お題1(花言葉) | ナノ
 目の前にいる男は、生まれたての赤子のように綺麗な癖に、今まさに死のうとしている。どうしてこんな事になってしまったのかと問えば、自ずから彼は不治の病にかかったからです。と答えるほかない。なぜかかってしまったのかと問い出せばキリがなくなるからやめておく。今はそんな禅問答を繰り返している暇などない。

 今はただ、己の無力さと愛するものが死にゆく悲しみにくれるだけである。私は、彼の専属の軍医であった。必ず救うと誓ったはずなのに、救えなかった。人間としての役割を見出せなかった私に、人間らしい仕事を与え、人間らしく接してくれた彼を、どうしてもこの病から救いたかったのだ。彼からありとあらゆるものを奪う病理から彼を。だが、私はそれが出来なかった。なんと不甲斐ない事だろう。戦国一のあると自負する私の手腕も、不治の病といわれる労咳の前では全く意味をなさなかった。

 病気を消せないのであれば、少しでも長く生き長らえてほしいと願う。もはや、医者としてはさじを投げたと等しいような――しかし、人間としては当たり前の感情――を胸に浮かべた。私は不安定な命を、どうにかつなぎ止めたくて、いろいろ声をかけてみる。彼は律儀な性格だから、その問いかけひとつひとつに応えていた。だが、はじめはしっかりと返ってきていた応答も、次第に小さくなり今はもうほとんど聞こえない。微かに薄紫色の唇が動くばかりで、声など出ていなかった。病は、ついに彼から声をも奪ったのだ。これでは、最期の言葉も聞けはしない。なんと憎憎しい事か。

 それでも、私に向かって言葉を紡ごうとする姿が切なく愛おしい。どうにか最期の言葉を聞き届けたくて、私は彼の唇に耳を寄せた。

「      」

 一瞬の空白をおいて、その言葉は私に確かに届いた。刹那、私の双牟からはとめどなく涙がこぼれ落ちた。

死人の指に口づけ

1/9:菫(若すぎる死)
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