お題2(ほのぼの・ハッピーサマーチルドレン) | ナノ
03
 公園の森だからと油断して、一人で入らなければよかったとフォードは後悔した。どうしてこんな行動を取ってしまったのかと己を呪った。
 ほんの少し、ほんの少しのつもりだったのだ。お使いの帰り道、ふと目の前を猫が横切ったのだ。いつもは見送るそれを、今日は何となく追いかけてみたくなった。猫は、追従するフォードのことを気にするようにちらちらこちらを見てくる。ついて来られるのがどうも嫌らしい。迷惑そうな顔でこちらを見られた時、もう追いかけるのをやめようかとも思ったが途中でやめるのは悔しい気がして続行した。そして、公園の森の前に差し掛かった時、いきなり走り出し森の中へ入っていった。そのまま走り去っていけば諦めがついたものを、わざわざその猫は止まって、挑発するように一瞥した後すまし顔で森の奥へと入った。猫の行動が自分に対する挑戦だと受け止めたフォードは意地になって追いかけ、今に至るのである。

「はー」

 一連の行動を思い返して思わずため息を吐く。なぜ、お使い途中にもかかわらず猫を追いかけたりしたのだろう。まあ、追いかけたまではいいとして、なぜ途中で中断しなかったのだろうか。せめて、あの公園まででやめ置けば何の問題にもならなかったというのに、なんと愚かなことだろうか。

「帰り道どっちだろ……」

 後悔しても始まらないと、フォードは帰り道を探し始める。だが、この森の中なんて来たことが無いから、自分がどう歩いてきたのかが分からない。どういう方向から歩いてきたのかというのを覚えていればよかったのだが、猫を追いかけるのに必死でどこから入ってきたのかはまったく分からなかった。きょときょとと周りを見回しても、生い茂る木は皆同じ格好で西も東も分からない。もしかしたら案内看板ぐらいあるかもと期待して、回りを少し探索してみたが何も収穫を得ることが出来なかった。
 こうなったら適当な方向に歩いていってみようかとも思ったが、歩いて抜けた先が更に知らない場所だった、というのはあまりにも笑えない冗談なのでやめた。

「どうしようかな……」

 完全に八方塞がりになってしまったと苦く笑う。動くことすらかなわないとしたら、誰かが森に来てくれるのを待つしかないのか。だが、こんな薄暗い森、誰が入ってくるというのだろう。入り込んだフォードですら猫を追いかけていなければ入ることは無かった。現に今だってフォード以外に人影は無い。一応鳥だとか猫だとかという別の生き物はいるようだが、今はどうでもいい話である。

「……むー」

 一向に解決しない問題に、低く唸る。ほとほと困り果てたフォードは近くの程よい石に腰掛けると膝の上で頬杖をつき、しばらくの間ぼうっとしていた。
 5分ほどそうしていただろうか、突然、後ろ側の草木がガサガサと揺れる。初めはこの森に住む小動物か何かだろうと思ったが、それにしてはゆれ方が大きすぎる。よもや熊ではなかろうかと警戒したフォードは医師から腰を上げると、前方に10mほど走り距離をとった。
 内心どきどきしながら揺れる草むらを見つめる。草の中から出てきた異物が自分にとって脅威だった場合、いつでも逃げ出せるようにと足に力を込めた。

「ふーよっこいしょ」

 しかし、草むらから出てきたのは熊でも小動物でもなく人間。どこかで見たことがあるような男があちこちに小枝や葉っぱを付けて出てきた。予想を大きく外れたものの登場に一瞬呆ける。男はまだこちら側の存在には気がついていないようで、体中についた物を乱暴に払い落としていた。

「……!」
 思いかげぬチャンスに、神様って本当にいるんだと普段は信じていない神様に感謝した。この際、この人が誰であろうと関係は無い。きっとこの好機を物にしないと自分は森から出られないだろう。早く声をかけて、こちらの存在に気づいてもらわねば。
 意を決して口を開く。だが、知らない人に声をかけるというのは緊張してしまうもので、うまく声が出ない。もう一度挑戦しようと口を開くと、不意に男がこちらを見てきた。

「あ?あれ、何だフォードじゃねぇか!」
「シャンクス、おじちゃん?」

 突如として現れた男は更に幸運なことに知り合いの男だった。キッドやキラーの通っている高校の国語の教師、シャンクスだ。キッドと少し色合いの違う赤色の髪の毛と、左目の三本の傷が特徴だ。一回夏休み中に会ってから数回交流を重ねている。何回か、話をしたりする機会はあったが、こんな形で会話をするのは初めてだ。

「どうしたんだこんなところで?」
「ちょっと、探検しようと思って……森に入ったら、出られなくなっちゃったの」

 近づいてくるシャンクスはフォードがここにいる理由を聞いてくる。本当のことを言おうとしたが、なんだかかっこ悪い気がして少しだけ嘘をついた。ちょっと不誠実な気がしたが、それでもやっぱり猫を追いかけてなんて、とてもじゃないが言えない。

「へぇー、探検か! せっかく探検にはもってこいの場所を見つけたのに災難だったなぁ!」

 あっはっは、と快活に笑う。これが、本当の理由を言った時にはどう変わるのだろう。多分、おなかが痛くなるまで命いっぱい笑うに違いない。人から一度シャンクスについて聞いたことがあるが、普段はかっこいいくせに、一度笑いのスイッチが入るとダメらしい。しかも、人をからかうのが大好きな性質で、そういう時は死ぬほど笑うというのだ。
 目じりに涙をためながら爆笑するシャンクスの姿を思い浮かべながら、やはり言わなくて良かったなと心の中でうなづいた。

「ねぇシャンクスおじちゃん。おつかいの途中で森の中に入っちゃった。これ、キラーおにいちゃんに頼まれたから、絶対届けなくちゃいけないんだけど、出口までつれてってくれる?」
「ああ、いいぞ。俺に任せとけ!」
「ありがとう!」

 森からやっと出られると胸をなでおろす。たまたま通りかかってくれたシャンクスに心のそこからお礼の言葉を述べ、シャンクスの横に並んだ。お使いで頼まれた荷物を持ち直すとシャンクスが出口まで手を引きながら先導してくれた。
 草木を掻き分けながら、前進していくと次第に視界が開けてくる。そして、カラフルな遊具や何気なく止められている自転車といったような見慣れた物体が見えてきた所でシャンクスがゆっくりと止まった。

「ここまでくれば大丈夫だろ」
「うん、ありがとうシャンクスおじちゃん」
「おう! じゃあな、もう迷子になるんじゃねぇぞ!」
「気をつけるー!」

 手を振りながらそれぞれ目的の方向へ進んでいく。シャンクスの姿が見えなくなるまで手を振ろうと歩みを止めると唐突にシャンクスが話しかけてきた。

「おーい!フォード!」
「なあにー?」
「もう猫追いかけて迷子になるんじゃねぇぞー!!」
「え!」

 迷子になった本当の理由を言われフォードはどぎまぎする。なぜ、ばれているのだ。意味が分からない。もしや見られていたのだろうか、猫を追いかけて森に入っていくところを。もしそうだとしたら、シャンクスは最初から全部分かってていて、あたかも知らないように振る舞い、話をあわせていたのだ。まだ、そこまでならいいが、わざわざ最後の最後でそれを暗に言うなんて、意地悪だ。

 からかわれたことを知ったフォードは恥ずかしさにほほを染める。熱くなっていく体温を感じながら名前を絶叫すると、シャンクスは心底楽しそうに笑いながら走り去っていった。
森の中
(意地悪!)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -