「いつの間に轟とそんなことになってたのー!絡みほとんど無くない!?」
「最初のヒーロー基礎学の時に敵チームだったけど、そんくらいだよね?もしかしてその時から……!?」
「全っ然気づかんかったー……」

 飯田くんのことも気になっていたし、何より昼休みはイズにカツ丼を奢る予定でいたのだけれど、女子三人がかりで引っ張られては抗えるはずもない。ポテサラ定食をちびちび口に運ぶわたしの向かい側で興奮しっぱなしのミナちゃんと葉隠ちゃん、それに二人から事情を聞いてすっかりその気になってしまったお茶子ちゃん。実行犯はこの三人だが、わたしと同じ列にはちゃっかりしっかり残りの女子三人も腰掛けていて、実質六人に完全包囲されている状況だ。
 そしてわたしの右隣、比較的クールな態度でパンを齧っている耳郎じろちゃんのそのまた隣には、なぜかナチュラルに上鳴くんが混ざっている。女の園感溢れるテーブルにどう見ても溶け込めていないチャラ男にちらりと視線をやると、「あ、気にしないで!俺ただのテーサツ係!」などとなんの弁明にもなっていない言葉が飛んできた。そこでようやく彼の存在に気付いたらしいミナちゃんがシッシッと片手を払う。

「男子禁制!」
「えー!?ケチ臭いこと言いっこなしだろー!」
「ケチとかじゃないの、女子トークなの!」
「デリカシーを持て」

 葉隠ちゃんにも見えない両手で追い払われた挙句、とどめにそれまで静観していた耳郎じろちゃんのピンジャック。ぶすりと刺された上鳴くんは敢えなく退散したのだけれど、少しするとわたしの正面、ミナちゃんたちが座っているベンチ席の後ろ側にひょこりと金髪が覗いた。どうせ聞き耳立ててんだろうなあ、懲りないやつめ。まあ聞かれて困る話をするつもりもないし、別にわたしは構わないんだけども。気を取り直して、とでも言わんばかりに期待に満ちた目でこっちを見るミナちゃんには申し訳なく思いつつ、ただ首を横に振り続けるより他にない。

「だから無いんだって、そういうの」
「ほんとぉ?少しも?」
「うん。向こうもそう」
「少しも気がないのに家に泊めたり泊まったりするわけ!?」
「するっていうか、したんだもん……」

 さっきからずっとこの調子だ。早く食べないと冷めちゃうよ、とミナちゃんのトレイに乗っているスープを眺めながら、何度目かわからないやりとりをもう一度繰り返す。何と言われようと何もないものはないし、第一あそこは“轟くんの実家”というか“エンデヴァーの自宅”だし、あの日のわたしはただの家出娘だ。できるものなら、冬美さんとの間にあった「その子彼女なの!?」「いえまったく」「違う」という一連のやり取りをみんなに見せてやりたかった。

「違うんだよほんと、みんなが期待してるような面白い感じじゃなくて……良くない方面でシンパシー感じちゃった結果っていうか」
「えー……なーんだ、つまんないなぁ」
「悪かったね……!」
「あー、でも何か安心してしまった、私!」

 頬杖をついてぼやくミナちゃんの横で、お味噌汁を啜っていたお茶子ちゃんがうららかに笑う。安心ってなんだ?まさかお茶子ちゃんは轟くんのこと――などとあらぬ方向に飛びかけたわたしの思考を、彼女の次の一言が容赦なく撃墜していった。

「だって火照ちゃん、てっきり爆豪くんのこと好きなんだと思ってたから!」

 から、と乾いた音を立てて箸が滑り落ちた。床に落ちかけたそれを隣に座っていた梅雨ちゃんの舌が素早く受け止めたのだけれど、流石に舌で触ってしまった箸はまずいと思ったようで、「ごめんなさいね、今新しいのを取ってくるわ」といつも通りの冷静なカエル声が遠ざかっていく。目の前ではミナちゃんが、あと見えないけど多分葉隠ちゃんも、ついでに両隣に見える他のみんなも目を丸くしてこっちを見つめていて、気のせいで無ければ反対側の椅子の向こうに見え隠れしていた金髪頭もわずかに跳ねた。少しすると戻ってきた梅雨ちゃんが、新しいお箸を微動だにしないわたしの手に差し込んでくれて、その辺りでようやく軋んで止まった思考の歯車がぎこちなく動き出す。さっきまで轟くん一色の会話だったっていうのに、急にあらぬ名前が出てきたから少し動揺したというか、呆気に取られた。声を出そうとすると、からからに乾いた喉がひゅうと音を立てる。

「な、んで、そこで、かっちゃんが――」
かっちゃん・・・・・!」
「……!」
「……え、マジ?」

 にんまり笑ったお茶子ちゃんの言葉に思わず口を覆った。その単語を音としてこの口から発したのは何年振りだろう。向こうはクソ呼ばわりしてくるし、こっちとしてもなんだかんだ喧嘩別れだのなんだのの尾を引いてずっと封じ込めていた呼び名だった。呆然とわたしの顔を見る耳郎じろちゃんに向かってぶんぶんと首を振る。違う違う、違う。そんなんじゃないったらない。変な汗を額に感じながら必死に否定の意味を込めてジェスチャーしたのだけれど、彼女は半笑いでこう言ってのけた。

「マジかぁ……もしかしたら爆豪の方はそう・・かもって思ってたけど、こっちもとは」
「は!?待ってどこが!?」
「体育祭中とか割と、ねえ?」
「うんうん。なんかこう、素直になれないオーラがにじみ出とるよ、お互いに」

 お茶子ちゃんの首がバネでも付いてるみたいにこくこくと縦に揺れた。どうしてこう、好き勝手ピンクい方向に話が進んでいくんだろう。呆れ顔でお上品なお弁当を口に運んでいる八百万やおちゃんと、あまり深く突っ込む気はないらしい梅雨ちゃん以外はすっかり色めき立ってしまっている。
 違う、そんなんじゃないんだ。好きかと言われれば頷けないし、かといって嫌いかと言われれば首を横に振らざるを得ないけれど。箸を握り込んだままの手で胸元をさする。みんなはあいつとわたしがどんな風に喧嘩して、どんな風に別れたのか知らないからそんな風に見えるんだ。なんと言うかもう、好きとか嫌いとかの一言で片付く感情じゃないんだよ。

「……いっそのこと、そういうのだったら楽なのにね」

 惚れた腫れたで済む問題なら、まだ整理のつけようもあったのに。入学このかた、わたしは爆豪あいつとの間の距離をずっと測りあぐねている。以前の――うんと小さかった頃のような関係には多分戻れないし、かといってこれからどう向き合っていいのかもいまいちよくわからなくて、名前の一つも呼べないまま、お茶を濁すように当たり障りなく絡んでばかりだ。向こうだって罵ったり殴ったり蹴ったりそんなのばっかりだし。はあ、と溜息を溢したわたしを前に、みんなは各々顔を見合わせて、何だか哀れむように優しく眉尻を下げた。

「なんかゴメンね、騒ぎすぎたかも」
「思った以上に拗れてるんだね……」
「まあアレだ、元気出しなよ。ウチのチョコあげるから」
「……どーも」

 後で耳郎じろちゃんが言うには、露骨に落ち込んだ顔を見せるわたしが珍しくて、地雷踏んじゃったみたいで本当に申し訳ない、などと思っていたのだそうだ。もらったチョコレートの包みをそっと盆の上に置いてそれ以上喋る気力を失ってしまったわたしを気遣うように、ミナちゃんがぱっと手を上げて話題を変えた。

「そいや、南北ヒーローネームどうすんの?結局決まってなかったみたいだけど!」
「んー……なんかこう、新“個性”的にピンと来るのが思いつかなくて。職場体験までにはちゃんと決めるつもりだけど」

 先の授業前、相澤先生に配らされたフリップとペンは、ヒーロー情報学の授業でわたしたちの仮ヒーローネームを考案するための道具だった。
 体育祭も終わり、もうすぐ職場体験が迫っているのだけれど、体験とはいえヒーロー事務所の一員に加わる以上、名乗る名前が必要になってくる。中には平然と自分の本名をそのままヒーローネームにしてしまう人や、今まで好きじゃなかったあだ名を敢えて名乗ることにした子、あと「そういうのは良くないわね」と査定係のミッドナイト先生に却下されて決まらなかったやつなんかも居て、わたしはといえば結局一つもひねり出せないまま授業が終わってしまったクチだ。
 一応ヒーローを志している訳で、他の子のように幼い頃から色々考えていた名前もあるにはあったのだけれど――新しくなってしまった自分の“個性”のことを思うと、磁力だけに重点を置いたそれらがどうもしっくり来ない。職場体験がいつから始まるのか正確な所はわからないが、「早めに決めとけよ」と釘を刺されてしまって正直焦っているところだった。
 わたしの言い回しが気になったようで、耳郎ちゃんが紙パックのジュースを吸いながら首を傾げた。

