「(騎馬戦か……わたしの“個性”、使いようによっては割と有利かも)」

 紆余曲折ありつつ何とか予選を通過し、続いて挑むことになった第二種目は“騎馬戦”。最大四人のチームで騎馬を組み、鉢巻を奪い合って合計ポイントを競う団体戦だ。チーム決めのための相談時間、15分を計るタイマーを眺めながら考える。
 今回の騎馬戦は少し特殊なルールになっていて、第一種目での個人成績に応じて個人に与えられるポイント数が変化するのだという。6位で通過したわたしのポイントはそこそこ高く、1位のイズに至ってはぶっ壊れの“1000万ポイント”。クイズ番組の最終問題で「この問題に正解したチームには100万ポイント差し上げます!!」とか言われるアレみたいなやつだ。彼の鉢巻さえ取ってしまえば、どんな順位からでも決勝トーナメントへの進出が狙えてしまう――そこで、わたしの“個性”。

「(敵の鉢巻に“個性”を使うのは難しいけど、味方の鉢巻なら無条件で触れる・・・)」

 そう、強力な“吸着”を使えばほぼ確実に鉢巻を守りきれる・・・・・のだ。最初から高いポイントの鉢巻を持っておいて、それを頭にくっつけて離さなければいいだけ。だとすると、所持するポイントは高ければ高い方がいい――連携や意思疎通的にも、1000万Pイズと組むのがわたしにとってはベストと言えるだろう。
 善は急げ、早速イズに声を掛けようと辺りを見回したのだが――そんなわたしの肩を、後ろからトンと叩く手があった。

「――チーム、まだ決まってないの?」

 あまり聞き慣れない男子の声だったが、振り返った先にあった顔には見覚えがある。体育祭の前、A組うちの教室前に敵情視察の人だかりができた時に堂々と啖呵を切っていた男子――本人曰く普通科の生徒だったはず。濃ゆい隈に縁取られた目がわたしの顔をじっと見下ろしていた。

「もし組む相手が居ないんだったら、俺のところに入ってくれよ」

 彼は淡々と言った。その肩越しに見えた人だかりの中に、イズの縮れた髪の毛がちらりと見える。ちょっと伸びをして確認してみると、どうやら飯田くん、お茶子ちゃんと三人で輪になって話しているようだった。あそこはあのメンバーで組むんだろうか――まあ普段から仲良いもんなあ。それならわたしは別の人と組むことも視野に入れた方が良いかもしれない。
 目の前の彼は黙ってわたしの返事を待っているようだった。その顔を見て、ふと一つの大きな疑問が過ぎる。彼はあんなにわたし達ヒーロー科の生徒を挑発していたのに、何だってこんな――。
 至極当然の問いかけを、わたしは口にした。

「わたしA組だけど、いいの?」



















 手頃な“駒”は揃った。後ろをふらふらと付いてくる三人をちらりと見やってほくそ笑む。

 心操の“個性”をうまく使えば、終盤に得点を多く持っている連中から一気に鉢巻を奪うことも容易だ。騎手には自身がなるとして、騎馬はよほどの体格差が無ければ誰だろうと大差ない。人選の基準は主に選択肢を減らすことによる敵の戦力削減、ついでに自チームの能力確保程度の考えだった。
 尻尾で牽制から攻撃まで万能に熟せる尾白サル、前騎馬に置いておけばレーザーでの火力を確保できる青山へんなやつと、第一種目で空から・・・ゴールした南北ゆうめいじん。この女子はレース開始の時、壁に靴底を貼り付けて飛びついていたのを見かけた。ということは、詳細は不明だが物同士をくっつけるような“個性”を持っている可能性がある。敵に回すと鉢巻を奪い難くなる――だから声を掛けた。チームは出来上がったのだから、あとは時間まで彼らに強い衝撃を与えないよう、人混みから離れた場所で黙って待てばいい。

 開けた場所で立ち止まり、突っ立っている三人の間抜け面を眺める。俺なんかの“個性”にまんまと引っかかって操られて、ヒーロー科ってこんなもんか――いや、逆にヒーローの卵によく刺さる、ヴィラン向きの“個性”だということの証左なのかもしれない。目の前の連中は虚ろな目のまま、誰にも何も言われていないのに、心操は勝手にそこまで考えて、勝手に胸が悪くなった。

