ある神父A氏の主張(青の祓魔師) | ナノ
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 こうやって、高い所から人間の作り上げた世界を見ていると、どうしようもなく笑いがこみ上げてくる。これが自分より弱くて仕方がない生き物が懸命に作った文明の結晶だ。天を貫かんばかりのビル群に、点いたり消えたりする電灯の明かり、そしてひっきりなしに走る車や電車。そのすべてが彼らのように脆弱である。屋上に立って見下ろしている自分が少し本気を出せば、こんなものたやすく覆ってしまう。今の平穏が崩れ去ればあちらこちらで闊歩している人間も、皆が皆顔面を蒼白にして絶望にくれるだろう。そして、自分だけが助かろうと他人を押し退け、蹴り落とし、踏みつける。まさに、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。それを、今すぐ見てみたい気もするが、まだ時期尚早な気もする。今壊してしまうのも、とても楽しいと思う。しかし、残念なことに自分はまだこの世界に飽きていない。飽きていないうちから壊すのはあまりにもったいない話だ。それに、恐らくそうしてしまうよりも、このままのさばらせておいた方が、より愉快な光景を目に出来るはずだ。人間とはそういうものだと認識している。やはり、玩具は壊すよりも、動いているのを実際に眺めた方が楽しい。それを、自分の父親や弟は分かっていない。
 どこかにこの享楽を理解してくれる人間はいないのだろうかとため息をついた。帽子のつばを引っ張ろうとすると、いきなり帽子がひったくられる。何事かと後ろを振り返ると続けざまに、丸めた紙束が頭の上に振り下ろされた。
「メフィスト!」
 叩かれた部位をさすりながら仰ぐと、不満そうな顔をしたアモンが立っていた。腕を組み、苦々しい表情でこちらを見下ろしている。はて、どうして彼がここにいるのかと疑問に思ったが、そういえば自分が話があると呼び出したのだった。
「メフィスト!貴方、考え事をするのは別にかまいませんけど、あまりそちらにばかり集中するのは止めたほうがいいですよ」
 書類を握る手に力を込めながら、小言をもらす。耳を塞いで聞く気はありませんという格好を取ると、ため息を吐きながら帽子を元あったように、メフィストにかぶせた。
「何をそんなに一生懸命考えてたんです?」
「お前には関係のないことだ」
「つれないですねぇ」
 小さく笑いながら隣に座る。ビル風によって乱された黒髪を掻きあげ同じように町を見下ろした。
「おや、随分眺めがいい」
「私の特等席だからな。ここからなら玩具箱の様子もよく見える」
「ああ、確かに」
 そう言って、彼は身を乗り出した。そして、ひとしきり眺めた後体勢を元に戻すと目を細めて笑った。突然愉快そうな顔をするアモンに、メフィストは訝しんだような視線を送った。
「何を考えている?」
「別に、大したことではありませんよ。ただ、私達エクソシストが必死に守ろうとしている、この人間界というのは随分と小さく、弱いとそう思ったのです。それこそ、メフィストが言う玩具箱のようにね。おそらくは、上級の手騎士が悪魔の力を以って攻撃をすればすぐに壊せてしまう」
 そう思うと、頑なに守ろうとしている自分達が少し馬鹿らしくなってしまいますね、と続けた。
「馬鹿馬鹿しいなら壊してみたらどうだ? お前の力があればある程度は壊せるぞ。それに私の弟は随分お前のことを気に入っているから、言えば喜んで協力してくれるだろう」
「確かにそれも面白そうだ。いやしかし、壊してしまってはそこで終わりですからねぇ。それは些かもったいない気がするのです」
 メフィストが気味の悪い笑いを湛えながら考えていたそのままの内容を、口にするアモンにやはり、彼はそういうと思っていたと心の中で呟く。
「アモン、やはりお前は考え方が私よりだな。ついに両信仰をやめて悪魔主義になったか」
「まさか。そんな筈はないでしょう。私は何時までも蝙蝠のままですよ」
 以前もこのような質問をしたような気がする。その時も確か彼の返事は同じだった。
「滑稽だとは思わんのか?仮にも神父を名乗る男が、蝙蝠を気取るとは」
「あァ、それはとても思います。思いますが、いやあ、如何せん悪趣味なものでしてね。その蝙蝠を気取ったほうが私は面白いのです。貴方の特等席がこの玩具箱の淵ならば、私の特等席は玩具箱と貴方の故郷との間です。それも、ちょうどど真ん中の一等上等な場所ですよ。この場所が私にはちょうどよく愉快だ」
 面白いから、このままで私は構わないと言い切ったアモンを見てメフィストはそれ以上何も言わない。きっと彼はこれ以上皮肉めいた質問をぶつけた所で何も変わりはしないだろう。

 アモンという男が、メフィストの知っているアモンである限り、彼は滑稽と踊り続けるのだ。



滑稽と踊れ


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