『A組南北、“個性”爆発大ジャァァァァァンプ――ってレベルじゃねえぞオイ!!流石にはっちゃけ過ぎだろアホかー!?着地どうすんだァ!?』

 下方から響いてくるマイク先生の実況で愕然としていた意識が現実に引き戻される。違う、わたしは地雷を踏んで爆風に巻き込まれただけだ、わたしの“個性”の力じゃない。しかもわたしの体は着地どころか、当初より緩やかではあるが未だに上に向かって・・・・・・吹っ飛び続けている。

『事故りやがったな――麗日、“個性”解除!後はヒーローに任せて走っとけ!』

 同じく実況席にいる相澤先生の声が聞こえた頃には流石にわたしの頭も幾分落ち着きを取り戻し、自分の置かれた状況を理解し始めていた――これ、お茶子ちゃんの“個性”だ。地雷の爆風を受けるのと同時に“無重力”ゼログラビティでわたしの重力が消えて、止まれないまま派手に吹き飛んでしまったのだ。お茶子ちゃんの個性把握テスト、ボール投げの記録――“∞”を思い出してみぞおちの辺りがキュッとなるのを感じた。
 やばい――死ぬ。

 が、次の瞬間、突如重みを取り戻したわたしの体は凄まじい勢いで墜落を始めた。お茶子ちゃんが相澤先生の指示に従ったようだった。有り難い、何にしても下に降りられないと始まらない。けれど今のわたしはこの身一つ、ワイヤーも何も無いこの状況でどうやって――必死に体を捻って体勢を整えながら頭を回すわたしの視界の隅で何かが動いた。

『コイツは所謂不慮の事故!流石にヤバ過ぎるのでプロヒーロー出動!!ホントは墜落必至のロープエリアで救助のお手伝いをしてくれてた“ザ・フライ”が電光石火で飛んでったァ!』

 本当だ、腕から羽らしきものが生えたヒーローっぽい出で立ちの人がものすごい勢いで横の方から飛んできて、わたしの方へと腕を伸ばしている。多分横から掻っ攫う形で受け止めるつもりだろう。でも、それじゃあ――、

「(そうなったら多分――わたしは失格・・……!)」

 彼に救助されてしまえばわたしは完全にコースアウト――いや、今の時点で十分失格扱いの可能性はあるのだけれど、より確実に本戦出場の希望が断たれてしまう。咄嗟に両腕を交差させて大きく“バツ”を作ると、ザ・フライと呼ばれた彼は驚いたように目を見開いた後、急速に方向転換し、下へ下へと落ちるわたしを追うように垂直に下降しながら叫んだ。

「着地の算段があるのか!?」
「――な、無いです!まだ!!」
「なら無謀だ!私もみすみす見逃せん!大人しく――」
「嫌です!お願いします、ギリギリまで――粘らせて、くっ……ください!!」

 風圧で唇をびろびろ言わせながら何とか言い切ると、彼は腕を伸ばしかけたまま、明らかに迷うような素振りを見せた――雄英生わたしたちにとって今日がどれだけ特別な意味を持った日なのか、よく理解してくれているが故だろう。私が両手両足を大の字に広げてスカイダイビングの体勢を取ると、彼はいよいよ観念したように溜息をついた後、

「――下で待っている!無理だと判断したらすぐ向かうからな!」

 そう言ってわたしを追い抜き、スタジアムの客席屋根の方へ勢いよく飛んで行った。

『南北まさかの救助拒否ィー!!どうすんだコレ!何とかなんのかイレイザー!?』
『現状あいつの“個性”は触れたもの・・・・・にしか発動できん。空中じゃ触れる物も何も無い』
『全然ダメダメじゃねぇかYO!』
『考えもせず諦めるよりはマシだ。お手並み拝見と行こう』
『確かにこの状況でそのガッツはお見事!たがもしかしてただのアホって線もアリかァ!?簡単には諦めない女A組南北、一体どう――おっ、おおお!?』

 二人の実況解説を聞き流しながらわたしも必死に考えていると、突然マイク先生から驚愕の声が上がった。すると程なくして何か――真下にあるスタジアムの方から何か四角いものが、ひらひらと動きながらこちらへ向かって来る。青と赤を基調とした布地に豪奢な金の縁取り、中央には同じく金の糸で縫い込まれた“UA”ゆうえいの校章。あれはたぶん、スタジアムの上方にロープで吊って飾ってあった――“校旗”だ。

『何だ何だァ!?校旗が千切れて飛んでった!!墜落してくる南北の方へ真っしぐら――!!』

 いける、かも。
 無我夢中で手を伸ばすと、落ちるわたしとすれ違うように舞い上がった校旗の端を掴み取ることができた。落下に伴う強風で暴れ回るその布をどうにか手繰り、一辺の両角をそれぞれ左右の手に握る。そのまま合わせれば――“吸引”で強固にくっついた。これなら端同士を結ぶよりもずっと楽で速い。反対側の端と端も同じようにくっつけて、それを左右の手にしっかりと持てば――!

