最終的には心操くんの作戦通り、最終盤で上位入りしていたチーム――確かB組の人達の騎馬から鉢巻をごっそり拝借し、わたし達心操チームは騎馬戦を3位で通過。本戦トーナメントへの参加権を無事に取得したのだった。

「爆豪があんたを蹴りたくなる気持ちが少しだけわかった……」
「ちがっ……いや、ほんとごめんって感じだけど、別に普段はあんなじゃないからね……?ちょっと羽目外しちゃっただけだからほんと」

 中盤を過ぎたあたりで観客席にいる憧れのヒーロー・エンデヴァーの存在、そしてそれよりも前からずっと近くにいた彼の息子の存在を知って固まってしまったわたしに、心操くんは随分と心労を負わされたようだった。最後にはちゃんと作戦を遂行できたのでまだ良かったが、騎馬をばらす時に「あんたといると正直疲れる……」と呟かれたのが忘れられない。結構たくさん喋って打ち解けられたと思ったのだけれど、現実は甘くなかったようだ。でもわたし割と頑張ったと思うんだけどな。特に途中で三騎に囲み込まれそうになったとき、何も知らなかったらしい心操くんが青山くんのネビルレーザーを10秒以上射出させたときなんか、ものすごい一生懸命止めたのに。まあ、目覚めた時にガクガク震えていた青山くんの様子を見ると、いろいろと手遅れだった可能性もあるけれど……。

 その後は挨拶もそこそこに、わたしは自分のクラスの集団へ、心操くんは自分以外に普通科の子が残っていないので少し離れた場所へとそれぞれ帰っていった。案の定ほとんどの時間を虚ろな状態で過ごした尾白くんと青山くんは大変混乱していて、宥めすかしながら取り敢えず連れて行くまでが大変だった。

「イズー!本戦出場おめでとう!」
「あっ、ほたるちゃ……、……っ南北さん、も!おめでとう!こっちがこっちで手一杯だったのもあるけど、あんなに順位上げてたのに全然気付かなかったよ……」
「作戦勝ちってやつよ」
「……」

 親指を立てるとイズはうんうん頷いてくれたが、一緒のチームだった尾白くんはかなり複雑そうな顔で黙り込んでいる。流石に罪悪感も芽生えるけれど――“作戦には文句を言わずに従う”という条件を呑んだのはわたしだ。
 それに心操くんの“個性”はいわゆる、超強力な初見殺し・・・・。少しでも周囲に漏れる情報を少なくするためにチームメイトを最初から操っていたんだろうに、むしろ何故わたしの洗脳を解いてくれたのか疑問しかない。万が一決勝トーナメントのどこかで当たってしまったらめちゃくちゃ不利なのに――あっ、

「やば!」
「ど、どうしたの!?」
「心操くん!心操くん!!」

 驚くイズを横目に、やや遠巻きの位置に一人佇んでいる心操くんの方へ走りながら声を掛けると、彼はげんなりした顔でわたしの方を振り返った――割と本気で疲れさせてしまったらしい。申し訳ないとは思いつつ、こそこそと小声で声を掛ける。

「ごめんすっかり忘れてた――わたしの“個性”教えないとフェアじゃないや」
「――は?」
「だって心操くんの“個性”、何なのかだいたい分かっちゃったじゃん。もしどっかで当たったらめっちゃ不利だよ君」
「……あんたのは“磁石”なんだろ?」
「何で知ってんの!?心も読めるの!?」
「違う――あんたを蹴った奴が磁石磁石うるさかったから……」

 辟易した顔で頭を掻き毟る心操くんの言葉で、わたしのことを時々“クソ磁石女”とか呼ぶ爆豪あいつの存在を思い出す。ちっちゃい頃は「火照!」だったのがだんだん「アホ火照!」「バカ火照!」になり、最終的に大喧嘩で「てめェ頭おかしいんだよ!イカレ女!!」「クソ磁石!!」になっていったのが思い起こされ、今思えばうんと小さい頃は割と可愛い奴だったのにな……と残念な気持ちになった。爆豪やつの話題でわたしの顔が曇ったのを察知したのか、心操くんは首を傾げる。

「……随分仲悪いみたいだね?あいつ、自分から突っかかる相手は選んでそうなイメージだけど」
「幼馴染でね、昔ものすごい大喧嘩した仲だから……」
「ふーん……類友ってやつか」
「は?」
「割と似てるとこあるでしょ、あんたと爆豪」
「は!?」
「第一種目の結果発表とか見てると。どっちも激情型」
「や――やめて……ほんとやめて……」
「はいはい」
「――ああーもう、変なこと言うから忘れるとこだった……!」

 さっさと気を取り直して、体操服のポケットからスマホを取り出す。嫌な予感を察知したのかそっと摺り足で距離を取ろうとした心操くんの肩をがっちり掴み、“ふりふり”が映し出された画面をずいと差し出した。隈に縁取られた目が明らかに面倒そうに歪んだのがわかった。

「ほら、わたしの“個性”確かに磁石だけどさ、色々ややこしいとこあるから……後で詳しく連絡するから……ね!」
「“ね”じゃない……!要らない、あんたと連絡先交換したら今後も何かしらの面倒に巻き込まれる気がする……」
「いいから!ヒーロー科の友達作っといて損ないよ!」

 無理やり押し切ると、心操くんはしぶしぶ――非常にしぶしぶといった様子でスマホを取り出し、一緒にふりふりしてくれる。充足感でほくほくのわたしがみんなの元へ戻りながら振り向きざまに手を振ると、ものすごく面倒くさそうにシッシッと払われた。その様子を見ていたらしいイズが、追い払われてきたわたしを「一体何をしてあんなに嫌がられてるんだろう……」とでも言いたげな目で見守りながら出迎えてくれる。

「あの人――確か普通科の人だよね。騎馬戦で同じチームだったみたいだけど、な……仲良く?なったんだ……?」
「まあね――じゃーん、他科生徒の連絡先ゲット!これはレアじゃろ!」
「マママママママジかー!!マジかよ南北ー!!」
「神か!!女神か!!そのツテをめっちゃ利用して俺らに普通科の女の子紹介してくれ!!」
「自分でナンパするくらいの気概見せんかいヘタレども」

 普通科の生徒の連絡先なんてのはなかなか手に入らないものだからいずれ何かの役に立つかも――と、もちろんわたしもそう考えての行動だったけど相変わらず酷いなこの二人。もの凄い勢いで食いついてきた峰田くんと上鳴くんの他力本願発言を叱り飛ばしつつスマホをポケットにしまうと、すぐそこに突っ立っていた爆豪あいつと目が合った。あいつはふとぶつかった視線に少し驚いた後、明らかにイラッとしたような素振りを見せ、そして――最終的に怒ってるんだか笑ってるんだかよくわからない感じで口角を吊り上げ、ポケットに手を突っ込みながらチンピラよろしくこちらへ寄ってくる。

「ハッ、普通科のモブ相手に仲良くお友達ごっこか?それともアレか――騎馬戦で同じチームになって惚れちまったのかなァ!?色ボケたあ余裕だなクソ女!」
「…………」

 あまりにも強烈な既視感・・・に、ポケットにスマホを握った手を突っ込んだまま固まってその顔をじっと見る。後ろでイズも同様に固まっている気配がした。穴が開きそうなほど見つめていると、徐々に爆豪やつの顔から笑みが消えていき、戸惑いの色がちらつき始めて。我慢できず、半開きになっていた口からふっと笑いが漏れた。

「あんた――ほんとそういうとこ、小学生の頃から1ミリも変わってないんだね……」
「――あ?」
「た、確かに今のセリフ、小三の運動会の時に二人三脚で一緒になった子と仲良く話してた時のほたるちゃんに掛けた言葉と、意味合い的にはほぼ完全に一致……」
「だよね!?逆に凄くない!?」
「――ガキの頃のことは関係ねえだろがァ!!」

 ついにブチ切れてしまったあいつからイズの手を引っ張って逃げつつ、引っ込みが付かなくなった笑い声を遠慮なく撒き散らして歩く。なんだか今日は昔のことをたくさん思い出すなあなんて考えながら――それがいいことなのか悪いことなのかは、わたし自身にもよくわからなかったのだけれど。

















