく自然にわたしと同じ線の上・・・に立とうとしてくれる――いつの間にか、当たり前のように対等な場所に立ってくれる友達。嬉しくて、何だか少しくすぐったい。

「……ありがと。嬉しいや、ほんとに」

 貼り付けたような取り繕いの笑顔ではなくて、今度は自然と頬が緩む。お節介じゃないとは言い切れないけれど、その無遠慮さが今は何となく心地よい。へへ、と笑って礼を言うと、上鳴は驚きの瞬きを繰り返した後、少し照れたように視線を彷徨わせながら頬を掻いた。
 ちょうどそのタイミングで、前の方から「二人とも、立ち止まってないで急ぎたまえ!」と飯田くんの声が飛んできた。確かに、時間に余裕が無いわけではないけれど、いつまでも悠長に立ち話をしている暇もない。揃って歩き出しながらちらりと隣を伺うと、上鳴はまだ照れているのか、何とも言えない表情で固まったままの顔を片手でぱたぱた仰いでいる。その様が面白くて、ついつい意地悪な言葉が口を衝いた。

「でも上鳴は口軽そうだからやめとく」
「えぇ!?」

前へ 次へ
戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -