フラジオレット | ナノ







「……………」
「……………」



 さぁ困った。押し倒して縄を出して、膠着状態。臨也は静雄に馬乗りになったまま冷や汗をかいていた。言い出した手前後には引けない。だが、たとえばこのまま薬でも盛って続行したものならば翌日の俺はベッド上の変死体として発見されるだろう。我ながら軽率な行動をしたもんだ、乾いた笑い。
 自らに組み敷かれている静雄を見下ろせば、彼はなんとも言えぬ、こう、しいて言うのならば冷たい、というよりもどう捻っても使い道のない無用の長物を見るような、そんなどうしようもないゴミを見るような目をしていた。それに若干の興奮を覚えつつある自分を抑えながら、臨也は口を開く。



「…する?」
「……………」



 麻縄をちらつかせながら単刀直入にそう問えば、返ってきたのは沈黙。そして相変わらずの冷たい視線。らしくない手探りで行き当たりばったり行動に自分自身溜息をつきそう。そう思って臨也が溜息をつくよりも早く、静雄が億劫そうにその口を開いた。



「……お前、それどこで買ってきたんだ」
「どこって…ハンズだけど、」
「やってみろ」
「え」



 そう言うなり静雄は両の手首を重ね合わせて臨也の目の前に差し出した。とっさの事に反応できなかった臨也だが、「早くしろ」と急かされ少しもつれる指先で丁寧に巻いていく。一重、二重、三重したところで固結びにした。静雄の視線を一点に感じながら、解けてしまわないように少々きつめに縄の両端を引っ張る。臨也はおずおずと静雄を見上げた。



「出来たけど…」
「ほっ」
「あ」



 ぶちり。念入りに巻かれた縄があっさりと千切れた。一センチほどの太さのあった麻縄がいとも簡単に、ぶちりと。考えてみれば当たり前なのだ、道路標識を捻じ切る腕力を持った彼をどうして緊縛用の縄などで捕まえることが出来ようか。静雄は苦笑いの臨也を押しのけると、溜息をついて立ち上がった。



「ったく…幽も何教えてんだか…つーかどうやって会いに行ったんだよ、仮にもあいつ芸能人だぞ?」
「いやぁ、そこはね、ほら、情報屋の伝手を使って、さ」
「…幽に迷惑かけんなよ」



 ぶつぶつと何かを呟いていた静雄は未だ床に放置されたままのつぶれたケーキを拾い上げ、それを持ったままキッチンへと消えてしまった。なんとも情けない結末に臨也自身深い溜息をつきながら床に散らばる縄を片付ける。高望みしたのが間違いだったよね、あんなかわいいことしてもらった後に俺は贅沢すぎたんだ。臨也はそう呟き静雄の後を追った。

 ひょい、と角から顔を覗かせて、忙しそうにキッチンをうろつく静雄を見つめる。静雄は作業の合間にも指先で一口、二口と生クリームをつまんでいた。



「ホントに食べるの、ソレ?新しいの買ってきてもいいんだけど」



 なんだったら運び屋に配達させるし、そう告げれば「セルティにも迷惑かけんじゃねぇ」と一喝。ぺしりと後頭部をはたかれ鈍い痛みが走った。崩れたケーキ片手に、静雄は食器棚の引き出しをあさっている。おそらくフォークを探しているのだろう、と臨也は肩口から彼の手元を覗き込んだ。



「床にぶちまけたわけじゃねぇし。もったいねぇ」
「シズちゃんは甘いもの好きだしね」
「うるせぇ」
「別に悪いとは言ってないよ?」



 甘党なんてかわいいじゃない、物語の妖精さんみたいで。そう茶化せば剣呑そうな顔をしながらも薄っすらと頬を染める。別に好きなわけじゃねぇ、とか、お前が毎回買ってくるから仕方なく食うだけで、もったいないから食うんだ、とか、ぼそぼそと言い訳を呟く割に、静雄は右手のフォークでそれらをしっかりと平らげていく。二人で食べるつもりだったんだけどなぁ、と臨也は胸中で零しながら、喜色を仏頂面の下に隠しケーキをほおばる恋人を真黒いコーヒー片手に幸せそうな顔で見つめていた。






「ふふふ、今夜はご馳走にしようか」
「…まだ食うのか?」
「…さっきから俺は一口も食べてないよ」
「……い、いる、か?」
「そんな絶望的な顔しなくても…一人で食べていいよ」
「そうか」
「…ま、幸せだけどねぇ」
「……?」



(緊縛プレイもしてみたかったなぁ)
(コイツ…そんなにケーキ食べたかったのか…?)

























フラグブレイカー、君





101216

……………………

フラブグレイカーとは私の事です(きりっ)
前回からだいぶ間が開いてしまって申し訳ない…!><










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