「あっ――轟くん!」

 騎馬戦終了後の昼休憩、敷地内であればどう過ごすかは自由と言い渡されていたので、食堂でランチラッシュ特製のポテサラ定食を頬張りながら、早速心操くん宛にぽちぽちメッセージを送っていたのが十分ほど前のこと。SみぎだのNひだりだの金属との関係だのが文字だとまどろっこしかったので、ノートにシャーペンとマーカーで描いた図説を撮影して送ると、「見かけによらず頭使って戦ってるんだな、あんた」というメッセージが返ってきた。どういう意味だ。
 その後もいくらかやり取りした後、お互いトーナメント頑張ろうという挨拶で結んで食堂を後にし、「緑谷さんと一緒に通路の方へ行かれたのを見かけましたわ」という八百万やおちゃんの目撃情報を頼って轟くんを探しにきたのが今。柄にもなく興奮で心がざわざわしていた。まさかあの轟くんがエンデヴァーの息子だったなんて少しも知らなかったから。彼は学校だと無口な方だし、基本みぎばっかり使うし、まして家族の話なんて全然聞いたことも無かった。

 轟くんはちょうど、人気のない通路の方からこちら側へ歩いて出て来たところだった。わたしが呼び止めると顔を上げて――その時点で相当な表情をしていたのだけれど、浮き立っていたわたしはそれにも気付かないで、早速こう切り出してしまったのだ。

「轟くんのお父さんって、エンデヴァーだったんだね!」

 左右で色の違う瞳がざわ、と見開かれて、端正な唇が忌々しげに歪んだのがわかった。そこで初めて「おや?」と思ったわたしは一旦言葉を切って彼の反応を待ったのだけれど、彼は俯いて、左右の拳をギリギリと握りしめて――堪えるように、暫し押し黙る。

「――あ、あの」
「……、」
「……ごめん、何か気に障っちゃったかな?でもわたしさ、昔エンデヴァーに――」
「――ちょっと、……黙れよ。頼むから」
「……!」

 ぴき、という音と足元を吹き抜けた冷たい風に思わず身が強張る。轟くんの右腕に霜が降りているのが見えた。ぶるぶると冷気以外の何かに震えている様子のその腕を、反対の手で掴んで止めて、俯いたままの彼は、喉の奥から吐くように告げた。

「俺の前でクソ親父の話題は出すな。……出されても困る」
「……ごめん」
「どんなに立派なヒーローとして世間に称えられてようが関係ねえ……お母さんを追い詰めて、病ませて、病院に追いやった。あいつはただのクズ野郎だ」

 それだけ言うと、もうこの話は終わりと言わんばかりに歩いて行ってしまう。彼のみぎとすれ違う半身に刺すような冷気を感じながら、わたしは少し、彼の言葉の意味を考えて――振り返った。


「――わかるかも。わたしの父さんも、母さんを殴る最低最悪のクズ野郎・・・・・・・・・だった」


 轟くんの足が止まった。
 咄嗟に出た言葉だった――ほとんど誰にも言ったことのない話だったけれど、もしかしたら、今日は少し昔のことを思い出し過ぎて、誰かに聞いて欲しくなってしまったのかもしれなかった。
 けれど、咄嗟とはいえ他人の家庭の事情にわかるかも・・・・・などと言い放ってしまった自分の浅はかさがすぐに恥ずかしくなって――それ以上は何も言えなかった。轟くんの背中を追うように歩きながら、口をはくつかせて言葉を探し、結局、

「……えっと、子供の頃にエンデヴァーに助けてもらってから、ずっとファンでね」
「……」
「お家ではどんななのかなって、エンデヴァーのこと・・・・・・・・・、聞いてみたいなとか思っちゃったんだけど――やっぱ良くないね、人様のお家の話に首突っ込んだりしてさ。ごめん!」
「――!」
「じゃ、トーナメント頑張ろう!」

 言い訳がましい言葉を勝手に並べ立てた後、最後にそれだけ告げて、彼を追い越すように走って逃げた。
 ほんと言うと、ちょっとだけショックだ。いや、エンデヴァーが厳しくて苛烈な人だっていうのはもちろんわかっていた。でも轟くんの様子からして、彼も相当辛い目に遭ってきたんだろうなと思うと――想像することしかできないけれど、自分の家を重ねてなんだか辛い気持ちになった。

「(でも――それでも、)」

 わたしを救けてくれたのは、エンデヴァーかれだったんだよね。
 もう痛まないはずの皮膚がじわじわと疼いたような気がして、腹の辺りをぎゅうと握った。やっぱり、昔を思い出し過ぎるっていうのも――あんま良くないな。

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