「どりゃあ!!」
「うぎゃっ」

 気合の声と共に敵に体当たりをかますと、吹き飛んだ相手の体がひび割れた壁に激突してぴたりとくっつく。もちろんガタイのいい相手に突っ込んで行ったわたしは完全に反動負けしてその場で無様に尻餅をついた。ああくそ、まったくつくづく……、

「切島くん、大丈夫!?」
「すまねえ、こっちも片付いた!」
「悪いんだけど、そいつら一発ずつ殴って再起不能にしておいて……」
「おう!任せな!」
「ごめん、わたしの“個性”いまいち戦闘向きじゃないっていうか……火力出にくくて現状割と活かしにくいというか……」
「んなことねーよ!さっきこう、ジャラーッと一気に敵の武器没収してたじゃねえか!」
「いやでも正直……」

 正直わたし要らないよね、と言いかけたところで、奥の部屋で派手な爆発音が響き渡った。少し間を置いて、不機嫌そうな面持ちの爆豪あいつが戻って来る。

「弱え」
「お、爆豪!どうだ、そっち片付いたか!?」
「見りゃわかんだろボケ」
「――待った、次が来てる」

 階下から登ってくる足音に耳を傾けながら手を挙げて二人を制すと、片方は「言われなくても分かるわクソが」と怒り始めた。ここは無視することにする。程なくして再び、刃物や鈍器を持ったチンピラくさいヴィラン達が室内に押し寄せてくるのだった。

「あいつら卑怯だから女子ばっか狙うぞ!爆豪、いい感じにやれよ!」
「たりめーだ……クソ雑魚どもに優先順位ってモンを分からせてやんねえとなァ!!」
「よくわかんねえ動機だけど頼むぜ!南北、行くぞ!」
「おす!」

 敵が押し入ってきた側の床に向けて磁力を貼り直しながら、申し訳なく思いつつも切島くんを盾にするような位置取りで敵に備える。実際問題、連中は明らかに武闘派の爆豪あいつや切島くんより、いまいち分かりにくい“個性”で見た目も非力そうなわたしを集中的に狙いに来るようだった。まず頭数を減らすという意味では、たぶんだけどその判断は正しい。
 謎の黒い靄ワープでこの“倒壊エリア”のビル内に飛ばされてどれくらいの時間が経っただろう。本来の予定通り救助レスキューの訓練だったなら、この瓦礫まみれの場所とわたしの“個性”の相性もそれほど悪くはなかっただろうに。こう狭い中で数の利を押されると、どうもうまく立ち回ることができない。近接戦闘苦手マンの本領発揮だ。逆に他の二人が近接戦闘大得意マンだったのはもう本当に喜ばしい。残念だけれどこのエリアにいるヴィラン達では、あいつの爆破も切島くんの硬さもうち破ることはできないだろう。

「でもっ、いったいあと、何人……っ、いるんだか……!」
「わかんねえけど!!一人一人はあんま強くねえ!落ち着いて捌けば……いけるって!」

 確かにそこらでドカンドカン派手にやっている爆豪あいつはまだまだ元気そうだし、切島くんも何度も切りつけられたり打ち付けられたりして見てくれはボロボロになって来ているけれど、動きのキレは全然消えていない。押し寄せる敵の数ややり口に順応できていないのはわたしだけだ。ああくそ、じれったい!

「(“反発”にしても“吸引”にしても、一度触らないといけないのがネック過ぎる……!特にこういう狭い建物の中での対人戦で、相手が武器持ってたりすると……!)」

 切島くんが引きつけ漏らした敵を鉄パイプでぶん殴りながら必死に考える。戦闘力がずば抜けてる二人と一緒な訳だし、なんかもっとこう、役に立てるやり方が別にあるんじゃないだろうか。となるとやっぱり、床一面に磁力を纏わせて、敵に逐一反対の極を打ち込んで機動力低下とか、そういうのになってしまうのだけれど――獲物を持っている複数の相手に素手で触れに行くのがそもそも難しいし、床が金属を引きつけてしまうから、機動力に強みがある爆豪あいつの動きが狂う可能性が大いにある。あの大きな手榴弾っぽい籠手とか、それなりに金属使ってそうだし。

「やべ――南北!」

 切島くんの声に振り返ると、左右から挟み込むようにヴィランが二人――両方とも手には小さめの刃物。とりあえず鉄パイプに“個性”を付与してぶん回せば、小ぶりの武器程度なら簡単に吸い付けられる。そのまま片方の鳩尾にパイプを叩き込み、もう片方にも――、

