「……今なんと仰いましたか?」 目の前にいる神父の口から出てきた言葉があまりにも信じがたくて、思わず聞き返してしまった。聞き返された彼は鬱陶しそうに頭をかく。指に引っかかった長い髪が宙を舞って元に戻った瞬間、聞き返す前と同じ台詞を、そっくりそのまま吐いた。 「死にたければ、死ねばいいと申し上げたのです。ミスター」 同じ台詞を二度聞いても、本当だとはとても思えなかった。だって、見ず知らずの人に死ねばいいというだなんて、常識はずれもいいところだ。しかも、彼は神父で私は自殺してしまいたいという悩みを打ち明けに来た人間なのだ。そんな人間に死ねだなんて嘘だ。 「あ、あの」 「三度言わねば分かりませんか」 煩わしそうな顔をしてこちらを見てくる。突き刺さるようなその辛らつな視線と吐き出された言葉を体中に感じて、ああこの男は本気で言っているのだと、やっと理解した。理解した瞬間、心の中からじわりと恐怖がにじみ出る。ぐらぐらと体中を侵すように巡るそれに堪らず私は叫んだ。神父様、神父様と狂ったように呼ぶが彼は、まるで無視だ。私を尻目にゆったりとした足取りで祭壇の前まで進む。そして、くるりと体を翻すと大げさな動作で天を仰いだ。 「心の底から死にたいと思っている人間の背中を後押してやることの何が悪いというのでしょうか。死というのは絶対的な終わりであるにもかかわらず、あえて選ぶ。しかも何度も何度も悩んだ末にね。それはつまり、その先にそのものにしか理解できない救いを見出したということです。その者を真の救いに向かわせるのが私の仕事であるならば、私は後押しするほか無いのです」 長々とした台詞をはき終わって彼は満足そうに息を吐き出した。 言っている事はある意味間違いではない。確かに、自死に救いを求めるものもいる。そして、それを行って幸せだと思いながら逝った人間もいるだろう、しかし、その幸福もただ一時の儚い物でしかないのだ。それを、この神父は知っているのだろうか。いや、知っているかどうかと聞くのは愚問だろう。先ほどあんなにも雄弁に語っていたのだから、知らないはずは無い。死の先にあるのは絶望だと、知っていて彼は後押しするのか。ああ、なんて非人道的だ。 「貴方はそれでも人間ですか!!」 怒りに任せて絶叫する。なんて残酷な男なのだ。どうかしてるとしか思えない。本当にこいつは人間なのか。私にはどうにも人間の皮をかぶった悪魔としか思えない。 「ええ、人間です。だからこそ、こんなにも残酷なのですよ」 そういって、神父はにやりと笑った。酷くゆがんだ笑顔を見て、私はその残酷さに耐え切れず、その場に崩れ落ちた。 故に残酷 3/10:イラクサ(残酷) |
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