汚くて欲だらけの世界が、俺は嫌いだった。
いなくなれるものならいなくなりたい、そう思ってた。
だから、このゲームは俺にとって絶好の…逝ける機会だった。
なのに…


「…チッ…」


このゲームが始まってから2日が経った。
見知った仲間は、この2日間でもう何人もいなくなった。
なのに、俺はまだ逝けない。


「…なんでこんなのなんだよ…」


当たった武器が消しゴムだったこと、今まで何故か誰にも遭遇していないことが重なって、俺はまだケガ1つしていない。
普通のヤツは不幸中の幸いだと思うだろうが、俺の場合は逆だ。
早く、汚いこの世界から、いなくなりたいのに…。



『…あんたさえ産まれてこなければ…っ!』



不意に、脳裏を掠めたアイツの憎しみに歪んだ顔。
自分が、自分の欲と意思で生んだくせに、都合が悪くなると全部俺のせいにしてきた汚いやつ。
アイツのせいで、俺の全ては狂ってしまった。


「…くそっ…」


振り上げた拳で、近くにあった木を殴った。
行き場のない怒りが、ぐるぐると胸中で渦巻く。


「…あれ?日吉?」


そんなとき、不意に聞こえてきた聞き覚えのある声。
声のした方を見れば、思っていたのと同じ人物が立っていた。


「…向日さん…」

「やっぱ日吉かー!」


久しぶりだなーと、ニコニコと笑顔を振り撒きながら近寄ってくる向日さん。
この人には警戒心とか危機感とかいうものは備わっていないのか?


「なぁ、ひよ…」

「それ以上近づかないで下さい」


口をついて出た言葉は、思っていたよりも冷たかった。
それから、少しの沈黙のあと、向日さんは眉を八の字にして笑い、言った。


「…ごめんな。こんな格好してるヤツなんか信用できないよな…」

「…?」


いつもの明るさからは想像もできないほど静かな口調で言った向日さん。
最初は何を言っているのか理解できなかったけれど、改めて向日さんに視線を向けてみると、向日さんの服には所々血が付着していた。
その血が返り血なのか自分の血なのかは、俺には判断できなかったけれど。


「…信じてもらえないと思うけどさ、日吉に言っておきたいことがあるんだ」

「俺に、言っておきたいこと…?」

「おぅ。俺、日吉が…」


そこで、向日さんの言葉は途切れた。
向日さんの言葉を遮ったのは、大きな銃声だった。
ゆっくりと傾ぐ、向日さんの体。
目の前で起きた出来事に、思考がついてこない。

ドサッ

俺の思考が再び動き出したのは、向日さんが地面に倒れたときだった。
ようやく動き出した思考は、向日さんが撃たれたんだと理解した。


「向日さん…!」


なぜか体が向日さんの元へ勝手に動いた。
真っ赤な血を流しながら倒れている向日さんに駆け寄ると、さっきのように眉を下げた笑顔を向けられた。


「…ははっ…俺情けねぇなぁ…」

「向日さ…」

「…俺さ、日吉が…好きだぜ…」


ずっと、好きだったんだ。お前を、笑顔にさせたかった。
向日さんの口から放たれた言葉は、遠い昔、あの人が狂う前に聞いた言葉だった。

『若、大好きよ。若はママの大事な子だからね』



「…っ…」

「…ひ、よし?」


向日さんの笑顔と言葉が昔のあの人とリンクして、涙が溢れた。
そんな俺を心配そうに見上げる向日さん。
…怪我人に心配かけてどうするんだ俺は…。


「…向日さん、ケガ、見せて下さい」

「あー…もう、無駄だから。自分の、ことは…うっ…」

「向日さん!」

「日吉に…看取られるなんて、幸せだな…」

「何言って…向日さん?」


さっきまでの笑顔とは違う、穏やかな笑みを浮かべてそう言った向日さんは、そのまま、動かなくなった。
何度声をかけても、何度揺すっても、向日さんの目が開くことは、なかった。


…俺はただ、逃げていたんだ。
いつからか狂ってしまったあの人から愛情を注いでもらえなくて、卑屈になっていたんだ。
誰からも愛されていないと、必要とされていないと、殻に閉じ籠っていたんだ。
…こんなにも近くに、俺を想ってくれている人がいたのに。


「…ごめん、なさい…」


ごめんなさい、あなたの想いに気付けなくて。
ごめんなさい、返事を返せなくて。
こんな俺を想ってくれて、


「…ありがとう、ございます…」





想ってくれたあなたの為に
(これから先に)
(何が待っていようと、)
(俺はもう)
(逃げ出さない)


END



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