『パラシュートォォォォォォ!!飛んできた校旗で即席パラシュート作成だあ!そのままスタジアムに上からINする腹づもり!だがジタバタしてた間に地面はもうそこまで迫ってるぜ、止まりきれんのか――!?』

 バッと音を立てて広がった布地が帆のように風を受けた。生身のまま普通に落ちるよりは大分いい――が、確かに実況の指摘通り、思ったよりもずっと地面が近い。ある程度勢いは殺せたけれど、このままいけば足を挫くか、悪ければ折るか、うまく転がっても全身打撲だ。思わず舌打ちを漏らすと、眼下のスタジアム内で、もうしっかりと肉眼で判別できる程度の大きさに見えるようになったイズが、深く腰を落とす様子が見えた。

 わたしを、救ける気だ・・・・・・・・・・――あのイズが・・・・・。しかも彼が制御不能の強力な“個性”を使って跳べば、その脚の骨は粉々に砕け散ってしまうというのに。
 ざわざわと胸の中に得体の知れない感情が巻き起こってくる。これはなんだ。怒りか、悔しさか、あるいは――。
 脳裏にはいつかと同じように、泣いてばかりだった小さい頃のイズの姿がちらついていた。

「――駄目!!」
「――!」
「見くびらないで!わたし一人でできる!!こんなこと・・・・・のためにあんたの脚使ったりしたら、絶対許さないから!!」

 どう見ても跳ぶ気でいたイズを怒鳴りつけながら、旗の端を掴んでいた右手を離した。その時、少し遠くに立っていた轟くんも右足の辺りから氷を出しかけていたことに気付いたが、どうやらわたしの怒鳴り声を聞いて咄嗟に引っ込めてくれたらしい。ありがたい――とにかくここは、わたし自身の力でなんとかしなくちゃならないんだ。片側を離した校旗パラシュートはもうとっくに意味を成さないので、もう片方もさっさと手放す。

「(地面そのもの・・・・・・には触れない――だったら……っ)」

 これしかない。ぐっと折り曲げた両足の先、祈るような気持ちで靴を叩いてSみぎを纏わせる。そのまま片方の踵あたりを引っ掴んで、足を引っこ抜き――、

「――だりゃああああああああ!!」

 靴を掴んだ腕を振りかぶって、気合の叫びを迸らせながら着地の寸前に思いっきり下へ叩きつけた。Sみぎを纏った靴が土に跳ね返ってどこかへ行ってしまう前に、同じくSみぎを纏ったもう片方の靴で上から踏みつける。しっかりと“反発”の感触があって、わたしの足は地面に着いて砕ける前に急激に減速、一度完全に停止。そして遅れてやってきた跳ね返りで体は前に吹き飛んで、

「――ぐ、あっ」

 無様に転がりながらようやく地面へ到達、停止した。仰向けに寝転ぶ形で倒れ込んだわたしの視界に、スタジアムの天井に丸く切り取られた青空が眩しく広がる。場内の歓声もあまり耳に入らぬまま、流れる雲を呆然と眺めながら、一つずつ五体の確認。両手は動く。右足も曲がる。左足も――靴が脱げてる以外は至って正常だ。空が見えてるってことは頭も多分大丈夫だろう。すると突然顔の上に影が射し、血相を変えたイズの顔が上から覗き込んできた。

「ほたるちゃん!!生きてる!?」
「……、……最後ちょっと擦りむいただけ……し、死ぬかと思った」
「無茶苦茶だよ!なんで救助を拒んで――」
「おいテメエこのクソイカレ女」

 寝転んだまま軽く手を振って答えていると、イズを押しのけるように横から突っ込んできた爆豪あいつに、胸倉を思い切り掴み上げられる形で引っ張り起こされる。その背後には遠巻きにこちらを見ている轟くんの姿や、ちょうど今しがたゴールしてきたらしい飯田くんの姿もちらりと見えた――が、周りをよく見回す間も無く、鬼のような形相のあいつが掴まれた襟のあたりを思いっきり揺さぶった。

「俺より後にゴールしといてクソ目立ってんじゃねえよ……ぶっ殺すぞゴラ……!!」
「ちょ、だ、駄目だよかっちゃん!やめ……」
「うるせえクソデク喋んなどっか行け!!」
「……」