「そういえば、あの試合の時のアンタの“個性”、なんか変だったよね」
「あー、あれねえ、なんか今まで無いと思ってた“個性”が混ざってたみたいなんだよね」
「なにそれ、どゆこと?」

 つらつらとこの休みの間に受けた診断テストのことを語りながら、ようやく浮ついた話題からみんなの気が完全に逸れたことに内心安堵の息を吐いた。ほんと照れ隠しでもなんでもなくて、そもそもわたし達はヒーローになるために入学式もガイダンスもスキップするような人の元で勉強してる身分なのだ。そんな華やかな話題にかまけている余裕は無いし、轟くんに至ってはド重い事情が後ろに控えているのだから、そんな話に巻き込むのは些か失礼な気さえする。
 と、そんなことをずっと考え続けているのもある種の言い訳のように思えてしまって、定食の皿が空になってもわたしの心には重苦しいもやもやが立ち込め続けていた。それに正直わたしだって、ここにいる女子の誰かに色恋沙汰の影がちらついたりしたらついつい騒ぎ立ててしまうかもしれないし、あんまり強くは責められない。ああ、青春ってのはままならないなあ。
















「――だってさ、爆豪!」

 嬉々として報告したものの、目の前のツンツン頭は何かしらの反応を見せるどころか、いかにも辛そうな色の麻婆豆腐を掻き込むばかりで視線さえ寄越さない。ムシだこれ、完全無視。せっかく耳郎に刺される危険を冒してまでテーサツしてきたっていうのに。上鳴電気は机をバンバン叩いて一生懸命彼の気を引こうと試みた。

「何とか言えよー!南北は轟と何もなくて、むしろおまえに気があるんじゃね説!」
「知るかボケ」
「おまえマジで言ってんの!?俺の勘だけどあれ多分脈ありよ?」
「まあまあ、ダチとはいえ他人の事情に首突っ込み過ぎんのもよくねえって」

 爆豪の横で丼を頬張る切島に宥められ、ヒリヒリと痛む手を力なく食卓へ投げ出す。振り返れば通路の反対側、少し遠い位置に集まっているA組の女子連中。遠目に見ても芦戸のテンションが低そうなので、もう恋愛沙汰の話は終わってしまったらしい。
 まあ、興味本位で首を突っ込んでいるだけだろうと言われてしまえば、それも間違いではない。性格に難がありすぎる、峰田なんかとはまた違う意味で色恋に縁のなさそうな同級生。その幼馴染の一人だという、基本は友好的だというのに彼相手に限って喧嘩の絶えない女子。これで何もないってウソだろ、などと思いながら密かに観察していた矢先に今朝の騒動、こそこそ嗅ぎ回ってみれば先の麗日が落とした爆弾発言だ。これがヤブヘビ――いや、タナボタ?まあどっちでもいいか。とにかく、俄かに騒然とした教室の中で、前方の虚空を睨みつけたまま押し黙っていたこの男の姿を、何となく見逃すことができなかっただけ。

 何はともあれもったいない・・・・・・、と上鳴は思ってしまう。入学してまだ一、二ヶ月、付き合いこそ短いものの、その短い間にでさえ、二人の間に時々流れる微妙な空気を嗅ぎ取ることができてしまったからだ。分け隔てなく暴力的なことには違いないが、爆豪はあの子によく構う。体育祭の間はそれが特に顕著だった。他の試合は全部二列目、それこそ上鳴の隣に座って黙って観ていたこの男が、彼女の時に限って前に飛び出していったのは忘れられよう筈もない。そもそも思い返せば入学前、入試の時だって、わざわざ人のナンパを遮るように絡んでいったのは他でもないこいつだ。あの子だって、たった一人先に帰ってしまった爆豪を追って教室を飛び出していったこともあった。恋愛脳と言われればそれまでだが、考えれば考えるほど勘繰ってしまう。

「だってよぉ、おまえアレ……ちょっとアプローチすれば普通にいけんじゃね?いいんかそんなで?」
「しつけェんだよ。黙れアホ面」
「素直になっとかねーとさァ、今は何ともなくても今後轟とどうにかなっちまうかもだろ」
「勝手になってろ」
「だァーもう!!爆豪ー!!」
「もうその辺にしとけって……」

 自分だったら絶対行くのに!もどかしさをぶち撒けた上鳴を切島がもう一度嗜めようとしたその時、ごん、と鈍い陶器の音が響いた。爆豪が空になった皿を乱暴に置いた音だった。汚れた蓮華をその上に放って、赤く鋭い目が真っ直ぐに正面の相手を射抜く。そこに浮かぶのはいつもの激情ではなくて、ひりつくような冷たい顔つきに、上鳴は自分の背筋が意図せず伸びていくのを感じて口を閉ざした。

