「あれがオールマイト……!生で見るの初めてだ……!!」
「画風が全然違う……!!」
「ビビってんじゃねえよ!」

 広場の隅に残っていたチンピラヴィラン達が俄かに騒ぎ始める。その時、手首を拘束していた筈の黒霧のゲートが緩んでいるのに――多分、黒霧本人とほぼ同時に気が付いた。

「――っ!!」
「ちっ……!」

 間一髪、黒い靄が閉じきる前にタッチの差で右手を引っこ抜いたわたしは、抱えたままの相澤先生と一緒に今度こそ飛び退る。敵が全員オールマイトに注目している今がチャンスだ、何とか先生を安全な所に――などと考えながら、さっき成功したパンチ反発で加速を加えようとしたのだけれど、何かが背中にぶつかるような感触があり、ぐるりと景色が回転して、

「――すまない、相澤くん」
「(――……へ!?)」

 気がつくとわたしは筋骨隆々な背中に負ぶさる形でひっついていた。すぐそこからオールマイトの声がしたかと思えばわたしがひっついているその背中の持ち主こそがオールマイトで、腕には意識がないままぐったりしている相澤先生が抱えられていて。
 光のような速さで駆け下りてきたオールマイトが飛び退るわたしをキャッチして、相澤先生諸共その手に確保したのだと気付くのに3秒ほどを要した。オールマイトは背中にお荷物わたしをくっつけたままくるりと振り返り――、

「!!」
「ケロ!?」

 ぐっと視界がブレて、止まる。気がつくとわたしは、死柄木達をさっきまでとは逆の向きから見ていて、視界の端には相澤先生の血で湿った黒い服の端と、イズの真っ赤な靴がちらりと映り、正面に立つ死柄木の顔面からぼとりと手首が落ちるのを見た。次に瞬きをすると、地面に座らされたわたしの膝元に相澤先生が横たわっていて、後ろから唖然としたような梅雨ちゃんの「ケロ……?」と峰田くんの「へ?」が聞こえた。

「みんな、入り口へ!相澤くんを頼んだ。意識が無い……早く!」

 立ち上がったオールマイトの言葉で、ようやく――まだ全然状況への理解が追いついていないけれど、とにかく動かないといけない事がわかった。弾かれたように振り返ると、背後で全く同じような反応をしていたイズ達三人と目が合う。一先ず相澤先生を少しでも運びやすくするため、地面にS極みぎてを這わせながら囁いた。

「さ――三人とも、無事だった……!?」
「こここここっちの台詞だ馬鹿ー!!腕ついてんのか!?まじグロいよ有り得ねえよ勘弁しろよー!!」
「落ち着いてよく見て峰田ちゃん、今使ってるわ」
「ホントだー!!」
「とにかく行かないと――イズ!?」
「……オールマイト、駄目です!あいつ、ワンフォ――僕の腕が折れないくらいの強さだったけど、びくともしなかった!きっと――」

 取り乱しながらも動き出した梅雨ちゃんと峰田くんに浮かせた先生の体を頼みながら、足を動かそうとしないイズの方を見上げる。彼は何事かを忠告するようにオールマイトに話し掛けていたけれど――オールマイトは、ただただ笑って応えた。

「緑谷少年――大丈夫!」

 白い歯を見せる彼のピースサインを、イズは少しの間不安そうに見つめていたけれど、やがて意を決したように、わたしから受け取った相澤先生を背負って歩き出す。
 わたしも三人と一緒に少し歩き、戦いに巻き込まれることは無さそうな位置――まあ黒霧がいる以上安全圏などあってないようなものだけれど、少なくともオールマイトの邪魔になることは無さそうな位置まで引いた辺りで一旦足を止めた。

「わたし、一度ここから入り口まで“個性”を延ばすから。三人は行って」
「え……!?でも、先生一人なら僕が――!」
「足持ってる峰田くんが潰れそうでしょ……こんな大怪我で、引きずって歩く訳にもいかないじゃん……」
「う……」
「この位置なら戦闘の余波は来ないだろうし、向こうもオールマイトに夢中で、わたしらなんかもうどうでも良いみたい。終わったらすぐ追いつくから……」
「……わかったわ。油断は禁物よ、火照ちゃん」

 梅雨ちゃんの忠告に頷いて、三人の背中を見送りながら、一応植え込みの陰に隠れる形で屈み、引き続き地面に手を当てる。広大な施設、入り口まではそれなりの距離があるけれど、オールマイトがやってきたんだからもう大丈夫だろう。
 話によれば、わたし達が“倒壊エリア”や各地に飛ばされている間に、辛くも脱出した飯田くんが救援を呼びに行ってくれたのだという。約束された平和の象徴――わたしが大好きなエンデヴァーよりも凄いと言われているNo.1ヒーローの背中が目の前にあって、もう少しすれば学校から応援もやってくる。
 この時にはもう、負ける要素がないと本気で思っていた。ヴィランはまだ目の前にいるけれど、きっとさっきわたし達を救け出した時みたいに、オールマイトが一瞬でカタをつけてくれるだろうと。そうやって全てを一瞬で丸く収める圧倒的な姿しか――一般市民わたしは知らなかったから。


















