「――つう訳で、常にポイントの変動を確認しながら目立たないように動く。残り1分半を切ったら狙いを決めて、そのチームの鉢巻をごっそり奪う」
「うん。もしあいつが――えっと、爆豪がわたしに因縁付けに来たら……」
「その時は大人しく俺らの鉢巻を獲らせてやり過ごす。なんなら他の騎馬にも奪われたって構わない。6位あんたのポイントはあくまで囮、本命は最後の強奪だ」
「やっぱそれに尽きるよねえ」

 口頭でこそこそと作戦を話し合いながら、わたし達の騎馬は他チームとの接触を極力避けてこそこそと動き回る。開幕から殆どの騎馬は予想通り1000万Pイズを狙っているので、その外側で適当にやり過ごしていれば目をつけられることはそれほどない。勝つための作戦もかなり現実的で巧妙、かつそれほど戦闘向きではないわたしや彼――心操人使しんそうひとしくんの“個性”に合った内容だった。
 ただ、あれで割と手段を選ばないタイプの青山くんはともかく――虚ろで真っ白な表情のまま歩く尾白くんを見ていると心が痛む。

「尾白くん、こういうの気にしそうだな……」
「――操って従わせるのは、やっぱりヒーローらしくないか?」
「いや、尾白くんめっちゃ誠実で真面目なタイプだし、記憶ないまま勝ち上がったりしたら気にしちゃうかも――」
「……」
「――」
「……はあ」
「――っは!?」

 一瞬頭が真っ白になった。慌てて上を見上げると、騎手の心操くんが複雑そうな面持ちでこちらを見下ろしている。また操られた――騎馬を組んでいる最中にも一回やられたので、わたしが記憶している限り今ので三回目……いや、もしかしなくても爆豪あいつに尻を蹴っ飛ばされた時もやられていたんじゃなかろうか。彼の体重を支えている腕以外は特に触れられてもいないし、普通に喋っているだけのはずなのにいつの間にか意識がどこかへ行ってしまう。何が条件だ?唸るわたしの頭上へ、ため息混じりの言葉が投げ掛けられた。

「――あんた、言ってたろ。“何言ってんの”って」
「え?」
「俺の“個性”使うのがヒーローらしくないかって聞いたら、そう答えた。10分も経ってないのにもう忘れたのか」
「あ、いや……覚えてるけど、うっすらと」
「何でそう思った?」

 競技場の中央ではイズのチームを中心とした戦いに加えて、轟くんの氷や爆豪あいつの爆煙があちらこちらで立ち上がり、遠巻きな位置からでは様子を伺うのさえ容易ではない。作戦通り横目に見えるモニターでポイントを確認しつつ、心操くんの横顔をちらりと見上げるが、もう視線はこちらではなく周囲の騎馬を警戒している。
 ――なんでと言われても。すぐに乗っ取られてしまったので多少あやふやだが、あれは思ったことがそのまま口からポロッと出てきてしまっただけだ。だって心操くんは――、

「心操くんって、プロのヒーロー目指してるんでしょ?」
「……まあ」
「今は普通科だけど、ヒーロー科への編入もあるから狙ってくみたいな話、うちの教室でしてたじゃん」
「そうだね」
「強いて言うならそういう動機を知ってたからかな。目標のためにできることをやれる範囲でやるのは普通っしょ」

 この体育祭に参加していると――互いにライバルっぽい関係になってるイズや爆豪あいつや轟くん達、それに目標のために気合いが入りまくっていたお茶子ちゃん、やる気満々な他のクラスメイト達の姿を見ていると、余計にそう思う。

「ヒーロー科的にも体育祭って大事だからさ。うちのクラスにも、普段は友達思いの優しい子なんだけど、今回ばかりは“目標のために1位獲る”ってギラついてる子とかいるんだよ。心操くんだって具体的に目標持って戦ってるんだし、野心的でいいんじゃない?」
「……ヒーローにあるまじき、とか思わないの?」
「だから、それがよくわかんないんだけど……ヒーローにあるまじき“個性”ってなに?」
「――?」
「あっ。うちのクラス、前に授業で災害救助の訓練に――いや、結局訓練はできなかったんだけど、その訓練施設に行ったことあってさ」
「……生徒全員知ってるよ、USJ事件」
「はは……そう、それ。その授業が始まる時に、救助で有名な13号先生がさ――あ、13号先生の“個性”知ってる?」
「ブラックホールだろ。普通科だと思って嘗めてる?」
「いやいや……そう、ブラックホールなんだけどさ」

 ぽつぽつとではあるが返事を返してくれる心操くんに少し安堵した。どうもヒーロー科に多大なライバル心を抱いているようだったので若干不安だったのだけれど、結局わたしの洗脳も解いてくれるし、話してみれば案外普通に会話が弾む。強いて言うなら、残り二人が呆けた顔でふらふら歩いているのと、仮にも体育祭の本戦真っ最中だというのに緊張感のない雰囲気になってしまうのが、やや締まらない部分かもしれないけれど。