「ねーよ」

 挨拶がわりの罵詈雑言は別として、もともと物事を要点だけ、端的に話すきらいのある男だが、その時は端的すぎて意味するところがすぐには分からなかった。ねーよってなんだ。やっぱ全部勘違いで、こいつはあの子のこと何とも思ってねえのかな。それとも轟とあの子がどうこうなるのはありえねーって話?気圧されながら思案する上鳴から、爆豪は不意に目を逸らした。斜め下に落ちた視線はどこを見るでもなく、まるで遠い思い出を掘り起こしているかのようで。

「あのクソ女が俺にどうこうとか、ありえねんだよ。どいつもこいつも知らねェ癖に変な気回してんな、うざってえ」

 吐き捨てて、空の食器を持ち上げた爆豪はさっさと立ち上がる。切島が慌てて丼の残りを掻き込み、「ちょ、置いてくなよ!」と呼び止めながら後に続いた。一人残された上鳴の胸中に一抹の後悔が残る。
 “知らねェ癖に”。
 確かに高校以前の彼らについては、元々は幼馴染の間柄で、小さい頃に喧嘩別れしたらしいということを小耳に挟んだ以外は何も知らなかった。目の前の色恋沙汰についつい熱が入ってしまったが、先程の冷ややかな目を見ると、少し不躾に踏み込みすぎたのかもしれないとも思ってしまう。けれど。

「――じゃあおまえはどうなんだっつーの……」

 何だかやるせなくて、背もたれに身を預けたままずるりと項垂れた。“知るか”とか“勝手になってろ”とか言っても、そんな感じの表情かおしてっと一個も説得力ないんだっての。
 あんなに冷たく素っ気ない言葉だったというのに、俯いたあの目はまるで不貞腐れた子供のようだ。ありゃ絶対なんかあるぞ。

 納得いかないまま天を仰いで溜息を吐くと、目の前にひょっこりと南北の顔が飛び出してきた。一瞬固まって、慌ててそっと口元を抑える。あぶねー、心臓飛び出すかと思った。タイムリーかよ。首を傾げる南北の手には空の食器が載ったトレイ、その背後にも食事を済ませたらしい女子達が、不審がるようにこちらへ視線を向けながら通り過ぎて行くのが見えた。

「溜息ついてたね?珍しく」
「ん!?いや、まあ俺だってナーバスになる時くらいあるし……普段とのギャップ的な?そこがいいっしょ?」
「ぶっ……ふふ、よくわかんないけど」

 早鐘を打つ心臓を必死に抑える。いや待て席は十分離れていたし、まさかさっきまでの会話が聞こえていたはずもない。耳郎が聞き耳を立てていたのならわからないが――彼女はこちらになんの感慨もない風な一瞥をくれてからさっさと通り過ぎてしまったので、仮に聞かれていても本人にまで漏れている訳ではないだろう。大丈夫。ついいつもの調子で口を滑らせながら親指を立てて見せると、南北は少し噴き出した後、にんまりと意地の悪い笑みを顔いっぱいに浮かべて言った。

他人ひとのプライバシーに面白がって首突っ込むから罰当たんだよ。今後は盗み聞きとかしないでよねー」

 けらけらと笑いながら、冗談めかした口ぶりだったし、実際冗談だったのだろう。だって彼女には何も聞こえていなかったはずで、多分先程の女子の集まりの後ろでこそこそ聞き耳を立てていたことを指して言ったもので。だが、それを聞くなり上鳴は一気に脱力してしまった。背もたれにのしかかっていた背中がずるずる落ちて、ベンチ席へ横たわる形になってしまう。見上げた先の南北も突然のことに驚いた――というか、自分の発言が上鳴の柔らかくなっていた部分を刺してしまったことに気付いたようで、「だ、大丈夫?ごめん、怒ってないよ?」と早口にまくし立てていた。
 いえいえ、俺が悪うございました!珍しく気を遣ったつもりが両方に“余計なことすんな”と言われてしまうとは、これこそ本当のヤブヘビだ。ああもう、何でこんな拗れてんだこいつらは!

「くそー!ままならねーな、青春!」
「……そうだねえ」

 神妙に頷いた南北の声が印象的だった。余計なお世話なのかもしれない。それでもやはり、「行儀悪いよ」と引っ張り起こされるまで頭上に見えていた彼女の顔が気持ち悲しそうに見えるから、放っておけないなあと思ってしまうのだ。

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