「(――速い!)」

 そういう“個性”か何かだろうか。振り返った時には、想定していたよりもずっと近くに敵がいて、まさに拳を振り上げたところだった。鉄パイプはもう片方の側へ突き出した体勢のまま――間に合わない。迫る拳を睨みつけながら、衝撃に備えてぐっと歯を食いしばったその時、

「死ね!!」

 身も蓋もない罵倒と共に、目の前のヴィランの顔面が派手に爆発した。横から突っ込んで来た爆豪あいつの仕業だ。どさりとヴィランが崩れ落ちる音を最後に、一帯に一時静寂が訪れる。どうやら今爆発したのが、今回の襲撃においては最後の一人だったようだった。

「あ、ありがと――」
「てめェ……」

 助けられたのだから一応ちゃんと礼を、と真面目に感謝しかけたわたしの目の前で、真っ赤な目が怒りを灯しながら揺らめいた。しっかりはっきりブチ切れてる時の目だ。そろそろこうして極悪な目付きで睨まれることにも慣れてきたし、今更それに臆したりはしないけれど、何が堪忍袋を刺激したのか分からず黙って様子を伺っていると、爆豪やつは酷く不機嫌そうな態度のまま吐き捨てる。

「そのイカレた癖、さっさと直せや……ムカつくんだよ」
「……は?」
「お……おい待て、爆豪――!?」

 切島くんが咄嗟に声を上げるのも無理はない。目の前の暴力男は突然、グローブに包まれた拳を固めて思いっきり振り上げた。わたしもまさかこんな局面でこいつから攻撃されるとは思いもよらず、流石に驚いて息がひゅっと詰まったが、先程と同じように迫り来る拳の動きを見開いた目で追いながら、来るべき衝撃に備えて――。

「それだっつんだよ!!」
「……、……へ?」
あん時・・・もそうだった!追ってんだろうが!ああ!?てめェの目で!!」

 握り固められた拳は怒り、或いは苛立ちらしきものに震えながら、文字通りわたしの目の前で寸止めされていた。固まるわたしの前で、何がそんなに気にくわないのか、爆豪やつは怒りに任せて言葉を撒き散らす。つまり何を言わんとしているのかがわからなくて、呆然と怒り狂うその顔を見上げていると、爆豪やつは一瞬言葉に詰まった後――溜まっていたものを思いっきり吐き出すように、叫んだ。

「――んで……、避けねえ・・・・んだよクソ!!」

 ――一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
 固まるわたしの後ろで、若干オロオロしながら状況を見守っていた切島くんも、その言葉をすぐに飲み込むことはできなかったようだった。

 今までの戦闘の記憶が蘇る。
 今日だけでも、今の今までたくさんのヴィランと戦い続けていた。切島くんが側で戦いながらわたしをフォローしてくれていたおかげで、幸い大きな負傷もない。危うく殴られそうになったところを何度も助けられた。でも、確かに。確かにわたし、あの拳を――見ていた・・・・。この目を見開いて、しっかりと。

「いやおまえ……何言ってんだ?避けねえって」
「そのまんまの意味だボケ……反応できるはずの攻撃を全部棒立ちで眺めてんだよこのイカレ女は」
「はあ……!?いや待てよ、流石に言い掛かりだろ?んなことあるワケ……」
「……」
「……マジで?」

 呆然と押し黙るわたしの様子に切島くんもいよいよ戸惑い始める。そりゃあ想像もつかないことだろう。全身を鋼のように硬化できる彼ならともかく、フィジカル的には並よりは鍛えてる程度の普通の女子が、完全に見えている攻撃を避けない理由なんてある筈もない。まあわたしも理由があって避けていなかったわけではないというか――今の今まで自覚もしていなかったことなのだけれど。

「(そうか――だから、だからあの時……)」

 子供の頃のことを思い出していた。さっきあいつが口にした“あの時”っていうのは、多分わたし達が大喧嘩した、小学生の時のことだ。
 あの時振り下された掌を、今もなお鮮明に思い出せる――思えばそのこと自体がおかしい・・・・。あの時もわたしは、今さっきそうしたように両目をじっと見開いて、襲いかかってくる火花をただ黙って見ていたんだ。爆豪あいつはわたしが避けたり身を庇ったりすると思って“個性”を撃ったのに、わたしは避けずに全てを食らった。そんなことがあったから、わたしの火傷の位置をはっきりと覚えていた――。
 頭の中でいろいろなものが結びついて、動揺したまま固まっているわたしの襟首を、先日のようにあいつの手が乱暴に掴み上げた。

ヴィランは小学生じゃねえ。向こうのパンチに“個性”乗ってたらてめェは死ぬ」
「――!」
「“個性”云々以前に、そういうとこがてめェはクソなんだよ。……まあ死にてえってんなら止めねえから勝手にしろや!」
「おいコラ、いい加減にしとけ爆豪。女子に無駄な暴力とか男じゃねェよ」

