フラジオレット | ナノ







「好きだ!!付き合ってくれ!!!」
「…お前なぁ、」



 TPOをわきまえろよ、そう言って溜息をついた門田は、見回さなくともわかるほどの好奇の視線を全身でひしと感じ取っていた。俯いた先の地面はアスファルト、この池袋の街に紛れ込んだ部外者がいくら喚きたてようとそれはいつまでたっても変わらない事実で。休日の日中、人通りの多いこの場所でたった今自分は捻りも何もないごくごくオーソドックスかつ大胆な告白を年下の同性から受けてしまったのもまた、変わりようのない事実で。



「ちょっと、こっちこい」



 自分の足先ばかりに視線を落としていた門田はどうにも居たたまれなくなって、目の前で半ば興奮状態に陥っているストローハットの青年の腕を掴んで手近な路地裏へと引っ張り込んだ。通行人の視線は二人を追いかけていたが徐々に見えなくなる男達の姿までも追う気は無い様子で、数分後には何事もなかったかのように踵を返して歩き出す。二人とは逆方向に。
 路地の奥、もとい両の大通りからちょうど同じ距離だけ離れた中央地点で、ようやく門田は立ち止まった。



「毎回毎回所構わず叫びやがって…俺の気持ちも少しは考えろ」
「京平の気持ち?俺のこと好きだと嬉しいんだけど」
「そういうことじゃねぇよ」



 だから、あぁ、何度言ったらわかるんだ。暗い裏路地で門田は頭を抱えた。



「返事は、この間言っただろ」
「それは"この間"の返事だ、今日は変わってるかもしれねぇし」
「だからと言って昨日今日で変わるわけねぇだろうが。いいかげん諦めてくれるとありがたいんだが」
「いいか、京平。世の中に0%なんて数字ありゃしねぇんだ」
「はぁ?」



 突然何を言い出すのかと思えば、見上げた先で千景は深めに被ったストローハットをぐいと引き上げて自信たっぷりな眼差しで門田を見据えていた。獲物を狙う眼光にもよく似たそれに門田は息を呑み、千景よりも大きな距離を一息で進むその足で一歩後ずさった。



「"悪魔の証明"って知ってるか?まぁ、要すると、『ないことを証明するのはあることを証明するよりもずっと難しい』って感じのことなんだけど」



 千景は宙を見ながら少し困ったような笑みを見せた。



「つまり、"昨日の今日で京平の気持ちが変わるわけない"っていうのは証明できないんだ。もちろん、その逆も100%じゃない。だから今日、京平の気持ちが変わって俺に落ちる確率も、ゼロじゃあない」



 少なくとも3%、いや、5%ぐらいはあるんじゃないかなって、俺は思ってる。
自惚れとも取れるその口調はやけに理路に沿っていて口を挟めない。何よりも、普段女と見れば見境のないプレイボーイである千景がいつになく真剣だから、茶化せない。彼は続けた。



「少なくとも京平は俺に好意を持ってる。公衆の面前で告白しても殴り飛ばされたためしはないし、呆れた手のかかるガキぐらいにしか思われてなくても、まぁいいさ。拒絶されたわけじゃないみたいだからな。だから俺は、諦めない」



 だって京平のことが好きだからな、と、門田の前に立つ千景はまっすぐな強い視線をよこした。冷静であろうとするくせにその原動力にとてつもない熱を点した燃えるような瞳。年下の癖に言うことだけは一丁前で、なんだかんだと理由をつけては門田を諦めようとしない。とてもまっすぐで、純粋な想いだ。あぁ、だから俺はこいつには勝てないのだ、負けもしないが。門田はそう思った。くすり、思わず笑みが零れ落ちる。



「…確かに、お前は手のかかるガキだよ。それもとんでもなくタチの悪い、な」



 踏み出した三歩で千景を追い抜くと、門田はすれ違いざまに彼のストローハットを二、三度、ゆるく子供をあやすような優しさで叩いた。うぉ、と小さく声を上げた千景は目元まで来た帽子を慌てて整えている。そんな千景を待つ様子もなく歩き去ろうとしていた門田だったが、あぁそうだ、と呟いて、振り向いた顔でにやりと笑った。






「例のパーセンテージ、もう少し希望を持っていいと思うがな」






 そう告げると、唖然とした顔の千景をそのままに、門田はこぼれる笑みを隠すことなく明るい表通りへと足を進めていった。

























(明日の返事は、まぁ、明日の俺に任せるとしよう)




















ハートの証明





101107

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久々のドタチン受け…思えばろちどたは初めてですね><悪魔の証明の話を聞いてざざざーっと書き上げたものなのでなんとも急展開(笑)










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