 もうとにかく機嫌最悪といった様子で怒鳴り散らすあいつを見て、そういえばイズが一位でゴールしたというアナウンスを聞いたことを思い出した。そりゃ荒れるわけだ。わたしの襟を掴んだまま今にも爆発しそうに温まっている奴の手をがっしりと掴んで止めると、忌々しそうな、それでいてどこか焦っているようなあいつの赤目と視線が交わる。なるほど、それに加えてわたしが不慮の事故を起こして目立ってしまったのがとにかく気に食わないと。そこまで考えた辺りで、無意識のうちに――わたしの口角は、上がっていた。
 どうだ、してやったぞ・・・・・・・・・・と。
 一瞬呆けたように固まったあいつの顔がみるみるうちに歪み、目は怒りに血走って――。

「――笑ってんじゃねえええええ!!」

 先程までの二倍近いペースで胸ぐらを揺さぶられると流石に舌を噛んだ。必死に止めようとしてくれるイズ、ふらりとどこかへ消えていってしまう轟くん、「これは南北くんの靴か?というかいつの間に俺の前へ……」と首を傾げながら靴を拾い上げてくれる飯田くん、続々とゴールしてくる他の生徒たち、スタジアムの上を飛び去っていくザ・フライらしき姿などを揺れる視界の端で断片的に捉えながら、わたしの胸中は無事に成し遂げられた安心と、残った一抹の疑問と、それから――目下最大の不安点が残った。

「(これ――ちゃんとゴールとしてカウントして貰えるのかな……?)」
















「6位の――南北さんでしたっけ、A組の。彼女は最後のスタジアムに続く連絡通路、通ってませんよね・・・・・・・・?」
「(絶対どっかで言われると思った――!)」

 居心地の悪さを感じながら、挙手してにこやかにそう告げた男子の方を見遣る。金髪の、どこか品が良いというか、見てくれからは爽やかな雰囲気が見て取れる男子だ。交流が無いのであまり自信は無いけれど、A組わたしたちの隣に固まっている集団の先頭の方に立っているということは、多分同じヒーロー科の1年B組の人なんだろう。
 わたしが見ていることに気付いたのか、彼の視線がちらりとこちらに向いて――その唇がめちゃくちゃ意地の悪い形に弧を描いたのが見えた。随分と良い性格・・・・みたいだなこいつ!

 とはいえ確かにわたしが勝手に上空へ吹っ飛んでしまったのは事実で、ああなるともうコース内と言っていいのかも正直よく分からない。たまたま――いや、これさえも何だか出来すぎているような気がしないでもないのだけれど、校旗パラシュートが手元にやってきたのだって結局わたしの力でやったことではない。イズみたいに頭を使って利用したわけではないのだ。失格と言われてしまえばそれまで――わたしも内心なんだかズルをしているような気がしていて、腑に落ちて居ないのが現状だった。

「――ま、待ってください!」

 と、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、お茶子ちゃんが挙手をしながらみんなの間を通り抜けて前へ出て来るところだった。
 ……まさか。嫌な予感がして彼女の顔を見ると、丸っこい目は少し苦しそうに閉じられた後――明らかな決意を灯して再び開かれる。口を開きかけたわたしを押しのけるようにして、茶子ちゃんは壇上に立つ主審のミッドナイト先生の前へと躍り出た。

「あれは事故で、私が余計なことしたから……南北さんが飛んでっちゃったのは、私の“個性”のせいなんです!もし南北さんが失格だっていうんなら――代わりに、私のこと失格にしてください!」
「お茶子ちゃん、何言ってんの……!」
「へへ……!」
「笑い事じゃない!」

 あんなに“頑張る”って言ってたのに。そんなに悔しそうな顔しながら――あの時だってライバルのわたしを救けるために浮かせようとしてくれたのに。へらりと笑って誤魔化そうとする彼女の肩を掴んで揺さぶった。

「優しいのはわかるけどさあ――代わりに失格なんて言わないでよ……!」
「でも……でもあんなん、納得いかない!私のせいで――」
「――気ぃ遣って言ってんじゃないんだよわたしは!!」

 思わず声が力んで、観客席のお喋りや売り子の声で適度に騒めいていたスタジアムが一瞬静まり返った。お茶子ちゃんも目を丸くしながら私を見上げている。乱れた呼吸を努めて落ち着いて整えようとしたけれど、その柔らかい肩を掴んだ手にはどうしても力が篭ってしまう。

「違うでしょうが……!何でもあり・・・・・だったんだよあのレースは!お茶子ちゃんがどんな考えで浮かせてくれたのかなんてわたしだってわかってるよ!でもそもそもあの時転んだのわたしだし!そうじゃなくても――例え何が原因だったとしても、わたしの身に起こったことは全部わたしの責任なの・・・・・・・・・・!!」
「えと、南北さ……」
「言ってたじゃんか、“負けへんよ”って……!だったらそんな、優しさで身代わりになったりしないでよ!わたしの責任はわたしに取らせてよ!!そんなの、……そんなの悔しすぎてのうのうと受け取れるわけないでしょ!!バカ!!」
「……!!」
「ほたるちゃん、落ち着いて……!」
「どうどう、ストップストップ!」