「先生自身もそうだし、わたし達の“個性”の中にも簡単に人を殺めてしまえるものがあるんだけど、そういう力を“人を救ける”ために使うってことを肝に命じて……とか、そんな感じのことを言ってたんだよ」
「……」
「つまりこう……“個性”のらしさ・・・じゃなくってさ、使う人次第ってことじゃん。心操くんだって洗脳それ、いいことに使いたいんでしょ?」
「――なんで、」
「……?ヒーロー志望って自分で言って……?」
「……、……そうだ。……そうだよ」

 向こうでイズチームと轟くんチームの戦闘が始まったらしく、氷壁の大きさがどんどん派手になっていく。そういえば爆豪あいつは――と思って辺りを見回すと、どうやらB組の金髪男子に翻弄されて怒り狂っている所のようだった。とりあえずこっちに構っている暇は無いようなので一安心といったところか。

「みんながみんな、あんたみたいだったら――」
「……ん?」
「……何でもない」

 苦々しい顔で呟く心操くんに、それ以上何かを聞くことは何となく躊躇われた。別の所で争っていた騎馬達がだんだんこちらの方に寄ってきたので、青山くんに牽制してもらいつつ距離を空けながら、先程までの話題を何となくずるずる引っ張ってしまう。

「ほんと、似たような“個性”でも使う人によって全然違うからね!わたし、昔“熱”を扱う“個性”の人に酷い目に遭わされたことがあって……」
「……」
「でも……その酷い人から救けてくれた人も、似たような――いや、そんなこと言ったら失礼かなって思うくらい凄かったんだけどさ、“熱”系の“個性”を使う……人だったんだよ」
「……へえ」

 言いながら、自分の手が微かに震えていることに気付いて、慌てて体重が乗っていない方の腕で強く掴んだ。
 なんで――なんで急にこんな話を始めちゃったんだろう。誰にも、誰にも話したことなんか無かったのに。第一種目の途中、ちらりと過ぎった記憶のことを思い出す。多分、あんなことがあったから口が緩くなっているんだ。何とか話を楽しい方に持っていかないと。そうじゃないとわたしがもたない・・・・・・・・。自分から喋っておいて馬鹿すぎる。えっと、えっと。頭を何とか楽しい方に回転させようと口をぱくぱく動かして、思いついた。

「――そう!その救けてくれた人っていうのがプロのヒーローでさ!!誰だと思う!?」
「急にうるさく……」
「誰だと思う!?」
「……その口ぶりだと有名人か。熱系だと――“エンデヴァー”とか?」
「そうなの!正解!!」
「…………マジか……」

 突然出てきたビッグネームに流石の心操くんも驚いたようで、短い沈黙の後にぼそりとそんな言葉が聞こえた。
 そう、わたしが小さい頃に救けられた偉大なヒーロー――オールマイト に次ぐNo.2、灼熱の炎を操る燃焼系ヒーロー、エンデヴァー。
わたしが憧れる、わたしにとってはオールマイト以上に、最強・・を象徴する最高のヒーロー。
 思い出しただけでテンションが上がってきた。にやにやと口元を歪めながら語るわたしの顔を、心操くんはやや呆れ気味に見下ろしている。

「ほんと変わってるな、あんた……エンデヴァーって女子供には死ぬほどウケ悪いって有名なのに」
「それは――うん、まあそうなんだけど、わたしが救けてもらったのはエンデヴァーだし!」
「エンデヴァー、あそこにいるけど」
「――へ?」

 思い出したように呟いて、心操くんは観客席の一点を指差した。スタジアムの上方、通路脇――今まで観客席の方はさほど見ていなかったので気付かなかったが、橙色の炎のようなものが確かに揺らめいている。じっと目を凝らせば、それは確かに――エンデヴァーだった。

「――ええええええんでう゛ぁぁぁぁぁぁだ!?」
「好きなら気付けよ……」
「マジか!マジかー!!なっななんで!?なんで来てるんだろう!?」
「なんでっておまえ……」

 ぴょんぴょん跳ねるわたしのせいで騎馬が揺れたらしい。迷惑そうに顔を歪めた心操くんは、今度は騎馬戦コートの端――イズのチームを囲むためにせり上げられた氷壁を指差して、心底呆れたように呟いた。

「A組の轟、エンデヴァーの息子だって話で持ちきりだったろ。ここ最近ずっと」
「――――」

は?

「……おい……おいって。……なんもしてないよな俺」

 固まるわたしの顔面に心操くんのデコピンが飛んで来た。額が赤くなってもなお放心し続けるわたしを見下ろしながら独り言ちた言葉は、途方に暮れるような響きだった。

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