「複合というか、有料オプションみたいなものだって言われました。鉄分を代償に発揮できる追加効果的な……とかなんとか」

 言いながら診断表を差し出すと、受け取った相澤先生はさらりと目を通して「そうか」とだけ呟いた。
 体育祭が終わって三日が経ち、今日は二日間の休みが明けた登校日。お休み一日目は轟くんの――あのエンデヴァーの家にうっかり宿泊してしまったり、イズや爆豪あいつとごちゃごちゃ揉めたりと色々あったのだけれど、二日目のわたしは妙に心が晴れ晴れとしていて、善は急げの精神で病院に行ってきた。体調不良の類ではなく、改めて“個性”の診断テストを受けるために。

 わたしの生みの父親は、自分の体の一部を焼けた鉄に変える“個性”の持ち主だった。向こうの祖父母とはもう随分前から付き合いがないので詳しいことはわからないけれど、恐らくそれ自体が“金属化”と“熱”の複合的“個性”なのだと思う。計器でいろんな数値を測りながら調べた結果、ずっと磁力だけだと思っていたわたしの“個性”には、どうもその一部が混じってしまっていたようだった。……というか、今までは微塵もそんな力の気配は無かったというのに、気付けば当たり前のように“熱”を扱えていることの方が複雑な気持ちにさせられる。一度思いっきり出したことで体が感覚を掴んでしまったらしい。

 診断結果を持って、報告のために登校早々職員室に駆け込んだのがたった今。包帯が取れていつも通りの黒ずくめに戻った先生は、机の上に重なっているファイルの間に紙切れをしまいながら、何やら物言いたげというか、不思議がるような目でしばらくわたしの顔を眺める。その視線を浴び続けているうちに、そういえば体育祭後の救護室では微妙な空気でお別れしてしまったことを思い出した。居心地の悪さに耐えかねて視線を逸らすと、「こんなに早く報告が来るとは思わなかった」なんて呟かれてしまって、ますます過去の自分の態度の不甲斐なさを恥じた。

「“個性”の件はわかった。暇な時に役所で登録更新して、学校に届け持ってこい」
「はい」
「自分の試合の映像、観たか?」
「……はい。でもなんか、音声が乱れてて」
「だろうな。強すぎる磁力と熱が機器に影響したとかで、音響関連が一時的に全滅だったそうだ」

 イズの家で観せてもらった試合の録画。映像自体はそれほどでもなかったのだけれど、音声の方は飛んだり荒れたりでとても聞き取れる状態に無かった。完全に放送事故だ。お陰で試合中に自分が何を喚いていたのかもいまいち思い出すことができない。しかもそれが、わたしが発した大規模な磁場のせいで起こった現象だというのだから、にわかには信じられなかった。

「わたし、そんなに強いの出してたんですか……?正直そんな力無いと思うんですけど……」
「普通なら考えられん規模だ。隠れてた“個性”の一部が現れた事といい、精神的にも肉体的にも何らかのリミッターが外れた状態だった――だからこそキャパオーバーでぶっ倒れたんだろうさ」

 いわゆる暴走状態。原因はもう明確に分かっている。父親あいつの記憶がきっかけで我を忘れた結果、父親あいつ譲りの“個性”が発現するなんて皮肉なもんだ。堪えきれずに溜息を漏らすと、先生は相変わらずの淡々とした口ぶりでこう言った。

「逆に言えば、潜在的にあれだけのポテンシャルがあるってことだ。“熱”の“個性”も、今までのおまえには無かった火力直結の力……どう受け取るか自由だが、客観的に見れば伸び代だぞ」
「……た、確かに」
「励めよ、南北。事情は色々あるだろうが、ヒーロー科に在籍している以上、諸君らに立ち止まっている余裕はない」

 中身は強めの叱咤なのに、声音が冷めたままなのが相澤先生らしい。それに仰ることはごもっともで、わたしもつい先日前に進む決意を新たにしたばかりだ。父親について思うところやわだかまりが無いわけではないけれど、その辺のごちゃごちゃはなるべく早く克服しなければならない。頷くわたしの姿を、相澤先生は目の下に残った傷跡をぽりぽり掻きながら見届けて――そして徐に何かを差し出した。

「これ、持ってけ。次の授業で使う」
「……フリップ?」
「あとこれも。クラス連中に一本ずつ配っとけ」

















「あっ、ほたるちゃ――じゃない、南北さん……!」
「いや緑谷おまえ、もうクラス全員に“ほたるちゃんでよくね?”って思われてんぜそれ」
「え゛っ」
「ぶふっ……だから言ってんじゃんか」

 教室は体育祭絡みの話題で持ちきりだったようで、がやがやと騒がしい声が廊下まで漏れ出している。入ってきたわたしを見るなり立ち上がったイズが、半笑いの上鳴くんにからかわれて蛙が潰れたような変な声を出した。わたしも思わず笑いながら、手に持っていたフリップとサインペンを五つずつ、今日も必要以上に煌めいている感のある青山くんの席へ置く。「回してー」と促しながらその隣の列、さらに隣の列にも同様に配っていると、立ち上がったまま顔を羞恥で真っ赤にしていたイズは、ふと驚いたようにわたしの顔を見て瞬きを繰り返した。

「ほたるちゃん、その……大丈夫なの?」
「……まあ、そうね。こないだはほんとごめんね、イズママにもよろしく言っといてくれる?」
「う――うん」

 頷いて着席した彼の顔は、ほんの少し安堵の色を宿しているようにも見えた。この間は勝手にテンパって咄嗟に飛び出してしまって、随分戸惑わせてしまったことだろう。安価だから大したお詫びにもならないかもしれないけど、学食でカツ丼でも奢ってあげようかな。そんなことを考えながら窓際の列、一番前の葉隠ちゃんが入り口近くのミナちゃんとお喋りしているようなので、その後ろで気怠そうに雨雲を眺めている爆豪あいつにフリップ全てを差し出すと、ひったくるように一枚だけ抜き取られた。

「どうせ同じ列なんだからてめェが配れや」
「(みみっちいなあ……)」
「つか緑谷じゃねェけどさ、みんな心配してたんだぜ?体調とか大丈夫だった?」
「そうだぜ、“個性”暴発するわぶっ倒れるわ……オイラ椅子の脚でこんがり焼けるとこだったんだぞ……?」
「ごめんて。もうあんなことにはならないから大丈夫大丈夫」

 気遣ってくれる上鳴くん、それに後ろの席でびくびくしながらわたしを睨む峰田くんに平謝りしつつ、一番後ろの八百万やおちゃんまでフリップを配り終わると、振り向きざまに自分の席に座っている轟くんと視線が合った。彼は何も言わないけれど、何となくその目つきが以前よりも柔らかくなったような気がして、つられてわたしもへらへら笑いながら手を振ったりして。振り返したりはしないまでも、不意に口元を緩めて「元気そうだな」と呟いた轟くんを見て、さっきまで“通りすがりの小学生にドンマイコールされた”とかで落ち込んでいた瀬呂くんが首を傾げた。

「……なーんか妙に仲良くなってね?おまえら」
「妙ってなにさ、別に普通――」
「まあ泊まったしな、うちに」
「ゲフッごほッ」
「なんて!?今なんて!?ちょっと聞き捨てならないなー!」
「恋バナ!?もしかして恋バナかー!?」
「?なになに、どーしたん?」

 むせるわたしに詰め寄って来たのは離れた場所に居たはずの葉隠ちゃんとミナちゃん。予鈴とほぼ同時に教室に入って来たお茶子ちゃんまでふらふらと寄ってきて、もともと賑やかだった教室が一気に騒然となった。救けを求めて咄嗟に振り返った先には、目を血走らせた峰田くんと、ほっぺを赤くしてごくりと喉を上下させる八百万やおちゃんしかいない。当の轟くんは目の前を風のように通り過ぎてわたしの前に飛び出した女子二人を心底不思議そうに眺めるばかり。もう少し爆弾を投下した自覚を持っては頂けないでしょうか。やましいことなんて何一つなかったあの日の出来事たちを当然のように“隠さなきゃー”と思っていたわたしが馬鹿みたいだ。

「お泊まりって何よ、いつの間にそんなことなってたの!?」
「詳しく!詳しく!!詳らかに!!」
「ちょ、二人とも、ちが――」
「おはよう」

 じりじり間近に迫ってくる二人の――片方は見えないけれど、二人の顔から逃れるように仰け反っていると、入り口の方から相澤先生の声が聞こえて喧騒がぴたりと収まる。興奮状態だったミナちゃんも葉隠ちゃんも、すぐそこまで来ていたはずのお茶子ちゃんも流れるような動作で席に着き、斯くいうわたしも捕縛布が飛んでくる前にと慌てて自席に戻った。途中、ふと違和感を覚えて教室の反対側に視線が吸い込まれる。
 そういえば、今日は――、

「(飯田くん、着席しろって言わなかったな)」

 いつもなら予鈴が鳴ると必ずみんなに着席を促す生真面目な人だし、そうでなくても声がはきはきと大きくて目立つというのに、今日は一言も聞こえてこなかった。沈黙したまま前を見据える飯田くんの横顔を見ていると、今朝テレビのニュースで見かけた嫌な事件を思い出す。

 プロヒーロー“インゲニウム”、“ヒーロー殺し”の凶刃に倒れる。ヒーローとしては再起不能か。

 インゲニウムは飯田くんのお兄さんなのだと前に聞いたことがあった。報道によれば一命を取り留めたそうだけれど、ヒーロー活動への復帰はまあ無理だろうという話だった。
 自分の心に多少ゆとりができた途端、他人の事ばかりが気にかかる。思いつめてないといいんだけどな。捕縛布に引っ張られて机に額を打ち付ける羽目になるまで、わたしは頬杖をついたまま彼の横顔をぼんやりと眺め続けていた。

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