 慌てた様子のイズに腕を掴まれ、たまたま近くに立っていた切島くんにも宥められて、無意識のうちに揺さぶっていたお茶子ちゃんの肩をようやく離せた。ぜえぜえと肩で息をするわたしの顔を、お茶子ちゃんは気圧されたように呆然と見ている。あの嫌味っぽい金髪男子でさえ笑みを崩してドン引きしながらこちらを見つめる中――、

「…………青……」

 肩を震わせるミッドナイト先生が何事かぼそりと呟いたのが聞こえて、全員の視線が一点へ集まる。先生は少しの間ぷるぷると小刻みに震えていたかと思うと、突然盛大に両腕を広げ、それに合わせてたゆんと揺れるおっぱいを見て、後ろの方で峰田くんが「ありがとう……」と呟いたのが聞こえた。先生の頬は紅潮していて、マスクの下にはとろとろに蕩けた恍惚の瞳が見え隠れする。

「――青いッ!!最ッ高に青い!!普段はつい男ばっかり見ちゃうけど、女の子同士の青さってのも悪くないわね!!いいわ最高よ二人とも!!」
「ええ……」
「は、はあ……」

 興奮した様子の先生に指を差されると、何だか先程までの激情が気圧されたように萎んでいって、お茶子ちゃんと二人でやや引き気味に縮こまる。先生は一頻り「イイッ!最高!」と鞭を振りながら悦び、その度に跳ねる魅惑の双丘に大興奮する峰田くんを八百万やおちゃんが完全に汚らわしいものを見る目で見下ろしていた。

「まあそれはそれとして――確かにそうね、あの状況では納得しない生徒もいるかも知れないとは思ってたわ。では、こちらの写真をご覧なさい!」

 先生はB組金髪男子の方をちらりと見遣ると、手に持った鞭を振るって勢いよくモニターを指した。先程まで映し出されていた第一種目通過者の名前が消えて、何やら写真のようなものが映し出される。多分あれは真上から見たスタジアム――航空写真のようなものだろうか。いつの間にこんなものを……。先生の手元でリモコンのボタンが押下され、写真が段階的に拡大されていく。

「連続写真でお届けするわよ――見えるかしら?これが地雷が爆発し、麗日さんの“個性”で浮遊した南北さんが離陸した瞬間」
「離陸て……」
「南北ジェット機説」
「実際よく跳ぶしなー」
「そしてこのように直線で進み最高高度に到達、その後パラシュートを開いてからの軌道はこう!」

 耳郎じろちゃん、上鳴くん、ミナちゃんのつぶやきも耳に入れつつ、画面上に写るゴマ粒のような自分の姿を見る。というか、スカイダイビングしている自分の様子が上から撮影されて学年全員――どころか放送電波にのって全国にお届けされているのかと思うと割と恥ずかしいのだけれど。気まずい思いを一生懸命抑えつつ画面を注視すると、最後にわたしが通った進路をわかりやすく示す赤い矢印が画面上に現れた。

「このように、彼女の体はコースの真上を飛び、連絡通路の上・・・・・・を通過してスタジアムに着地しているわ。審判わたしはこれを有りと判定しました!何故ならこのレースは最初に説明した通り、コースから外れなければ何でもあり・・・・・だから!」
「……!」
「第一彼女は、逆境に立たされた上でなお足掻き、最終的には自分の“個性”を使ってしっかり地に足着けたのよ?これは立派な――“Puls Ultra”プルス ウルトラではなくて!?」

 軽快な音を立てて先生が鞭を振るうと、観客席とわたしの周り――一部を除く1年A組のみんなが、応えるように沸き上がった。壇上のミッドナイト先生と目が合うと悪戯っぽくウインクを返されて、何とも言えない羞恥から思わず頬が熱くなる。何となく失格の方に話が進んでいるものと思って、思わずいろんな事をたくさんまくし立ててしまった。

「……お茶子ちゃん、さっきはその……ごめん。カッとなっちゃって」
「ううん、私こそ変なこと言った。第二種目もお互い頑張ろうね――ライバルとして!」

 二人で揃って拳を握ると、「友情……熱いぜ……!」という切島くんの男泣きが聞こえてきた。何にせよ幸いなことに、わたしも体育祭の第二種目へ駒を進めることができたようだ。じわじわと湧いてきた喜びにようやく頬を緩めることができたわたしの横で、不機嫌そうに「ケッ」と呟いた爆豪あいつの声が聞こえた。

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