お題1(花言葉) | ナノ
 レイトンが、講義から自分の研究室のドアノブに手をかけると中から音楽が聞こえてくる。講義前に蓄音機の電源は落としたはずだったがと、首を捻る。しかし、それも確かにそう言い切れるほどはっきりした記憶ではない。やったと思っていたものを、実はやっていなかった、なんてことは人間ちょくちょくあることだ。
「消したと思ったんだが、記憶違いかな……」
 ぶつぶつと独り言を言いながら、研究室に入る。すると、正面の椅子に誰かが座っているのが目に入った。一瞬見間違いかと思ってベタながらも目をこすってもう一度そちらを凝視するがそれは紛れもない事実だった。完全にあれは人間である。窓から入ってくる日の光によってその姿はよく見えないが、研究室に勝手に出入りする知り合いは一人しかいない。
「君かい、クラウン……」
 ため息混じりに彼の名前を呼ぶ。しかし、彼は呼ばれたにもかかわらず返事一つ、視線一つこちらによこしはしなかった。また、音楽を聴きながら自分の世界に入っているのかと嘆息する。人が音楽を鑑賞するときは少なからず自分の世界に入り込むものだ。だが、それは周りで物音がしたり呼ばれたりしたら多少の反応は返ってくる。人間の集中力とはそれほどまでに強いわけではない、はずなのだ。そのはずなのだが、彼の場合何か一つに集中すると、彼自身が集中を切らせるまで続く。この間なんか、機械弄りに夢中になり過ぎてこちらの存在にすら気づいていなかった。なんて恐ろしい集中力なのだろうか。
 そうだとわかってはいるのだが、無視をされるのは何となくさびしい気分だ。だからといって、真剣に音楽に聞き入っている彼を邪魔する気に離れなかったし、邪魔をしたところで何か反応が返ってくるわけではない。ただ、再び無視されたというむなしい事実が待っているだけだ。
 彼がこちらの世界に帰ってくるまで、本来の仕事をしていようとレイトンは自分の机に向かって進む。両手に抱えていた授業資料を下ろすと椅子に腰掛けた。
「ん……?」
 置いた資料の横に青い色をした古ぼけた厚紙が目に入る。こんなものもっていたかなとそれを取り出してみると、彼が聞いているレコードの包みだった。少し昔に流行った物語調の悲歌の名前が印字してある。レイトン自身も前聞いたことがあるが、とても素晴らしく、そしてとても悲しく、聞くものをどことなく切なくさせる内容だった。恋に落ちた男女がその悲しい運命に翻弄されていく悲しい物語。特に最後の、愛する者の為にそれぞれが命を散らす瞬間などは、今思い出すだけでも胸が熱くなる。
 そうこうしている内に曲が佳境に入っていく。静々としたバイオリンの独奏が音が悲しみを歌っている。せっかくだから、自分もクラウンと一緒に聞き入ってしまおうかと椅子を引いて彼のほうに向き直ると、クラウンの瞳から一筋の涙が零れているのが見えた。悲しみの内に死んでいってしまった二人を悼むようにゆっくり、ゆっくり泣く。まるで、この二人の為に用意したかのような綺麗な涙を、その双眸から落としていた。彼の、青い瞳が涙で海のように揺らぐ。
 死んでしまった二人の為に、ただ、ただ優しい涙を流し続ける彼の姿を、男ながらにとても美しいとレイトンは思ってしまった。


貴方の涙は美しい

1/12:金盞花(悲歌)
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