ある神父A氏の主張(青の祓魔師) | ナノ
1.5
 前を行くアモンの姿を見ながら、メフィストは完全に来るタイミングを誤ったと後悔していた。せめてあと一時間面会の時間を遅らせればよかった。そんなに急ぎの話でもなかったのに、何をあせったのだろう。よりにもよって機嫌の悪い時に尋ねるなんてなんと運の悪い。
「すみませんね、メフィスト」
「な、にがだ」
 突然、アモンが口を開く。完全に思考に浸っていたメフィストは反応が遅れぎこちない返事を返してしまった。
「いえ、せっかく大事な話があると言ってわざわざ尋ねてくれたというのに私がこんな有様で」
「いや、構わん」
 構わないわけはないが、今はそういっておく他ない。下手に刺激しようものなら胸倉を捕まれて殴られそうな気がする。いや、アモンはそんなに暴力的で公私を混同する人間ではないが、そうでないかと錯覚させるほどに今のアモンを取り巻く空気は重い。彼の周りに漂っている空気が感化されてオーラのように見えたのは黙っておこう。
「どうぞ」
 応接室に着き、アモンが扉を開ける。導かれるままに一人掛けのソファに座ると少し待ってくれといわれた。何をするのつもりなのだろうと行動を目で追っているとサイドテーブルにおいてあるティーポットとカップを手に戻ってきた。そういえば、先ほどお茶を用意しているといっていたか。
「いい紅茶の葉が手に入ったんですよ」
 そういいながらティーカップに紅茶を注いでいく。暖かな湯気と共に紅茶のいい香りがする。ベルガモットと柑橘系の良いにおいの際立つこの紅茶はなんと言う名前だったかと記憶の糸をたどっていると、アモンがレディグレイですよ、と小さく笑った。
「……少しは気分が良くなったようだな」
「まあ、そうですね。何時までも怒っていても仕方がありませんし、これ以上は仕事に差し支えますから止めておきます。それに紅茶の香りをかいだら少し気分が良くなりましたよ」
 怒りの度数が下がってきたのを見てメフィストは安堵の表情をする。あのままでも仕事の話は滞りなく出来たであろうがメフィストの精神がどうしようもなく悪劣な状態になる。近い将来間違いなく人生で最大の面倒ごとが起こるはずだから、こんなところで精神を悪くしている場合ではないのだ。
 メフィストの前にカップとソーサーが置かれる。淹れているときもいい香りだと思ったが、その芳香は近づくほどに良く香る。アモンほどではないが、ここまでの道のりと先ほどの一件とで乱れていたメフィストの心情も心なしか落ち着いてきた。「ふー」
 のどが渇いていたのでとてもおいしい。火傷を気にせず飲める温度に淹れてあるのがありがたい。一気に飲み干してしまいたかったが、風が悪いので二三口飲んでカップを離した。
「お互いに落ち着いた所で本題に入りましょうか」
「そうだな、私があの長い坂を歩いたのはお前と仲良くお茶をしに着たわけではないからな。今日の話だが、随分前からお前には話をしていた例の件についてだ」
「サタンの落胤についてですか?」
「その通りだ」
 ご名答とメフィストは指差す。
「そろそろ時期なのですか。うん、まあ遅くもなく早くもなく、なかなかいいあんばいですね。それで、私は前回お話した通りの役目を果たせば良いのですね?」
「ああ、おそらくそうなるだろう」
「分かりました。ではそのように」
 とんとんと順調に話が進んでいく。やはり理解力のある人間と話をするのは気が楽だ。常人と話をする時に必要とする言葉よりも少ない言葉で話が進む。皆このアモンのように言葉をすぐに理解してくれればいいのにと思う。だが、それはどだい無理な話であることは重々承知だ。別の者に言わせるとメフィストの言葉には少し癖があるらしく普通より理解に労力を要すとのことだ。全く、面倒な話である。
 ああ、全く面倒だとメフィストはあくびを漏らす。そのとき、ふとアモンの胸に下げてある、上下の片の長さが同じ特殊な十字架を見て薄く笑う。そして、答えはもう分かりきっているであろう質問をアモンに一つ投げた。
「アモン、一つ聞きたい事がある」
「何ですか?」
「お前は、“まだ私の知るお前のままか”?」
メフィストがそう言うと、虚を突かれたような顔をした。それから口の端をつり上げて、
「ふふふ。愚問ですね、大丈夫。私はまだメフィストも子羊達もキリスト様も、サタン様も愛しているよ」
と、およそ神父らしからぬ顔で笑う。その顔を見て、メフィストも酷く愉快そうに笑った。

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