 その安心――或いは慢心から、ものの数分も経たぬうち。
 わたしは木陰から、その光景を呆然と眺めていた。床に這わせた右手の指先が微かに震えるのを感じた。

 脳無は“ショック吸収”の“個性”を持っているのだと、死柄木が言った。腹も、胸も、顔面への攻撃SMASHさえものともしない脳無に対して、流石というべきか、オールマイトは即座に打開の一手を打った。奴の胴体をがっちりホールド、からの、強烈なバックドロップ。あの瞬間は見ていた誰もが彼の勝利を確信したはずだ。わたしもそうだ。思わずぐっと拳を握って、小声で「よっしゃ!」とまで口にした。

 ――けれど。

「(……血、が……、)」

 オールマイトのバックドロップは綺麗に決まった――はずだった。
 けれど大爆発にも似た衝撃が去った後、土煙が晴れた先に見えた光景は、みんなが予想していたものとはかけ離れていて。
 黒霧だ。あの男の靄が、脳無の脳天に直撃するはずだったコンクリートの代わりに広がっていた。ワープゲートの先は、バックドロップで仰け反ったオールマイトの真下・・に繋がっている。下から生えたどす黒い腕が、筋骨隆々の脇腹を鷲掴みにしていた。指がめり込んだ脇腹部分のシャツに、真っ赤な血が滲んでいる。彼の口の端にも。

 死柄木はそれをチャンスだと言った。わざわざご丁寧に説明してくれた黒霧の言葉は、先ほど手首を捕まえられたわたしに掛けられた脅しの内容とよく似た感じのものだった。このまま脳無が捕まえたオールマイトの半身を靄の中に沈め、胴体の辺りでゲートを閉ざせば、彼の体は真っ二つ。
 この状況でもやはり、オールマイトの勝利を信じて疑わない人はあの場にたくさんいただろう。どんなピンチでも跳ね除ける。絶対的な安心感。それが彼の平和の象徴たる所以だ。
 でも、でも――、

「(――痛、そう……苦しそうだ……)」

 オールマイトの顔に、いつもの不敵な笑みは無かった。むき出しになった白い歯は、喉の奥からせり上がった真っ赤な血泡で汚れていた。こんなに余裕のないオールマイトを見るのは生まれて初めてのことだった。
 彼は物心ついた時からずっと、液晶の向こう側で大胆不敵に笑っていた。それが当たり前のことなのだと、絶対不変のものなのだと――ずっと、思ってきたというのに。
 わたしは疑っている。今ここで、草の陰に隠れて、地面に手をついて座り込んでいるこの行為が、本当に正しいのかどうか。

「(いや、最悪なのは足手纏いになることだ……さっきみたいに捕まりでもしたら、自力で逃げ出せもしないのに……)」

 でも、――でも。

「(オールマイト、苦しんでる・・・・・……辛そうにしてる、のに……)」

 本当に――救けなくて、いいの・・・・・・・・・



「――オールマイトぉぉぉ!!」



 わたしの背後から、駆け抜けていく人影があった。はっと顔を上げると、目の前を踏みしめていく赤い靴が目に入る。それまでの逡巡が全て一瞬で吹き飛んで、思わずわたしも木陰から飛び出して叫んだ。

「――イズ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 勢いよく踏み切った彼は、固めた拳を振り上げながら、まっすぐ脳無に向かって突っ込んで行った。駄目だ、幾らオールマイトがピンチだとしても、彼のパンチは脳無に通らなかった――無謀すぎる。イズが死んじゃう・・・・・・・・。止めなくちゃ。
 けれども一足遅く、わたしが身を屈めて前へ跳ぼうとしたその時、彼の行く手を遮るように黒い靄が生えた。黒霧だ。ぽっかりと口を開けた不定形の靄にわたしが飛びかかっていったところで、一体何ができるだろう?わたしの“個性”は触れることでしか意味を成さないというのに。
 頭の中が真っ白になりかけたその時――ふと、頭上に影が射した。

「――ちょうど良いとこ居んなあ、クソ磁石!」

 思わず顔を上げて振り返ると、こちらに向かって真っ直ぐ飛んでくる黒い影があった。クソ磁石とはまあ随分ご挨拶だ。でも、その顔は微かな緊張に強張りながらも――不敵に笑っていた・・・・・・・・

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