 見兼ねた切島くんが大きな汗タンクを手刀でごつんと叩くと、爆豪あいつもこれ以上は口を出すつもりもないと言わんばかりにあっさりと手を離して、廊下の方へさっさと出て行ってしまう。が、解放された安心とか、しっかりと地に足がついた喜びとか、指摘された内容に対する悔しさとか、そういうのを吹っ飛ばすほど、わたしの頭の中を埋め尽くしていたのは――衝撃ショックだった。

「(あいつに――よりによってあいつに説教された……)」

 多分隣で感心したように爆豪あいつの背中を眺めている切島くんも、おおよそ似たような感想を抱いていることだろう。きっと善意みたいなものからというより、態度の通りわたしのそういうところが気に食わなかっただけなのだろうけれど、でもまあ確かに――現状、二人の足を引っ張ってしまっているのは事実だ。先生方とも分断され、行動を共にしているのが同じ立場の同級生達である以上、せめて自分の身はしっかり自分で守りきらなくちゃならない。この間の戦闘訓練のときに、反射神経や反応速度についてはあのオールマイトからお墨付きを貰ったのだから、やろうと思えばできるはず。

「避ける……避ける。うん、頑張るわ」
「……まあ色々あるのかもしんねェけど、俺は南北もすげー頑張ってると思うぜ?さっきもヴィランに突進ブッかまして、囲まれてた俺のこと救けてくれただろ!」

 散々クソ呼ばわりされてわたしが落ち込んでしまうと案じたのだろうか、切島くんが頬をぽりぽり掻きながらそんな風にフォローを入れてくれる。何となく恥ずかしくなって、わたしはただ曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
 確かに反発で突進したのは事実だけれど、“硬化”できる切島くんにとってはただの余計なお世話だったかもしれないし、結果的にはいい方向に転んだとはいえ、どちらかといえば後先考えずに突っ込んだだけ。横断歩道の反対側から駆けてくるイナサの青い顔が脳裏を過るような、そんな行動だった。
 それになにより、そんなことでは到底帳消しにできないほど、切島くんにはずっと救けられっぱなしなのだから。

「いや、本当はもっとちゃんと力になりたいんだけどさ。わたしが二人と一緒にここに来られたのだって、切島くんに救けてもらったお陰なんだし」
「え?」
「靄がブワーッてなったとき、切島くんに掴んで貰ってなかったら一人で飛ばされてたかもしれないじゃん。わたし単独でヴィランに囲まれたりしたら、多分あっさりやられちゃってたよ……」
「――えっ、と」

 それまで彼の顔に浮かんでいた明るい笑みが消えて、くりくりの吊り目が戸惑うようにわたしを見た。客観的な事実を述べたつもりだったわたしもそれに困惑して、互いの間に微妙な空気が流れる。やがて「あー」と何か納得したように呟いた切島くんは、廊下の方をちらりと見遣りながら言った。

「わりィけど、それ違うと思うぜ」
「――へ?」
「いや、俺も確かに焦って近くにいた南北の名前呼んだんだけど……手まで掴んだ覚えはないっつーか」

 だからそれ、多分違うヤツだわ。
 そう言って笑った切島くんに「失礼します」と一言断ってから、硬化の解けている彼の片手をそっと掴んでみた。突然のことに驚いたのか、ほんのり強張ったその掌を撫でる。確かに男の子らしいごつごつした無骨な手ではあるけれど、お肌は割とすべすべで――いや、というか、少し考えれば分かることだったのだけれど、わたしの右手を掴んだそれは、そもそも素手ではなかったはずで。
 押し黙ったまま掌を揉んでいたわたしの耳に爆発音が突き刺さった。廊下の奥の方からだ。

「――やべ、まだ居るのかよ!行こうぜ、南北!」
「う、うん……!」

 駆け出した切島くんの背を追って廊下に出ると、突き当たりの方で派手に火を散らしながら戦う爆豪あいつの姿が見えた。右手に、あの硬く分厚い布地の感触がほんのりと蘇る。
 胸倉掴んだり怒鳴ったり死ねって言ったりするのに、なんで急にそういうことするかなあ。昔っからそうだ。だから嫌いになれないんだ。普段より幾分早めに脈打つ鼓動は、突然大勢のヴィランに襲いかかられた緊張と恐怖のせいだ。そうだったらそうだ。必死に言い訳するわたしを、脳裏に浮かんだ涼やかな面持ちの轟くんが「緊張感持て」と叱りつけてきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。うん、今襲撃中だから。落ち着け、落ち着け。

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