「――おい!クソ磁石女ァ!」

 ふと、聞き覚えのある怒声が背後から聞こえた。振り返ると確か1年A組の、ヒーロー科の入試で一位だったとかいう割によく吠える男が、ズカズカと大股でこちらの方に向かってきているのが見える。“クソ磁石女”とか言うのは――こいつ・・・か。目の前で口も目も半開きのまま固まっている女子。なるほど、奴の言葉を信じるならば磁石の“個性”ということらしい。

「どうせてめェのことだ……鉢巻くっつけて奪わせねえとか思ってんだろ?見とけよクソ、てめェんとこの鉢巻も奪って、絶対ぜってえ俺が完膚なきまでの1位取ってやる……」
「……」
「……おいコラ、聞いてんのか」

 知ってはいたが驚くほど口が悪い奴だな。確か名前は――爆豪とか言ったはずだ。敵対意識が強いのだろう、やや遠巻きな位置から女子に向かって勝利宣言をしていたが、既に洗脳されている彼女は当然動かない。それが癪に障ったのか、爆豪がズカズカとこちらとの距離を詰め始めたので、心操は念のため女子以外の二人を連れて少しずつ距離を取った。

「おいクソ磁石。何とか言えや」
「……」
「おい……」
「……」
「……ざ……」
「……」
「――っざけんなよてめェ……いつも人が黙れっつってる時にピーチクパーチクうるせェ癖して……俺を……無視してんじゃねえぞ……」
「……」
さっき・・・の馬鹿にしたような顔といい……今日は随分とコケにしてくれんじゃねェか……ああ!?」

 もう女子に手を伸ばせば届きそうな場所まで近づいて来ているのだが、どうやら爆豪ヤツの眼中に、心操を含む他三人の姿は入っていないらしい。一言も発さない女子相手に青筋を立てながら暴言を浴びせ続けている――正直、面倒だ。適当に頷かせれば引き下がるだろうか。女子の体を操って、向こう側へ振り向かせようとしたその時だった。

「――いい加減にしろやクソ火照!!」

 一足先に我慢の限界を迎えてしまったらしい爆豪が、まだ背中を向けたままの女子の尻を思い切り蹴り飛ばした。蹴られた女子は前につんのめり――倒れない。洗脳が解けた瞬間に足を前に出し、どうにか体勢を整えたようだった。状況が飲み込めていないのだろう、片足を一歩踏み出した妙なポーズで立ったまま一瞬呆然と立ち尽くした彼女は、困惑したように尻を押さえながら振り返る。
 ポーカーフェイスには自信のある心操だったが、この時ばかりは流石に唖然とした。例えば小突いたり、肩を叩いたり、軽く突き飛ばすくらいなら想定していたけれど。返事無いからって普通女子の尻をそのゴツい靴で思いっきり蹴るかよ。それでもヒーロー志望なのか?なんなんだこいつ――。

「――あんた蹴った!?痛いんだけど!?え!?なんで蹴った今!?」
「はあぁぁぁぁ!?俺が話してんのにテメエが無視すっからだろが!!」
「え?話しかけられてたの?……わたしが……あんたに……?」
「どう考えてもそうだろが寝ぼけてんのかクソボケ!!」
「何か納得いかないんだけど――いやごめん、聞いてなかったわ。もっかい言って」
「上等だ耳かっぽじってよォく聞け!!」

 そんな奴と普通に会話を成立させられる女子もどうかしている。尻は蹴られても水に流すのかよ、暴力だろ。
 しかも――洗脳が解けた。先程と同じ内容を繰り返し怒鳴る爆豪と大人しく聞いている女子から、残った二人を連れてそっと距離を取る。計画は狂ったがもう人員を補充する時間も残っていないし、騎馬は最大・・四人――ガタイのいい尾白サルがいれば下が二人でも問題は無いはずだ。騒動の中心から逃れるように背を向けて歩く。
いずれにせよ、作戦の鍵は自身の“個性”。幸いあの女子は爆豪に絡まれたせいで“個性”どころか心操の存在にすら気付いていないだろう。ならばほぼ問題は――、

「ねえ!」

 がしりと肩を掴まれて固まった。両脇を歩いていた二人も同時に止まる。聞き覚えのある声――振り返るのがやや躊躇われたが、ぎこちない動きで首を回すと、申し訳無さそうな顔で例の女子が立っている。既に爆豪の姿は無く、どうやら話はあっさりと終わってしまったようだった。

「誘ってくれたよね、確か!ぼーっとしてたらいつの間にか相談時間終わりかけててびっくりしたわ……一緒にやろう!悪いんだけどちょっと今お尻痛くてさ、わたし馬でもいい?」
「……、」
「あ、尾白君と青山くんじゃん!二人も誘ってたんだ。尾白君は結構ムキムキだから自信ないけど、青山くんか君だったら多分支えられんじゃないかな、最近筋トレ真面目にやってるし――」
「…………」

 気が付いたら相談時間がほぼ終わりかけていたことに焦っているのだろうか、人の答えも待たずに偉く饒舌だ。連れている二人はどちらも同じクラスのようで、親しげに挨拶を投げ掛けながら二人の周囲をぐるぐる回り――ようやく違和感に気付いたらしい、困惑した面持ちで尾白の顔を覗き込んでいる。
 この女子をどうすべきか――迷った。またひっかかるようなら再洗脳してもいいが、そうなると先程のやり取りからして、試合中にあの爆豪から狙われる可能性がある。あいつの事は全く好きじゃないが、入試1位の実力は流石に伊達じゃない。狙われればそれだけ動きにくくなるのは間違いないだろう。お引き取り願おうにも本人はこのチームに混ざる気満々でいる――どうしたものか。
 唇を動かしかけたまま逡巡していると、尾白の目の前で手をひらひらと動かしていた彼女が、思考する心操の前へ不意に顔を出した。

「これ、もしかして君の“個性”?」
「……」
「二人とも顔ヤバいし無反応なんだけど――でも一緒に歩いてたもんね?君だけ意識しっかりしてそうだし多分そうでしょ。わー、これ操ってんの?」
「――だったら何だ。卑怯だって言いたいのか?」

 少し前まで自分もその“ヤバい顔”をしていたとはつゆ知らず、次々に核心を突く女子に向かって問い掛けた・・・・・。そこまで露呈したならもう捨て置けない。目覚めた時の反応からして条件スイッチには気付いていないだろうし、どことなく間抜けそうだから多分すぐに引っかかる。それに相手が誰であろうと、この手の問い掛けには十中八九似たような答えが返ってくるのだから。口元に半笑いを浮かべながら睨み据えた先で、女子は少し黙った後、心底――心底不思議そうに、首を傾げた。


「は?何言ってんの?」


 直後、目の前で女子は放心し――心操も、放心した。

「――、?」

 今、何て言った?“何言ってんの・・・・・・”、だと?
 周りで作戦会議をしている連中のざわめきが、急に耳に入らなくなった。タイマーはもう残り30秒を切り、間もなく騎馬戦が幕を開けようとしている。もう時間がない。
――だというのに。

「……、」

 ――その言葉の続きを聞いてみたいと思う自分がいる。
 発動条件が知れてしまえば、この“個性”に対する対策は容易い。答えなければいい、ただそれだけのこと。だからこそ、騎馬戦中は敢えてチーム内でも協力体制を選ばず、次の戦いではライバルになるかも知れない連中に極力“個性”の情報を与えないために、初めからずっと洗脳しておくやり方を選んだ。それが一番合理的で賢い作戦のはずだった。
 なのに、それなのに――。

「――っは!?……あれ!?」
『――タイマー終了!これより第二種目、“騎馬戦”を開始する!さあみんな、位置について騎馬を組んで!』

 ミッドナイト先生の号令が掛かり、各チームがスタート位置に集まって騎馬を組み始める。同時に目覚めて呆然と辺りを見回す彼女の前に立つと、「あ、操られた……」と悔しげな呟きが聞こえた。
 どうしてこんな――こんなに非合理的な手段を取ってしまうのか、自分でもかなり度し難い。

「――ひとつ。俺の“個性”について知り得たことは誰にも口外しないこと」
「……?」
「ふたつ。俺の立てた作戦に文句を言わず、黙って従うこと。この条件が飲めるなら、一緒に組んでもいい」
「え?……操らないでってこと?」
「――どうする?早く決めてくれ」

 どんどん組み上がっていく他チームの騎馬を横目に急かすと、彼女は意外にも間髪入れず、

「わかった、組もう」

 そう言って頷いた。
 因みにこの時の決断を、心操は程なくして若干後悔することになるのだが、この時点では当然知る由もないのであった。

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